困惑と疑惑は不幸の友
思念機を確認する作業を黙ってみていたイサキが口を開いた。
専門外のことには口を開かないのが彼の流儀らしい。
「して、マイルズから連絡が来なかったらどうする?」
「アイツは死なない、だから問題ないさ」
僕は胸を張って断言する。
「なぜそう思うのだ」
「世の中善人から先に死ぬ、だから僕より先にアイツが死ぬなんてありえない。 ろくでなしが長生きするのは世の常だろう?」
「お前がすぐ死にそうなことに関しては同意する」
都合の悪いことに関しては聞き流しながら、僕は根拠がなくても一見自信ありげにやり取りを行う。
実際のところ、マイルズが負傷などなんらかの理由でこちらへ連絡できなくなると、僕らは方針を変更せねばならない。
この件に関してのゴールはミニス嬢が、信頼できる家族に連絡し、窮地を脱出できる算段をつけることだ。それまでは命を賭けた鬼ごっこするしかない。
それ以外の会社の人間は信用はできない。護衛が裏切ったという事実から、かなりの重役が黒幕と見る。
さらに計画的犯行と考えられることから、自分の会社や警察局に駆け込むことは想定されていると思っていい。
追い込まれているミニス嬢としては、護衛が裏切ったという情報が会社にとってスキャンダルになる。
あんな派手なことを傭兵たちがしておいて、どこまでその考えが有効であるかは不明瞭ではある。既に彼女の使用人どころか、偶然店内にいた人間も死んでいるのだ。
だが、依頼主自身のためにも可能な限り、僕は秘密裏に事態を処理せねばならい。ことが世間に露見した際の損害賠償など、支払えるわけがないし。
現実的な問題として命あっての物種なのだから、そんなことを気にしている余裕は本来ない。しかし、それ以上に僕とミニス嬢がベッドを共にしていたことが大問題なのだ。これこそ世間に露見されたら困る。
……こうなってくると詰んだようにしか思えない。
そう心配したものの、マイルズからの連絡は1時間を待たずして来た。
だが、そのマイルズからの第一声こそが僕に困惑をもたらした。
「俺は合流できない」
「なんだって?」
マイルズは何かを食べるような、クチャクチャした音を響かせながら話す。
どうやら少しイラついているようだった。
「周囲に誰かいるか?」
「別室にイサキとミニス嬢がいる」
それが何だって言うんだ?
「ならいい、二人に聞かれないように注意して話せ」
急に注意しろ、と言われても戸惑うしかない。声をひそめるくらいしかできない。
「あの後すぐ警察局の特殊部隊、ピースメインが駆けつけてきてな。 店内にいた人間は、襲撃してきた阿呆を含めてだいたいトンズラしたんだ。 だが、死んだ奴を除けば、逃げ遅れた方の間抜けは警察局に引っ張られたよ。 ああ、抵抗した奴が一人殺されたな」
「それは客がか?」
「そうだ、あの余所者は誰も捕まってねえみたいだな」
「客はみんな一方的に襲われた被害者だろう、なぜだ」
「警察局の人間からしてみれば、みんなならず者だろうよ。 店の親父さんも事情聴取で連れてかれたみてえだ、あの人も頑固だからなあ……さっさと逃げればいいのに」
「すぐに釈放されるといいけどね」
「どうだかな、しかし不思議なのは連中が捕まってないことだ。 負傷者くらいいたと思うんだが、これはどういうことかねえ」
僕はマイルズの言葉に違和感を感じる。
自分が逃げた後の話だろうに。あとから顛末を探ったにしては自信ありげだ。
「なぜ、そんなに詳しいんだ?」
「さあな、聞かないほうが知らぬ存ぜぬで都合を通せるときもある。 利口でいたかったら気にしないことだな」
受話器の向こう側から、未だにクチャクチャと不愉快な音がする。
これはおそらく、マイルズが自分の妄想を話しているか、何らかの形で詳細な情報を得ている、のどちらかだな。
僕も他人の金の稼ぎ方について、根掘り葉掘り聞くような真似はしない。自分でも人に言えることばかりをしている訳ではないからだ。
それでも、その情報源についてはある程度は想像が出来る。警察局が使用している思念波を盗聴しているのだろう。
警察局の使う思念波は暗号化されているそうだが、マイルズは元警察士の思念技師だ。専門外だから具体的なことはわからないが、なにか仕込めそうなものだ。
僕が明確にわかるのは、もしこの想像が事実ならば『学院法』において終身刑すらもありえる重罪と言うことだけ。
誰も得しないな、この邪推は。僕はこの想像を思いつかなかったことにする。
「……それで僕が逃げ出したあと、どうなったの?」
「店の裏で通行人が、皮剥事件の被害者を大量に見つけてだな。 観客が面白おかしく騒ぎ立てててんやわんやだ」
「おかしいな、被害者の中に奴らの仲間がいるはずだけど」
「うまく回収しながら撤収したのか、局に捕まっても問題がないのか。 まさかどこかに消えたってことはないだろ?」
その質問に僕は答えられない。
もしかしたら、実際に消えたのかもしれないからだ。
今まで誰もいなかった空間に、皮を剥がされた人間が転がっていたなんて奇妙な現象を目撃したばかりなのだ。
常識的にありえないことを、当たり前のように「ありえない」と断言することができない。
「話が握りつぶされるのかね、それなら表になるかもわからない話だ」
「学院が監察官を入れてるんだ、握りつぶされるなんてそんなことにはならないさ」
「どうだかな」
「マイルズは穿とうとしすぎるよ」
「裏が全くない社会も、不健全なものなのだと理解しているだけだ」
そう言うけど、僕の知り合いは学院の監察官に、酒賭博に借金つぎ込んだのバレてクビにされたけどね。もちろん、マイルズのことだけど
とは、思ったけど言わない。
「まあ、とにかく今は警察局からも身を隠したいわけだ。 誰が敵でどこにいて、どう事態が転ぶのか見当もつかない」
「それは困る」
「こっちは困るどころじゃねえよ、俺はお嬢様の裏取りをしたがろくな臭いがしねえ」
「……なにかあった?」
「まずお前はお嬢様に関してなにを知ってる?」
「実際、あまり詳しくないな」
「なに考えてるんだ、依頼人の裏取りくらいしろ」
「緊急だったんだよ」
それもいろいろな意味で。
僕が答えると、マイルズはため息をわざと聞かせるようにしてついた。
「まずは基本的な情報からだ。 年齢は14歳、兄が三人、姉が一人、弟が一人の五人兄弟だ。 一族直系父が代表で、傍系だった母親が会計を取り仕切っているな。 この母親の手腕も大きいようだ。 長男が現社長の補佐や代理として世界中を駆け回り、次男は警備部門をとりしきっている。 この次男は社内外でも評判の武人らしい。 三男は貿易船の一つを任せられている、怪物の支配が強い危険な海を航海できるなんてかなり有能だ」
「うろ覚えだけど、天才ぞろいの兄弟だと過去に聞いた覚えがあるよ。 上の三人だけでとんでもないね」
「お前とあまり年も変わらないだろうにな、全員『竜の学院』をかなり優秀な成績で卒業している。 なにからなにまで随分差があるもんだ」
そこの家の父親は、アンタと同い年の頃にはセレブで有力な実業家だったろうよ。
と、思ったけどそれも言わないでおいた。
「例に漏れず、彼女とその姉も天才的だな。 ミニスご令嬢とその姉は現在も学院に席を置いている、ミニスご令嬢は魔術学部主席となっているな」
「とんでもない開発や研究しているのにまだ学生なんだな」
「だから、大騒ぎなんだろうが」
そう言われても、僕に理解できる範囲を超えている話しか飛んでこない。
そもそも僕の専門は法学部なんだ。
「それで何が言いたいの?」
「あのお嬢様がなぜこんな街に来たのか、だ。 学院が自治を行い掌握しているとは言え、治安は悪いしマフィアまでいる。 学院と比べたら目新しいものなんてない街だろう?」
「それは僕らには関係ないんじゃないか? 僕の仕事は依頼を達成することだし、余計なことは聞かないほうがいい」
「そう思うのは勝手だし、危険に巻き込まれるのがお前の趣味だって言うならそうしろ。 その余計なことに俺を巻き込むな」
「……それでマイルズが手に入れた裏ってなんだ?」
「お嬢様は9日前からこの街にいるようだ。 そして、彼女がこの街に来る動きを取り始めたのは、先月『空間転移と思考伝播現象』の論文を発表した直後だ」
論文とこの一件が関係あるとでも言うのだろうか。
単なる護衛や重役が裏切っただけの事件じゃない、というには根拠は希薄に思える。
「偶然の一致じゃないのか」
「さらに、その研究が始まったと思われる時期、ご令嬢は姉とともに旅行先でテロリストの人質となっている。 偶然、現場に居合わせ巻き込まれたような話になってはいるがここから既にきな臭い話だろ」
つまり、『空間転移と思考伝播現象』の研究開始直後と、論文発表後でトラブルに巻き込まれている訳だ。
「現地の特殊部隊によって救出されたとはなっているが、どんな動きがあったのかはわからん」
「こうなってくると不可解な点がいくつもあるな」
まずミニス嬢は既にテロリストに拉致されるという大きな事件に巻き込まれている。報道に乗ることはなかったようだが、そんな一件があれば護衛の選抜には慎重を期すのではないか?
本人だけでなく財閥自体が、だ。また事件に巻き込まれないか、注意深くなるのが普通だと思う。
偶然旅行先で拉致されて、論文発表後に急遽治安の悪い都市になぜか出向き、さらに不幸なことに巧みな策略で護衛が裏切るのに誰も察知できなかった。事件が起きてもなお発覚せずにいる。
「まだおかしな点があるぞ」
「そろそろお腹いっぱいなんだけどね」
「『空間転移と思考伝播現象』の研究には、一人の教授が助言者として協力していた。 これは発表された論文に名前が載っていたんだがな」
「いくら天才だからって、一人で研究なんか出来るわけないよ。 別におかしなことではないだろう?」
「その教授が論文発表後に死んでるんだよ、自殺となっているがな」
「ええっ? あー……」
そろそろ僕の頭がパンクしそうだ。
つまり、どういうことなんだよ。
「ええと、つまりそのものすごい研究していたミニス嬢やそれに協力していた人間を、殺そうとしている誰かがいるかもしれないってことかな」
「それならまだいい。 だが、もしかしたらご令嬢やその周囲の誰かが企んだ出来事かもしれない」
ミニス嬢自身も疑っている、というわけかコイツは。
彼女はまだ14歳だぞ、まだ子供だ。本当にまだ子供なんだぞ! だからいろいろと僕の立場がまずいんじゃないか。
「言いたいことはわかったよ、それでその教授はどういう人だったんだい?」
「ネアル・バーキントス教授、専門の研究は『終末の住人』についてだそうだ。 中身はまったくわからなかったがな、亡くなる直前はずっと家に引きこもっていたらしい」
「……終末の住人?」
「そうだ、なにかあったか?」
僕はマイルズにあの怪物の話はしていない。
なんだ、この符号は。
今、僕は何に関わっている?
その質問に誰も答えてはくれない。
ただ僕はひたすら得体の知れない寒気のようなものに襲われつつあった。
h26.7.24 表現がわかりにくいところを加筆修正しました。




