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妖精の初恋  作者: 眠夜癒姫
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 雲一つない晴天。サラサラと木々の間を風が吹き抜けていく。

少女が上を見上げると青い空が目に映った。

「あぁー、いい天気だなー」

少女が今いる場所は細い木の枝の上だ。そこに座って空を見上げている。風が通る度に少女の髪を柔らかく揺らし、彼女はしばらくその時間を楽しんでいた。

不意にくぅ、と少女のお腹が鳴る。

「お腹空いたし、いつもの場所行こうかな」

少女は座っていた細い枝の上で立ち上がると、背中の羽を広げる。そして軽く枝を蹴って軽やかに空へと飛び立った。

少女の正体は『妖精』だ。十センチ未満の小さな身長にほんのり光る羽と髪を持つ、甘い物に目がない種族なのだ。

 少女は慣れたように大きなデパートの中にあるクレープ屋まで辿り着くと、厨房の中に飛んで行った。

そこにはフルーツや生クリーム、チョコレートといった妖精の少女にとってはご馳走がたくさんあった。

「はわぁあっ、いつ見ても美味しそう! 今日は何食べよっかなー」

ご馳走を目の前に少女は思わず体をクネクネと揺らしてしまう。口の中をよだれでいっぱいにしながら、なんとか食べたいものを決める。

ちょうどその時、注文が入ったのか厨房の空気が動いた。

(グッドタイミング!)

ギラリと目を光らせ、タネを持ってきた店員へと視線を走らせる。

店員がクレープを焼く為、ホットプレートにタネを薄く伸ばす。その瞬間に少女は両手から光る糸を出し、小さくクレープを切り取りそのまま店員と一緒にクレープを焼いていく。

店員がクレープを台に置いてクレープを完成させていくと、少女もホットプレートの隅でクレープを焼き、台に乗せて完成させていく。

店員さんがにこやかにお客さんにクレープを渡したのと同時に、少女もクレープを持って厨房の外へと飛んでいった。

(いつも美味しいごはんありがとーっ)

少女は片手から伸ばした光る糸をちょうちょ結びにし、それを持って店の真上へと飛んだ。ちょうちょ結びにしたリボンを店の真上から落とすと、リボンは光る粉へと変わり店を一瞬包む。

その様子を見て満足そうに頷くと、少女は飛んだままスキップしてその場から飛び去った。


 クレープ屋から飛び去った少女はあるマンションのベランダに腰掛けて、クレープを堪能していた。

「んーっ、ぅおいしぃーいっ!」

口の周りだけではなく、鼻の頭にもクリームをくっ付けて幸せいっぱいである。頬を染めてクレープを堪能している少女に声がかけられた。

「あらあら、プリンちゃん。お鼻にもクリームが付いていますよ」

クレープを頬張っている少女、プリンが振り返ると、そこには穏やかな雰囲気を持った老婦人が立っていた。

「こんにちは、杏子(あんこ)さん。このクレープ美味しいんですよ!」

プリンは食べかけのクレープを片手に軽く老婦人へと挨拶した。そのまま大事にクレープを持って、プリンは老婦人の手のひらに着地する。

「ふふふ、最近のプリンちゃんはあそこのクレープ屋さんがお気に入りみたいね。よく繁盛しているわ」

プリンを手のひらに乗せたまま、老婦人はクレープ屋がある方向へと目を向けた。

「私以外にもあそこのクレープにハマってる子達いるみたいですよ。時々会います。いいお店の証拠ですが……」

言いかけて、プリンは残念そうに目を伏せた。

「プリンちゃん、あのお店、妖精が多く行くからか……強い力を持つ存在が寄ってきているわ。気が付いているでしょう?」

プリンが目を伏せた理由を老婦人は言い当てる。

プリンは小さく頷いた。

「あそこのクレープ屋さんの店長さんの家の近く飛んでみたんですが、神気を感じました。結構強い神様が来てると思います。美味しいクレープ屋さんだし、人間以外にも好かれる店長さんが心配です。……妖精はどうしたって神様に敵わないから」

いつの間にか手に持っていたクレープを食べ終えたプリンはベランダの方へと視線を向けた。

老婦人はそんなプリンの様子に少し心配そうな顔をした。

「プリンちゃん、貴女まさか……。あのクレープ屋さんの店長さんを……」

老婦人の言葉にきょとんとした顔をしていたプリンは、老婦人が聞きたいことを理解すると顔を真っ赤にした。

「えっ! いやっ、私じゃなくてっ、私の親友が店長さんを想っているみたいで! ……羽を渡す、まで言っていて……」

プリンはしょんぼりと項垂れた。最初にあのクレープ屋に連れていってくれた親友のことを思い浮かべる。

(キャラメルちゃん……)

笑顔が素敵な親友は、プリンの好きなその笑顔で教えてくれた。

“私、あのクレープ屋さんの店長さんが大好きなの。あの人は私の羽を受け取ってくれるかなぁ……“

(親友だもん。友達の恋は応援したいけど、どうして人間に……。羽を渡す、って妖精じゃなくなるのに。寿命も種族も大きさだって違うのに、一緒にいられなくなるのに……。それでもいいの? 寂しいよ……ってそれは私の感情であって、キャラメルちゃんには関係ないし! ……妖精と人間の恋は大体悲恋になっちゃう。キャラメルちゃんは可愛いけど、ライバルだって多いし。でも……キャラメルちゃんの泣いた顔見たくないし……どうしよう……)

ぽふ、とプリンの頭に老婦人の大きな手が乗った。プリンが見上げると、老婦人と視線が合う。

「プリンちゃん、羽を渡してからじゃ遅いわ。人も妖精も関係なく、しっかり見て考えることが必要よ。良いところも悪いところも知って。それでも好きなら、愛せるならまた教えてちょうだい。いいわね?」

老婦人の強い視線にプリンは気圧されながらも頷いた。老婦人はそんなプリンの様子を見て優しく笑みを浮かべる。

「さぁさ、お茶にしましょう。息子から美味しいメープルシロップを貰ったの。ホットケーキにかけると美味しいのよ」

プリンは小さなスプーンに少量のメープルシロップを掬ってもらい、舐めてみた。

「ふっうわぁぁーっ! 甘いですっ、美味しいですーっ!」

顔がとろけているプリンを横目で見ながら老婦人はホットケーキを焼いている。その様子は家に遊びに来た孫娘と優しく見守る祖母のようであった。


 ぽこんと膨らんだお腹をさすりながらプリンはふらふらと飛んでいた。

「あぁー、美味しかったー! 食べ過ぎちゃったかな、お腹が苦しいーっ!」

老婦人は優しく、ホットケーキをごちそうしてくれたあと“もう日も暮れてしまったし泊まっていきなさい“とも言ってくれたがプリンは断った。

(キャラメルちゃん、帰ってるかなぁ……。やっぱり、もう一回説得してみよう)

親友を説得するために、お腹の苦しさを我慢してプリンは帰ってきた。

プリンや他の妖精達が住んでいる場所は大学の裏山だ。人間には見えないが妖精や精霊、小さめの幻獣が多く住んでおり、ちょっとした町になっている。

プリンは自分の家に辿り着くと、ふっと短く息を吐いた。

(ようやく家に着いた。疲れた……。やっぱりもうちょっと杏子さんの所で休んどくべきだったかな。でも居心地良いからあれ以上休んでたら泊まることになっちゃってただろうし……)

ふとプリンは喉の渇きに気付いた。

(ちょっと喉渇いたな。水飲んで来よ)

プリンは川へと飛ぶ。川岸に着くと、座りやすそうな岩に座り込み、糸で水を絡めて丸い玉にする。そして糸ごと水を飲んでいく。

ふと目の端に見えた光に気が付いた。

(……ん?)

その光は川の中にいるのか、光は点滅するように水と共に流れてくる。

プリンの目の前を光が流れて行った時、プリンは青ざめた。

「キャラメルちゃんっ!」

川の中の光は、親友のキャラメルの光だった。

プリンはお腹がまだ少し苦しかったことも忘れて、流されていくキャラメルを追って飛んだ。

(どうしてキャラメルちゃんが? なんで流されてるの?)

プリンはキャラメルに追い付くと、両手から十本、両足首から二本の計十二本の光る糸を出してキャラメルに巻き付ける。

「んんーっ、ふっぐぅぅうっ! キャラメルちゃんっ、しっかりして! キャラメルちゃん!」

プリンが必死に呼び掛けるも、キャラメルは目を覚まさない。

プリンはキャラメルに集中しており、木の枝が迫っていることに気付けなかった。

「ひょわ、あぶぁっ!」

衝撃と痛み、遅れて冷たい水の感触がプリンの全身に広がった。

力が抜けそうな瞬間にプリンは歯を食いしばって耐える。

(ダメっ! ……キャラメルちゃん!)

プリンはなんとか水から顔を上げて息を吸う。そして力を入れて羽を動かし空へと浮かぼうとするが上手くいかない。目を覚まさないキャラメルと水から逃れられない現状にプリンは焦ってきた。

(どうしよう、どうしよう!? はやく、早く浮かばなきゃ! 滝に落ちたらもっと浮かぶの難しくなる。そしたら……っ! 助けて、誰か助けて!)

プリンは顔を上げて息を吸って助けを呼ぶ。

「……助けて、ぇぶっ」

叫んだつもりの声は小さく、もう一度息を吸うと水を飲んでしまった。

「ごぼっ」

プリンは水の中で咳き込んでしまい、せっかく吸った空気も泡になってプリンから離れていく。

(今、水は……飲んじゃだめ……。ああ、だめ……)

気が遠くなっていくことに危機感を覚えるも、瞼は勝手に閉じていく。

プリンが気絶する直前、突然背中に鋭い痛みが走り、呼吸が出来るようになった。意識するより先に目が開く。

「いたいっ」

思わず悲鳴をあげると、羽を掴んでいるであろう指が震えた。

「生きてるにゃ? にゃ? なんか重みがあると思ったら、二匹いたのかにゃ」

プリンの羽を掴んでいるその人物は立っているようで、膝下の辺りを水が流れているのが見下ろせた。

(……生きてる、私……。あっ、キャラメルちゃんは!?)

プリンの身体から伸びていた糸は切れることなくキャラメルに巻き付いている。それを見たプリンは涙が滲むのを止められなかった。

(良かった……。はぁ、怖かったぁ……)

プリンがホッとしていると頭上から声が降ってくる。

「にゃーにゃ? な、泣いてるにゃ? ちょっと待てにゃ! 今器を持ってくるからそこ動くなにゃ! 妖精の涙は高く売れるから泣くのはちょっと待てにゃー!」

プリンはまだ羽を掴まれていることに文句を言ってやろうと振り向いた。

「痛いん……えっ?」

振り向いたプリンの目の前には猫がいた。

「ケットシー? うそ、こんな所にいるはずないのに……なんでっ?」

プリンの目の前には服を着て二本足で立ち上がり、器用に自分の羽を掴む猫がいた。

猫はプリンとキャラメルを川から少し離れた木の根本に置くと、二本足から四本足になってどこかへ走って行ってしまった。

「うぅ……いたた、背中がひきつりそう」

プリンは背中を軽く撫でながら、片手をキャラメルの額にかざした。

ぼんやりとした光がプリンの手からキャラメルへと移っていく。光がキャラメルを包むと、キャラメルは咳き込み水を吐いた。

「キャラメルちゃんっ」

水を吐いたものの、キャラメルの瞼は固く閉じられており、プリンの声にも反応しない。

「……キャラメルちゃん……」

泣きそうになっているプリンに、そっとカプセルが差し出された。

「……え?」

思わずプリンが振り返ると先ほどの猫がプリンの目元にカプセルを添えている。

「にゃ、泣くならこれに涙を入れるにゃ。泣いて喉が渇いた時のために飲み物も持ってきたにゃ。さあ、泣けにゃ!」

キラキラと期待に満ちた猫の目にプリンは呆れた。

「なんなんですか、あなたは。助けていただいたのは感謝しますが、今はそれどころじゃありません。涙が欲しいなら後で渡しますから今は放っておいてください!」

語尾が強くなってしまったことにプリンは一瞬焦ったが、猫は気にしていないように尻尾を揺らした。

「にゃー、今泣きそうだったにゃ。今泣けるなら今涙貰った方が楽にゃ。何がダメなのにゃ?」

プリンは一瞬キャラメルを見たあと、猫を睨み付けた。

「にゃ? そこの倒れてる妖精が心配かにゃ? 見たところさっきより妖精光ようせいこうが強くなってるし問題なさそうだけどにゃー」

“今寝てるだけにゃ“と言う猫の言葉に、プリンは猫に注意を向けつつキャラメルを観察した。

「……すぅ。……くー……」

本当にキャラメルは寝ているようだった。

プリンは脱力しつつもほっと息を吐いた。

(……キャラメルちゃん。……はぁーっ、良かったぁぁぁ)

プリンは一応お礼を言おうと猫に視線を向けると、猫はにんまりと笑っていた。その笑みにプリンは感謝の言葉を飲み込む。

「にゃーん。ほら、何も心配いらなかったにゃー、じゃあ早速このカプセルに涙を入れろーにゃっ」

プリンはため息を吐くと、素直にカプセルを受け取った。

(……まあ、命の恩人だし。背中はまだ痛いけど、このカプセルくらいならちょっと力を込めれば足りるんだから、お礼としては安いものよね……)

早速プリンは涙を流し始めた。その涙はプリンの光を宿しており、カプセルに半分ほど涙が貯まる頃にはカプセルはランプのように光っている。

そのランプのようになったカプセルよりも目を輝かせている猫を見上げて、プリンは何気なく口を開いた。

「あの……、なぜ、そんなに涙を欲しがるのですか? あ、言いたくないなら」

別にいいです、と続けようとしてプリンは口を開いたまま言葉を無くす。

そこには耳も顔も尻尾も伏せた猫がいた。

「にゃ……。実はおばあちゃんが怪我しちゃったから、その治療費を稼ぐために……にゃ」

予想以上の重い話に、プリンの顔が曇る。

「そうだったのですか……」

「にゃ、嘘にゃ」

「えっ」

そこにはにんまりと笑みを浮かべている猫がいた。

「明日はにゃん喫茶の新作、夏限定の『マタタビラブリーパフェ』がお目見えする日にゃ! にゃーん、楽しみにゃ~」

プリンはカプセルを見た。そこには半分以上涙は貯まっているが満杯にはなっていないカプセルがある。

プリンは無言でそのカプセルを返そうと思ったが、すんでの所で思い留まる。

(この人は私とキャラメルちゃんの命の恩人。この人は私とキャラメルちゃんの命の恩人。この人は私とキャラメルちゃんの命の恩人。……これくらいチャラにしないとね、うん。もう何も聞かないでさっさと満杯にして帰ろう)

プリンは無言でカプセルを満杯にすると猫に返す。プリンがカプセルに涙を落としている間、猫はマタタビラブリーパフェとやらをどれほど食べたいか熱弁していた。

「にゃー、ありがとにゃ。これでマタタビラブリーパフェが食べられるにゃ!  明日もしまた会ったら感想を聞かせてやるにゃっ」

猫はカプセルを大事そうに持つと、あっという間に走り去って行く。

プリンは疲れた顔をしたまま、眠っているキャラメルと共に家に帰って行った。

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