Ⅰ
「詩音!紙のストックが切れたから買って来て!お願い!」
「……お姉ちゃん、また買い足すの忘れたの。あれほど締め切りと備品のチェックを怠ったら泣くよって言って聞かせたのに?その尻拭いで私にクーラーの効いた部屋を出てこのクソ暑い中を汗まみれになって買いに行けと?」
「わ、忘れちゃったモノは仕方ないじゃない!締め切り間近で自分で行く余裕も無いし!お釣りはあげるからお願い!!」
ソファーに寝そべってポ○キーを食べている妹に土下座をしながら五千円を差し出す締め切り間近の同人作家な姉の姿。
端から見ると、ひたすらに外聞が悪くなりそうな絵である。
「わかったから、もう。一応急いで買ってくるけど、他に足りなくなりそうな画材とかは無い?」
「大丈夫!チェックしたけど今回の分は十分にあるから!」
「そ。じゃあ行ってくるけど、きちんと出来る分はきちんとやっとくんだよ」
「イエス!マム!」
「………暑い…」
姉御用達の原稿用紙を買いに行くため駅に向かう妹だが、七月の太陽が容赦無く照り付けそれをアスファルトが反射し妹の全体的に黒8:赤2なファッションが両方の熱を吸収し近くの家が行ったらしい打ち水の蒸発による蒸し暑さの四連コンボが妹のHPをガリガリ削っていく。
自転車に乗ればそう遠くない駅も、この炎天下で自転車に乗れない者にとってはシルクロード横断の疑似体験に等しい苦難の道のり。
暑さに堪えながらふらふらと歩く事二十分。
やっとの事駅前にたどり着き、ちょっとした日陰で信号待ちしてた時、突如響いて、きた轟音、に振、りむ、く、と───
「ん〜〜?何か、涼しい?」
まるで違う所みたいな気温の変化に、眠気でぼやけて鈍くなって頭で疑問に思いつつ、いつの間にか閉じていた目を開けてみると何と言う事でしょう!
炎天下に照らされていたコンクリートジャングルな町並みが綺麗さっぱり消え去り、適度な木漏れ日が辺りを適度に明るく照らし鳥や動物の鳴き声、風が揺らす草木の音をBGMにしたファンタジー臭溢れる見事な森の中で、妹は青々と茂る草の上に引かれたシートの上に横たわっているではないですか!
更に言えば、妹の黒8:赤2なファッションが赤6:白4なこれまたファンタジー臭溢れる制服に変わっています。
「…………ナニコレ?」
姉の原稿用紙を買いに出たハズがどこをどうすれば避暑地での森林浴みたくなるのか、妹の頭はあまりの事に処理が追い付かず目をぱちくりしていると、
「やっと見つけた!シオン!何してるの!入学式始まっちゃうわよ!」
突如、日本人ではない髪がカラフルな緑色をし妹と同じ制服を来た少女が全速力らしき超スピードで走ってきた。
「……入学式?」
あまりの展開に自分でも的外れと思える疑問が口からこぼれ、突然現れた少女が柳眉を逆立て妹を睨むが、妹には初対面の人に睨まれる心当たりはない。
いや、うっすらではあるが記憶に引っ掛かる感じはしているが、
「寝惚けるのもいい加減にしなさいよ!ホラ、立って!ああもう、制服で寝るからシワになってるじゃない!」
初対面(と思われる)の少女は妹を起き上がらせるとテキパキと制服や髪を直してきて記憶を辿る隙もない。
その間、些かコミュ障の気がある妹は成す術無くされるがまま、まな板の鯉当然の有り様だった。
身支度を整えられた後、少女に引っ張られても文句一つ言えずに引き摺られていく。
基本的に妹が強気に出れるのは家族親戚友人イジメっ子ぐらいで、どれにも当てはまらない人にはとことん弱い内弁慶な妹。
そんな妹がこの少しの間でも分かる位に押し押しな少女に何かしら口出しするのを躊躇ってるうちに流されるまま森を抜け、これまたファンタジー臭全開なお城みたいな学校に連れてこられ新入生とやらの列に並ぶ羽目になったが、ここでやっと記憶を辿る隙が出来た。
辿っていくと妹としての記憶とは別、つまりは詩音じゃなくシオンな記憶が確かにあった。
先程の少女は幼馴染みのクロエ。
何か色々とお世話になってる保護者枠な親友らしい。
そしてここは魔法の才を持つ少年少女に魔法を教える魔法学校、『聖リリカル☆マジカル学園』であると。
な、何を言ってるのか(ry
妹はここまで思い出した時点で夢認定を出し、取りあえず成り行きに任せる事にして目が覚めるのを待つことにした。
そんなこんなで上の空でいた入学式は恙無く進行して発表されたクラス毎に分かれて各々のクラスへ移動し、担任である教師が箱を持って現れた。
「はい、でわ新入生の皆さんに各々の『ストレージ』を配布しますので番号を呼ばれた生徒は取りに来て下さい」
担任が箱から出したのは黒い腕輪みたいなものだったが、名前からしてただの腕輪では無さそうだが、妹にはそれが何かが分からない。
「……ストレージ?」
頭に引っかかるモノがある感じもするしなんとなく知ってると思うが、いまいちまだ妹は自分の謎記憶や謎知識をまとめきれていない為か中々引っ張り出す事が出来ない。
「シオン、まさかアンタそんな基本的な事を忘れたとか言わないわよね?」
そうこうしてる内にクロエからそうツッコミを受け、妹はいつもの無表情からは考えられない、それこそそこらのアイドルなぞ相手にならないぐらいの輝かしい笑顔で返す。
が、クロエは呆れるように溜息をつくだけだった。
その後クロエは妹にストレージの小声でストレージの説明をしてくれる。
やはりこの幼馴染な親友はおかん的な属性らしい。
そんなクロエの説明をまとめるとストレージは所謂『魔法記録装置』で、魔法式を入力して魔力を流して記録させた魔法の記録コードを唱えれば発動するお手軽魔法使い量産機械であるとの事。
まずはこのストレージに入力する魔法式とやらを一年かけて学び、二年からはストレージなしで頭に魔法式を展開して魔法を行使する実技が始まり本格的な魔法使いを育成していくらしい。
だがストレージが便利すぎて巷の魔法使いの大半はストレージ頼りなのが殆どで、本格的な魔法使いは軍とかそこらへんじゃないとお目にかけれないらしい。
やはり便利な道具は人を堕落させるんだなと、自分の姉の姿を思い浮かべながら妹はうんうんと頷いて納得した。