ミニス・ノウェール・ゼブレス
僕が病院を退院して、三か月経った。
その間に誕生日を迎えさらに一つ年をとったが、それは相変わらず自分の人格になんの影響も及ぼさなかったようで、未だに僕は情けない性格のままだ。
それでも変わったことがいくつかある。
一つはムラヤマ・リュウタロウ氏が本当に仕事を僕に頼み始めたこと。
その業務は現地人との通訳だったり、イサキやマイルズと言った専門家への仲介だったり、夢にまで見た調停人としてだったり様々だ。
仕事があるのはうれしいけれど、壁の外まで出て仕事をする羽目になったのは迷惑だった。なるべく命を賭けたくないし、壁の外だなんて辺境もいいところだ。
壁の外での暮らしが悲惨なもので、必死に生きている人々がいるのはわかる。それにそれを馬鹿にするつもりもない。むしろ、そうやってたくましく生きている人たちを尊敬していると言ってもいい。
だけど、それらに携わりたいとは全く思えない。
情けないことに、どんなに善人ぶっていてもそれが僕の本音だった。その面でリュウタロウ氏は僕と全く違う価値観を持っているように思えた。
だからこそリュウタロウ氏が、僕に仕事を頼むようになった本当の理由が未だによくわからない。彼が煙草を嫌っているのは間違いがない様子だが、まさか本当にそれが理由ではないだろう。
きっと彼にとって、一番気に入らないのは僕のように安全圏になるべくしがみつこうとする人間なんじゃないだろうか?
確かに、善意や正義感で行動することは僕にだってある。
だけど、それは一時の感情みたいなものだ。
僕は常に正義の人でいる、ということは出来ない。ずっと正義の味方でいられたらとは思う、チャンスがあれば正義をなしたいとすら思う。
でも、逆に言えばチャンスがない限り正義をなせないのが僕だ。だから、僕は弱さのせいで悪いことをしてしまう人間を否定できない部分もある。
そんな僕がなぜ自分が正しいと思うことのために戦える時があるかと言えば、それこそ僕が弱いからなんだと思う。なにかを失ったり、道徳心を否定することに精神が耐え切れないのだ。
こういうところが男らしくなくて、ジェシカからも不評なんだろうな。
そう、ジェシカとの仲は未だに上手くいかない。
入院当初は態度が軟化したようにも思ったが、元々世話好きの気性なのか弱っている時には優しい女性なのだ。その分、普段僕が元気に口説きに行くと心底迷惑そうにされる。
「異性としては絶対に見れない」と何度言われたかわからないが、それでもジェシカのことは好きなのでアプローチを続けていこうと思う。
いつかは情にほだされてくれないかな、と考えてしまうあたりがなおさら女々しいのだろう。そこが嫌われている部分なのはもちろん理解している。
そこは死ぬまで変わらないとして、それでも周囲からの見る目がどんどん変化しているようには感じていた。
あの事件の日、イサキとミニス嬢を連れ『蝶の歌』に入った時にも違和感を感じていたが、いろいろな人から警戒されることが増えたように思う。
あるいは僕が気付かないだけで、前からそうだったのだろうか。
今回の事件の裏に気づき、僕はその理由の一因について解き明かせたように考えている。そうは言っても全くの誤解なんだけど。
そして、自分にとっての最大の変化はあの『終末の住人』に傷つけられた右目だ。
これがなんなのかわかったとき、自分はつくづく不幸だと再確認した。見えるようになったものの、信じられない不具合が生じ始めたのだ。
こうなるくらいなら、いっそ見えないほうがよかったかもしれない。
痛みさえないなら潰してしまった方がマシにも思える。だが、潰してしまった時にさらなる不具合が起きないとは限らないのだ。
あの得体の知れない怪物を相手にして、何かの保障があるはずもない。これ以上、状態を悪化させないために何もしない。
僕はそんな臆病な人間なのだ。決断したくないことは、出来る限り後回しにしたい。そして、いつかうやむやになってほしい。
そんな僕は今日も不幸だった。
とある依頼人の家を訪問した時の話だ。
依頼内容は『妻の浮気調査』だった。依頼主は小さな工場といくつかの飲食店を営む社長で、これが実は二度目の依頼という可哀想な男だった。
一度目は自分の部下に妻を寝取られ、今回も依頼者の妻は浮気をしていた。なんと相手は実の弟。奥様は旦那よりも若い男性がお好きらしい。あまりに哀れで、他人とは思えなかった。
最初の浮気発覚で別れたらいいのに、ベタ惚れだった社長は部下を首にしたものの、妻を許してやったらしい。気持ちはよくわかるけど、浮気をする女が反省すると思ったら大間違いだ。
たいていの場合、一時の感情で浮気をする女性は、反省だって一時の感情にしかならない。
男だってそうだろうに、自分の愛した人だけは違うはずと思いたいんだろう。けど、発覚した浮気は氷山の一角だ。
男は浮気に鈍い。だから女性の浮気に気づく頃には、その女性は既に何度もほかの人と浮気をしている。気づいたのが初犯だと思ったら大間違いなのだ。
そうは思ったけど、何も言えなかった。おやじ臭くてジョークがつまらない人だけど、意外とナイーブな人で言いづらかった。
今回のことも、なんて伝えたらいいだろうか、と考えてながらその依頼人の家に入った。途端、黒づくめの男たちに拘束された。
僕はすぐに状況を把握し、自分を狙う心当たりを考える。だめだ、心当たりが多すぎる。
冷静に考えてみれば、こういうパターンで誰かに報復されることもあり得たよな。でも、これくらいの修羅場であれば今まで潜り抜けてきた中ではたいしたものじゃなかった。
すぐに殺しにかかってこない時点で相当ぬるい部類だ。拘束するだけで、殺しに来ない相手というのがあまり思いつかない。
「これは何の真似ですか?」
僕はひとまず問いかける。
ただ、自分で思っていたよりも緊張していたらしく口が回りにくかった。
緊張もいつでも逃げたり戦うための臨戦状態を作るためのものでもあるので、それも構わないと自分に言い聞かせる。
無理に緊張しないように意識をすると、目の前のことに集中できなくなるからだ。なるべく周囲の状況を把握するように努めながら、緊張を受け入れた方がいい。
「申し訳ございません、ミニス様のご指示なのです」
背後で僕を拘束している男が返答した。とうとう口封じだろうか、今の時期になって行動を起こす理由もよくわからないけれど。
なぜか男の声を聴いて、どこか聞き覚えのある声だな、とそう思った。
「僕にどうしろと?」
「抵抗されなければ傷つける気もありません。 これから目隠しをしますので、その隠し持っている触媒から手をお放しになってください」
「……よくわかるね」
丁寧な口調だが、かなり威圧的な雰囲気である。
腕をより強く締め上げられたが、痛みはない。だが、この人物がその気になればいつでも手首を折られてしまうだろう。
また腕が使えなくなるのは不便だな、とのんきに考えてしまう自分がいる。
「ミニス様がヴァン様との面会を希望されているのです、故あって現在いる場所を知られる訳にもいきません」
「なら、別にいきなり捕まえなくてもいいじゃないか。 暴れたりしないから離してよ」
「拘束せず説明した場合、警戒された挙句逃げられても困りますので」
警戒しないわけがないじゃないか、何を言っているんだ。
「そもそもさ、拘束した瞬間に反撃されるとは思わなかったの?」
最悪殺される可能性だってあるはずだ。
「あなたの場合は、その反撃で立場を悪化させる場合も想定する方かと。 どんな地位の人間なのか、どの程度街に影響を持つのか、それが知れない勢力にすぐ攻撃を仕掛ける人ではないと思いました。 もっとも仮に我々が殺そうとした場合であれば、あなたを即座に仕掛けてきたでしょうが」
「とっさにそんな判断が出来るわけじゃないよ、死角から来られたら特にね」
「ご冗談を。 五メイトル周囲であれば、何が起きてもすぐに感知できるのでしょう?」
なぜ、そこまでばれてるんだ?
と、一瞬考えるがすぐに思いつく。
「『テセリケタ・バイセル』と繋がりがあるんだね、となれば僕の使える魔術もだいたい割れている訳だ」
彼らと仕事を始めて三か月経つが、戦闘も共に行ったことがある。手の内もある程度伝えてあるし、一番納得のいく答えだ。
男が舌打ちする。頭が良さそうな割にずいぶん正直な男だ、と感じた。
「僕が仮に口にした情報であっても、それが正解だと思わないことをお勧めする。 魔術師は決して自分の手の内をばらさない、時には真実を武器にして相手をだますことすらある」
「常人を凌駕する力を持てしてもなお、そのようなことを?」
「普通の人間こそ恐ろしいよ、何も力を持たない人間が一番危険だ。 それを理解できない魔術師はすぐに死ぬ、卓越した魔術師とは強力な魔術を扱える人間のことじゃない。 臆病にして、巧みで老獪な知恵のある人間のことさ」
自信家よりも、臆病な魔術師と戦うのが一番怖い。
臆病者は、自分の安全が絶対だと確信できるときにしか戦わないからだ。そんな時はたいてい戦いが始まった時点で、こちらの負けが決まっている。
男たちは僕の身体を調べ、手持ちの武器や触媒を奪っていく。
「……思っていたよりも、いろいろと隠していますね」
「何度も死にかける羽目になってね。 学習したんだよ、死んでからだと学習できないからね」
「賢明です」
そのまま僕に目隠しをし、ゆっくりと歩き出すように指示をした。
男たちの人数は四人で間違いないようだ、同時にこの中に魔術師はいないと確信する。触媒を奪ったから魔術が使えないと判断しているようだけど調べが甘い。触媒が常に杖の形状をしている訳ではないのだ、精度を無視すればサイズなんていくらでも変えられる。
隠し持てる程度のものだと、行使できる魔術の規模や安全性にかなり制限がかかってしまうけど。
ふと気になったので、尋ねてみた。
「ここの家主は? 僕の依頼人なんだけど無事なの?」
「彼の経営する会社は、ゼブレス系列の会社の下請けです。 少し脅しかけたら家の鍵を貸してもらえましたよ」
「ああ、じゃ奥さんが浮気してたって言うのも、僕をおびき寄せるための偽装だったりする?」
「いえ、あれは完全に事実です」
「……だよね」
うん、それは知ってた。だって僕はその証拠を持ってきたんだから。
そもそも奥さんが浮気相手とどんなことをしていたか、直にこの目で見ている。中にはハードすぎて、依頼主に言えないこともあった。もし言えば、男として二度と立ち直れなくなると思う。
ますます依頼主が不幸すぎて、他人に思えなくなる。可哀想すぎるだろ。
ああ、涙が滲んできそうだ。
彼らの指示に従い、馬車に乗せられる。目的地にまっすぐ向かっていなのか、かなりの頻度で道を曲がっている感覚があった。
随分徹底しているな、と思うが街から流れる騒音などで程度把握できている部分もある。魔術師の知覚能力を舐めているのだろうか。
馬車の中という限定空間なら掌握出来そうだな、と思うので割と思考に余裕がある。
たどり着いた先は建物というより、乗り物のようだった。
空間把握で車輪があるように読み取れる、大きな魔術車両だろうか?
その中に乗り込み、椅子に座ってから目隠しを外される。
そこは完全に部屋だった、それもかなり上等な調度品まで存在する。これを車内だとは思うまい。
「お久しぶりですわ、ヴァンさま」
ミニス嬢が背もたれによりかかることなく、足を揃えて上品にソファーに座っていた。
輝くように艶のある金色の髪、少し髪が伸びただろうか。翡翠ような瞳を、嬉しそうに細める。
可愛らしい唇が開き、心地良いトーンで言葉を連ねる。
「あの時の礼を言いたくて、お呼びしましたの。 何も言わずに立ち去ることになって、心苦しかったですわ」
「それはわざわざご丁寧にありがとう」
流石にこの状況下で、僕も素直に喜べない。
いくら美人とは言え、彼女の年齢は僕の守備範囲外だ。
それにさっきから視界に見覚えのない女性が立っている。ミニス嬢の背後に、くすんだ茶色髪の女性が静かに佇んでいた。
眼鏡をかけていて、どこか近付きがたい物静かな雰囲気をまとっている。ミニス嬢に顔立ちは似ているものの、遥かに地味に見える。なんというか美人ではあるが、華がない。
口には出せないが、一瞬幽霊かと思ってしまった。
「後ろの方は?」
「わたくしの姉、サアラ・ノウェール・ゼブレスです。 今もわたくしの研究を手伝ってくれる優しい姉ですわ、姉もヴァンさまにお礼がしたかったそうです」
サアラと呼ばれた女性が、僕に一礼する。
その間、一切言葉は発さず、もちろん表情も一切動かさない。
「姉は無口ですの」
「そう」
僕はあえて何も言わないことにする。
この二人がテロリストに以前旅行中に捕まり、警察局の特殊部隊に救出されたってことか。
「ところでなぜ魔術師を派遣しなかったの? 僕が逃げるかもしれないのに」
どう考えても穴だらけすぎるだろう。
「逆です、ヴァンさまは見知らぬ魔術師が来たら即座に逃げてしまいますわ」
なんだよ、失礼な。それだと僕が魔術が使えない相手だと、思い切り油断してるみたいじゃないか。
さっき自分で、普通の人間が一番危険だとか言ったばかりなんだぞ! だとしたら、とんだ勘違い野郎じゃないか!
……その通りかもしれない、と反省する。
「ならここで仮に僕が抵抗したら?」
「ご安心を。 ヴァンさまがおかしなことをしたら気付けるほどには手練揃いですから。 わたくしへの心配は無用ですわ」
それは遠まわしに、今は自分への心配をしろってことじゃないよね?
でも、確かにここで余計なことをしたら死ぬだろうな。
「そう言えば、いくつか疑問に思っていたことを聞いてもいいかな」
「なんでしょう?」
ミニス嬢は首を傾げる。
「ミニス嬢は事件の時、なぜ魔術を使わなかったの?」
学院でも優秀な成績を修めているという彼女なら、僕よりはるかに優秀な魔術が使えると思う。
もちろん、戦闘向きな魔術が使えるかどうかはさておいてだ。それでも優秀な知性を兼ね備えていれば、なんらかの応用が利く魔術が使える可能性も高い。
あの状況で何一つ魔術を使わないのは不自然だった。
「わたくし、魔術は使えませんの」
「え?」
「体質的なものなんでしょうけれど、魔装具に魔術を出力することも出来ませんし、触媒を扱うことも出来ませんわ」
研究者として名高いミニス嬢が魔術不能者だって?
ミニス嬢は天使のごとき微笑を僕に向ける。
だが、何気なく言われたこの情報こそゼブレス家にとって大きな事件なんじゃないのか。学年でもトップの成績を持つ彼女が、魔術不能者だって?
「……そんな話聞いたことがない」
「そうでしょうね、公表しておりませんから。 ですが、学院によれば男性は五十人に一人は魔術不能者だそうですし、あり得ないことではありません。 わたくしのような女性の場合はかなり珍しいそうですけれど」
「ご兄弟に他に同じ体質の方は?」
「いませんわ、祖父が同じだったそうですけれど。 ああ、このことは内密にお願いします」
言われなくても、話せる訳がない。
なぜ、僕に正直にそのことを話したのかがわからないけれど。
でも、確かに魔術を扱えない人々がいるとは知っていたし、今までに会ったこともある。中には魔術行使における規模を、調整できず常に暴発させる体質の者もいた。
「それでどうやって研究を?」
「助手に手伝ってもらうことも多いですわ、今は姉がおりますから。 それにわたくしの研究自体、魔術を扱えない人間が擬似的に魔術を扱うためのものも存在します」
「魔術師とそうでない人間の格差を埋めるためのものだと?」
「そんな立派な理念を持っている訳ではありません、自分が便利なように周りの環境を整えようと思っただけです」
それは確かに研究するための動機としてはわかりやすいところだ。
しかし、この情報でますます僕の仮説が強固なものになってしまった。何も喜べない。
「それが6年前にミニス令嬢が開発したという『魔力素子簡易並列循環式』か」
「あら、お調べになったの? ……魔力素子サーバーシステムはご存じですか?」
「いや、不勉強なものでね」
「魔術師がいなくても自分で演算し空間を掌握し、限定された支配領域を操作する設備のことですわ。 簡単に言えば、機械で出来た魔術師ですわね。 人間の代わりに、命令通りあらかじめ定められた魔術を使うことが出来ます」
「それは可能なの?」
「現状では、かなり巨大なサーバーでも非常に限定された魔術しか扱えておりません。 ただし理論自体は私が八歳の時に既にあったものですわ、現代技術が追い付いていなかっただけなのです。 魔術行使を演算する補助機は、既に触媒に組み込まれていますし」
「そうなるといずれ魔術師が不要な時代が来るかもしれないね」
「その前に人間が不要な時代が来るかもしれませんわ」
ミニス嬢は愉快そうにクスクスと笑う。
「それは現在の体制で利益を出している人間にとっては、あって欲しくないことだろうね」
「そうかもしれませんわね」
ここで僕は本題を切り出した、最初から聞きたかったことだ。
「だから、あなたのご家族はミニス嬢殺害を計画したの?」
彼女は笑うのを止め、驚愕の表情を形作っている。
「『空間転移と思考伝播現象』についての論文はもっと危険そうだね、今の話を総合すると魔術を行使できない人間が扱えることになりかねない」
「一部の人間が便利なおもちゃを持て余している現状も、じゅうぶん危険かと思いますけれど……」
「だけど、『空間転移』も『思考伝搬現象』も人間を元にした研究じゃないんだろう?」
「ヴァンさまはさきほどから何がいいたいのでしょうか、わたくしにはよくわかりません」
「このどちらも僕は既に体験しているんだ、『終末の住人』と呼ばれた怪物。 アイツがそのどちらも扱っていたからね」
アイツは獲物に空間を歪めて接近し、襲いかかっていた。
僕がアイツを見るたびに、起こっていた体への不調や精神の影響は、アイツの思考が脳内に流れてきたからだろう。身体の働きは脳が支配している、それを壊されたら死ぬだけだ。
ミニス嬢が研究していた対象が『終末の住人』だとすると、その研究をした途端テロリストに襲われたことや今回のこと。また、彼女がこの街にいた時期と『終末の住人』が街に出現した時期が同じであること。
これらが意味を持った繋がりとなり始める。
「君は『終末の住人』は関わるだけで、災厄をもたらす存在だと言っていたね。 一方でミニス嬢の研究は、魔術を使えない人々にすらその恩恵を与えやすくするものだと言う」
これらのキーワードを繋げると、とある可能性が浮かび上がる。
そして、それが仮に事実ではなかったとしても、可能性があるというだけで、親族がミニス嬢の殺害を計画するには十分な理由にはなる。
「全て憶測ですわ」
「どうかな? ああ、そういえば挨拶が遅れてましたね」
僕はここで頭を下げる。
「はじめまして、ミニス・ノウェール・ゼブレスさん。 聞いてはいるでしょうが、僕がヴァン・ランドルグです。 調停人だけでなく、探偵の真似事なんかをしています、あとは時々賞金稼ぎの付き添いと、人材紹介で小遣いを稼いでいますね。」
「ヴァンさま? 今更何を?」
「君に言ったわけじゃないんだ、もうミニス嬢のフリをしなくてもいい。 ……僕は君の後ろにいる、サアラと呼ばれた女性に言ったんだよ」
ミニス嬢を名乗り続けた女性は、僕を睨みつけた。
その背後で、にやりと笑う。
「お姉さまはやっぱり演技が下手ね、だから見ていてとても楽しいのだけれど」
本物のミニス・ノウェール・ゼブレスは眼鏡のズレを直し、実験動物を眺めるような気色の悪い表情を浮かべる。
その眼鏡には僕が映っていた。




