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探偵に天才はわからない

 僕はその感覚を少しでも払うように頭をふる。

 とにかく『終末の住人』の件はマイルズには話せない。あれがどういうモノかわからないし、ミニス嬢の言葉がどこまで事実かわからない。

 だが、僕はこれだけは確信している。マイルズはそう簡単に死なないだろうが、アレは絶対的な例外だ。

 イサキは喜んで死の危険を望むだろうが、マイルズはそうじゃない。

「マイルズ、とにかく君の言いたいことはわかったよ。 僕にも奇妙に思うところがある」

「それで?」

「だが、大前提として僕らはゼブレス家を敵に回すことは出来ない」

「その通りだ、だからこそ俺達は竜の尾を踏まないように立ち回る必要がある。 まったくお前は毎度、ろくでもないことに巻き込んでくれるよ」

「僕だって好きでこんな目に合ってるんじゃないよ」

 マイルズはミニス嬢が信用できると思っていない。

 最悪、切り捨てられる可能性もあると考えているのだろう。

 僕自身は全く判断がつかない、疑いたくもないがマイルズの判断に分があるように思う。どう考えても偶然と思うには事件が重なりすぎている。

 僕はもっとミニス嬢に話を聞くべきだ。

 藪から蛇が出るか、鬼が出るかわからない。それでも僕は藪に踏み込まなければならない。

「それでお前はどうするって言うんだ?」

「引き続き、全力でミニス嬢に協力するよ」

「……そういうとは思ったが、一番短絡的で楽な解決方法がすでにあるぞ?」

「よくわからないけれど、それはやりたくない。 マイルズが考えているのは、きっとやっちゃいけないことだ」

 僕は即座に答えた。

 その内容を深く考えようとは一切しなかった、気づかないほうがいい方法に違いなかったからだ。

 クチャクチャと言う何かを咀嚼する音が止まる。数秒の沈黙。

「その糞の役にも立たん勘の良さ、呆れてものも言えんな」

 そして、そう言ってマイルズは笑った。

 これは馬鹿にされているんだろうか。それに関しても、あえて深く考えないことにする。

「マイルズはマイルズで考えてこれから動くだろうけどさ、思念機はどうしたらいいのさ? 来ないと言われても、このまま追手に殺されるまで待つのはごめんだよ」

 今、こうして使っている思念機は決まった対象に固定されているようだった。

 ミニス嬢は調整しなおそうとしたが、最初から使いたい方法が機能として組み込まれていないらしい。

「それについては考えがある」

「なにさ?」

「まあ、見てろ。そのお嬢様が本当に天才なのかを、俺が試してやる」

 マイルズが何を企んでいるのかわからないが、彼は受話器をミニス嬢に渡すことを望んだ。

 僕はそれを了承し、装備の点検をしながら経過を見守ることにした。銃は分解して小まめに掃除する必要があるし、触媒つえだって動作確認くらいはできる。

 不思議そうに受話器を受け取ったミニス嬢は、それを耳に当てる。

 なにを言われたのか、嬉しそうに声を弾ませて一言。

「喜んで!」

 作業をするのに背を向けていた僕は、その声に振り返る。ダンスに誘われたお姫様のような、ミニス嬢はそんな表情で笑っていた。

 まずミニス嬢は隠れ家のどこからか不完全な思念機を持ってきた、おそらくは予備の思念機なのだろう。

 肩掛け用のベルトが付いたその思念機は、女性ものバッグ程度の大きさであり見るからにパーツが欠けていた。素人の僕でもそのままでは使えないことは明白だった。

 次にミニス嬢は、イサキと僕に手伝うよう丁寧にお願いしてきた。素人の僕に何が出来るというのかはわからないが断る理由はなかった。

 イサキは「それは我の仕事ではない」と無愛想にすぐ断ったけどね。彼にとっては断る理由しか見当たらなかったらしい。

 僕がしたのは荷物運びだ、工具やいくつかの箱をマイルズの私室から指示通りに持ってくる。たくさんの細かい部品がそれぞれの箱に山ほど入っており、女性が持つには重すぎた。と言うか僕にとっても重すぎる、実に持ちづらい。

 荷物を運んでくるより備え付けの思念機を、マイルズの私室に動かせたらいいのに残念ながら壁に固定されている。

 ミニス嬢は僕が箱を運ぶ間も、マイルズと会話をしていた。専門用語が飛び交い、僕の脳みそでは理解できそうにない。

 マイルズから何らかの指示をミニス嬢は受けているのだろう、目を輝かせながら工具の握り具合を確かめ、思念機を解体していく。今あるものを大幅に作り変える必要があるようだった。

 手際が良く、なにより話を聞いている間も手と口が止まっていない。自分が現在行っているよりも先の動作や工程について、マイルズに尋ねながら作業を並行しているのだ。

 僕にはまずそんなことは出来ない。話を聞きながら手を動かすことなんてできないし、今やっている以上のことを言われても、ほとんど頭に入らない上覚えてもすぐに忘れてしまう。

 イサキはそんな様子を見ても、何の感動もなく「退屈だ」とあくびをする。

 用心棒が暇なのはいいことじゃないか。

 マイルズはこれでミニス嬢が偽物かどうか、試そうとしていたのだろうか。この光景をマイルズは直接見ていないわけだけど、今は何を考えているのだろう。

 僕なんて何の専門知識もないから、何を言われてもやっていても「ああ、そういうものなんだ」としか思えない。

 凡人の僕には秀才も天才もみんな区別つかない。下手をすれば、馬鹿と天才の区別もつかないだろう。すごいものをすごいと言われても、理解できないからそのまま受け入れるしかない。

 ミニス嬢が親元に連絡するための調整された思念機が出来るのは、あっというまのことだった。

 受話器をミニス嬢から手渡される。

「マイルズさまは素晴らしい方ですね、わたくしが今までしていないようなことばかりでした」

 そんな一言を添えて、だ。

 聞こえてはいないだろうが、マイルズからしてみたら皮肉にしか思えないんじゃないだろうか。

「それでは、よろしくお願いします」

 そのままミニス嬢は僕に丁寧に一礼、僕は彼女が部屋から出てくるのを見送り、受話器を耳に当てる。

 ふと思い出して、さらに頭にぴったりと密着させた。思念波をよく読み取れる態勢にしないと、ノイズが混じる可能性があるからだ。

「どうだったんだ、マイルズ。 僕にはなにがなんだかさっぱりだけど」

「……ご令嬢、本当に研究者なのか? 信じられん、確かに実際に動かしたときの完全保証にはならない。 だが、再調整を一度もしないでテストが問題なく通るなんて」

「それ、なにかすごいの?」

 プロの言った通りにすればいいだけなんだから、何一つ問題なくて当たり前じゃないか。

 確かに手際は良かったし、決してまねできないけど。

「ほう、これは素晴らしいことだな。 お前は医者からの、思念機越しの助言だけで手術出来るっていうんだな?」

「無茶言うなよ、僕に繊細な仕事が出来るわけないだろ」

「お前が無能なのは今始まったことじゃないから特に言及しないが、例えば端子に指紋や油分が付着したり、ほこりが付いても動作不良を起こす時がある。 予備知識は必ず必要なんだ。 さらに、あの数ある部品から、口頭で言っただけで適切な部品を判断し、手順を間違えず付け替えるだけでも専門の知識がいるはずだ」

 それって天才だからじゃないの? 見ただけでどれがどの部品か、だいたいわかるものなんじゃない?

 と、思ったけれどそれは口に出さないことにする。

「ミニス嬢は思念機を機材を使った研究をしているようなことを言っていたと思うよ」

「分野によると思うが、彼女は研究者であって技術屋じゃない。 この両者は根本的に求められる論理性が違う。 さらに言えば、思念機などの通信機器専門の研究者じゃない。 研究機材としてしか使わないなら、わかればいいのは理屈や結果であって、修理や組み立てなんて業者がやればいい話だろ」

「僕には研究や実験のことはよくわからない。 でも、理屈で測れないから天才なんだろう? たまたま技術者の修理や組み立てを見ていてそれで覚えたのかもしれない」

 マイルズは唸ったまま黙り込む。

 なにはどうあれ、ミニス嬢がマイルズが驚くような手腕を発揮したことは間違いないようだった。僕にはマイルズがどういう知識の元で思考しているのか、まるでわからないので判断しようがない。

「まあ、いいや。 とにかくこれでミニス嬢は親御さんと連絡取れるんだね?」

 これでもうすぐお役御免だ。

 いろいろと不審な点はあったけれど、今日と言う不幸な1日を忘れて少しでものんびりしたい。そうだ、今夜はどこかのバーで打ち上げしよう。

 そう考えるとちょっと楽しくなってきた。そうだよ、なんでもいいことだけ考えればかなり気が楽になる。

 もちろん、マイルズは僕の発言を肯定した。予想通りの返事だ。

「そうだな、携帯型思念機はなんの問題ない」

「これで何もかもうまくいく、いわゆるハッピーエンドだね」

「だから、それを持って中継塔がある場所まで移動しろ。 ご令嬢の言った通りなら、早ければ明日の今頃には返答があるはずだ」

「は?」

「ゼブレス社の思念波中継塔に思念機を接続すれば、距離的にタイムラグで返答が来ると言っているんだ。 向こうに無事通信が伝わればだがな」

 なんだか一気に気が遠くなってきた気がする。

 僕の不幸はまだまだ終わらないらしかった。

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