相棒はゲテモノを食らう
僕が行きつけの居酒屋である『マドモド』に着くと、マイルズは新聞を読みながら昼間からエールを煽っていた。
そうとう暇そうである。
マイルズは僕より、一回りは年上のおっさんだ。
年齢に関しては、30代前半はまだおっさんじゃないと彼と口論によくなるが僕からすれば十分におっさんである。
戦場を経験し元警察士なだけあって、逞しく顔つきも凛々しく見えなくもない。だが、いかんせん無精ひげとだらんと疲れたような目が全てをぶち壊している。
年齢はさておいても陰気な目つきで酒を飲む姿は、僕にはくたびれたおっさんにしか見えない。
そんな彼とはよく仕事を分け合う付き合いだ。
彼は、事務所とは名ばかりの倉庫改造しただけの住居を根城にしている僕と似たような身の上である。
どこに住んでいるかも知らないが、なぜかいつもこの店で酒を飲んでいる。
あの薄気味の悪い好物を片手にだ。
「よお、ヴァン。 女連れなんて珍しいな」
また朝から飲んでいるとすれば相当量飲んでいるはずだろうに、顔色にまったく変化がないマイルズ。
僕はミニス嬢とともに対面する席に座る。
「珍しいなんてのは余計だ、マイルズ」
「なあ、見てみろよ。 今日もニュースは最悪だな。 どこかの国じゃまた内乱やら国境侵犯してるし、この街でもハド川に定年間近の刑事が死体で浮かび、フラれた腹いせに元恋人を殺して逃げ回ってる若者がいるかと思えば、紙業会社で残業していた社員が全員全身の皮をはがされた状態で見つかったとよ」
「……へえ」
なんだろう、僕の末路がいろいろなケースで紹介された気分だ。
「残業は基準法に則られず不正に行われたものらしく、とか書かれてるけどそれは死ぬ前に報道しろよって感じだな」
「なかなかそれは無茶じゃないかな、事件がないと新聞社には調べようがないよ」
「馬鹿だな、お前。 報道機関の仕事は一般人に隠されている真実を伝える事だろ、発覚してから伝えるなら近所のババアでも出来る。 これなら素人と変わらんな」
「この間の政治家の女性問題なんか、すごい早かったじゃないか」
「舞台俳優の結婚や政治家の愛人なんてどうでもいいんだがな、こんなもんバカしか興味ないだろ。 どんな人間だろうがきちん仕事をしてればプライベートなんざどうでもいい話だ。 なんで自分が同じ立場で報道されたら嫌なことに、気分を害さず興味がもてる?」
僕はマイルズの頑固親父めいた物言いに苦笑する。嫌なら読まなきゃいい、といえば喧嘩になるのは目に見えている。
何もいわずに、僕はヒゲズラの恰幅のいい店主に注文を始めた。
無愛想ながらも、真面目そうな顔で注文を書き取る店主。
「ミニス嬢は何を食べる?」
「ヴァンさまにお任せしますわ」
僕の問いかけにふんわりと、返答するミニス嬢。
そんな僕らの様子をなにか探るように、マイルズは一瞬視線をうかがわせたが、新聞に目を向けながら手に持ったジャーキーを齧った。
以前、僕もそのジャーキーを進められたが、材料を知っているから僕は一度も手をつけたことが無い。
アレを食べるなんて想像するだけで実に気持ちの悪いことだ。
店主は無関心そうに注文を聞き終わったら引き上げていった。あの顔でそこそこおいしい料理が出てくるもんだから、人は見かけによらないものである。
どこの店も主の気分で営業しているものだから、必ず空いている店って言うのがなかなかない。この店はその中でも風変わりで、だいたいどの時間に来ても空いている。
いつここの店の店主が休んでいるのか見当もつかない、だからこそ常連は好きなだけ好きな時間に飲めるわけだ。
ちなみに僕はひそかにここの店主が双子で交代で営業しているんじゃないか、と疑っている。
「マイルズはいつもニュース紙に毒舌だけど、いつも真面目な報道じゃ疲れちゃうだろ」
「ふん、理由は何であれ他人の私生活覗き見する娯楽を正当化するのはどうかと思うがな。 皮剥ぎ事件は9日前から同様の事件が、今回と合わせて4件あるな。 こりゃすごいペースだ」
「それはすごいね」
「警察局じゃ、特殊部隊の『ピースメイカー』をいつでも出動できるよう待機させるとよ。 で、そこのもの珍しそうにさっきからキョロキョロしてるお嬢さんは誰だ?」
マイルズはようやく彼女に話を向けた。
僕からの紹介を待っていたのかもしれないが、しびれを切らしたらしい。
「ええと、彼女は……」
「申し遅れました、ミニスと申します。 わたしくはなんとお呼びしたらよろしいでしょうか、ミスター?」
おいおい本名言っていいの?
騒ぎになっても困るんだけどな。
マイルズは珍しい生き物でも見るかのような目で、ミニス嬢をじろりと観察する。
「ミスターなんて柄じゃないがな、マイルズだ」
「よろしくお願いいたしますわ、マイルズさま」
「……おい、なんなんだヴァン。 このお嬢さんは」
僕は笑うしかない。
「彼女が今回の依頼者なんだ」
「なんだと」
「依頼は彼女の親元と連絡をとること、迎えが来るまで安全に保護することだ」
「話が見えないな、それ俺が必要なのか? 用心棒でもしろと?」
「連絡先が特殊でね、マイルズにはなんとか連絡手段を作ってほしい。 それと安全な場所の確保だな、用心棒はこっちで既に呼んでいるよ」
「特殊な連絡先? そもそも狙われてるなら、お前の家にでも匿えばいいだろうが」
「一か所にとどまるのは危険だ」
マイルズは舌打ちした。
「……彼女の素性は?」
僕は周囲を見渡す。
まばらではあるが客はいる。
柄が悪い客が多すぎて一般客はろくに来ない店ではあるが、昼間からでも需要はあるのだ。
「場所を変えよう」
「いや、今はここでいい。 ここは比較的安全だからな、前に教えたとおり脱出口まである」
納得はいかないが、マイルズがそういうのなら認めるしかない。
逃げ道が確保されているのは確かに利点だし、マイルズがいなければ僕はこの仕事を降りるしかないからだ。
だが僕にもう降りる選択肢はないに等しい。降りれない賭けに参加してしまった以上、道連れは絶対に欲しい。
僕だけが不幸になるなんて許せない。
「彼女はゼブレス家ゆかりの人間だ」
病気じゃないかと時々思ってしまうほどに疲れた目を、マイルズは細めた。すこし眠そうにも見える。
「本物か?」
マイルズは彼女に尋ねる。
「身を保証するものはありませんけど事実ですわ」
彼女はペンダントについた深くて暗い青色の宝石を、手で弄びながら言った。
「6年前にミニス令嬢が開発した、小企業や多人数住居向けの魔力素子サーバーシステムは?」
「それは『魔力素子簡易並列循環式』の事だと思います」
なにそれ? と思ったけど、口に出すのはやめておいた。
マイルズは質問を続ける。
「先月にアンタが発表した論文は? ファンタジーだと批判されたやつだ」
「空間転移と思考伝播現象の論文ですわね、まだ仮説でしかありません。 それでも学院の研究者の方々は興味深げだったんですけれど」
「アンタはペットを飼ってたな? それも犬だ」
「いいえ、犬は苦手です。 わたくしの大切な家族はマリトワネ……去年の4月死にましたの。 とても賢い猫でした」
マイルズはため息をついた。
「調べればわかることかもしれないがな、ずいぶんすらすら出てくるもんだ」
「記憶力はいい方なんです。 10年前の今日に自分がなにをしていたかも思い出せますわ」
「……なにをしていた?」
「雨の憂鬱な日でしたわ、今の時間は紅茶を飲む作法を勉強していました。 講師はソワネ、お茶の銘柄は―ー」
「いや、十分だ」
マイルズはあの気色悪いジャーキーを齧り、エールを飲み干した。
よく食えるものだ。
「なんだ、食べたいのか?」
マイルズは僕を見て、にやりと笑う。
「いらないよ、そんな気味の悪い物」
ミニス嬢が好奇心に目を輝かせる。
「それはなんという食べ物なのですか?」
「ただのジャーキーだよ、材料がゲテモノのね」
マイルズはそれを聞いて、憮然とする。
「ガキには良さがわからんのさ」
「グールなんて誰が食うか」
「戦場じゃ普通だがね」
ミニス嬢が驚く。
「グールなんて食べれるのですか!」
「アンタ、グールを見たことは?」
「ないですわ」
「食料が枯渇する状況じゃ立派な食品さ、塩漬けにしたりとか毒抜きが必要だがね。 それが足りなきゃ嘔吐に悩まされて最悪死ぬ、錯乱して仲間に喰らいつくやつもいたな」
ミニス嬢が感心したようにうなづく。
「勉強になります」
「……食うか?」
マイルズがミニス嬢にジャーキーを差し出したのを、僕はすぐに叩き落した。
ミニス嬢が残念そうに僕を見る。
「タバコに並ぶ、常習性が認められている。 急にやめようとしても禁断症状でひどい目にあうぞ」
「別に違法じゃねえだろ、硬いこと言うな」
「僕の母国だとタバコもグールジャーキーも違法だ」
「ここはお前の母国じゃねえよ、食い物を粗末にすんな」
そういって、マイルズはもう一本ジャーキーを取り出して齧った。
ミニス嬢はそれを名残惜しそうに見ていた。




