序章
作中に血、暴力または、残酷な表現があります。
これらに不快感を覚える方はご覧になる事をお勧めしません。
─昭和32年 初夏
夏の夕暮れ。空は、ほんのりと薄暗い夜の色へと染まってゆく。
時折、吹く風は昼間のような熱さはなく、ただ、生ぬるい。
一人とぼとぼと歩く、田んぼ沿いの、でこぼこした畦道には、ヒョロリとした電柱が数本立っているだけで、人が通る気配はまるでない。
辺りはすでに暗く、見上げた空に月が浮かんでいた。
ふと足下を見てみると、長く伸びた自分の影が夜の闇へと溶け込んでいた。
踏み出す自分の一歩先はまるで、別世界へと繋がっているんじゃないのか、とか、変な事ばかり考えてしまう。
頼りの電柱は、夜道に薄気味悪いスポットライトをつくり、時々、ジジっと音を立てながら点いたり、消えたりを繰り返している。
それは逆に恐怖心を煽るだけで何の役にも立たなかった。
はぁ…、と溜め息をつきながら足早にその場を立ち去る。
もちろん、いつもはこんな道を通ったりなんかしないのだが、今日は特別だった。
急いで向かわなければならないところがあったので近道をしたのだ。
なにせ今日は、年に一度の夏祭りがあるからだ。
もう少し進んで行くと、きっと祭囃子の笛の音や、太鼓の音に、騒ぐ人々の楽しげな声が聞こえてくるだろう。
それに、遅刻した自分を待っている友人たちがいるはずだ。
だから私は急がなければならない。少しでも早く、彼らに合いたいから。
遅刻した言い訳を考えながら、走りだす。
残された宵闇に、寂しそうにひぐらしがカナカナ…と鳴いていた。