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執念を死神は嗤う


 落ち着け、冷静になるんだ。

 霧はまだ晴れていない、奴らに僕が見つかることはまだない。

 だから、生き残るための方法を考えろ。

 なぜ、僕の位置がばれた?

 可能性が高いのは、倒した敵の順番や位置だ。隊長がである自分が真っ先に狙われると仮定すれば方向はわかる、接近に驚いた僕は息遣いを乱したかもしれない。それをとっさに判断したんだとしたら、なおさら恐ろしいことだ。

 何か対抗手段が必要だ、魔術は使えるか?

 ……痛みに耐えながらでは、失敗する可能性が高い。継続して集中が必要なものは絶対に無理だ。

 だが、一つの魔術に絞り、それに賭けることが出来れば?

「いつまで隠れているつもりだ? おとなしく観念して出てこい」

 傭兵隊長はそう僕に語りかけながら、部下に指示を出す。

 敵は常に思念塔操作室から攻撃を受けないか警戒しているようだ、同時にミニス嬢と逃げている可能性も計算しているかもしれない。

 きっともうイサキはここにいないだろう、アイツなら今の騒ぎを有効に利用できるはずだ。

 ああ、傷が痛む。震える指で、なるべく物音を立てないようにバックパックをさぐろうとする。

 でも、この状態で応急手当なんて無理か。上の服を全部脱がないと出来ない。

 とりあえず布を取りだし、傷口を抑えて圧迫する。

 確か敵の残り人数は、あの隊長各を含めて五人。

 今すぐこっそりと脱出すると言う方法もある。

 しかし、僕の視界もまた霧と闇に塞がれている。

 継続する痛みに精神が集中しきれないこの状態だと、支配領域フィールドを使って周囲の様子を探知したとして、一瞬ならまだしも周囲の状況を把握し続けることは出来ないだろう。

 傷もあるし満足に逃げることは出来ない、追撃をかわし切れるか?

 そういえば、戦場の魔術師たちは痛覚を麻痺させたり、集中力を増すような薬を服用することもあるらしい。再生能力を高める薬すら躊躇わず使用するという。

 そんなものを使い続ければ、人間としての機能がいつまで保てるかわからないはずだが、それこそ人間としての愚かしさ故なのだろう。僕だってそのあとにどうなろうが、今そんな薬があれば使いたくなる。

 ……イサキとミニス嬢は無事かな。

 ここで動きがないと言うことは、やっぱり脱出したとみるべきか。もしかしたら外でも戦闘が行われているかもしれない。

 今戦っているこの男が、外に兵を配置していないとは思えない。だが、すでにかなりの被害が出ているはず。今までに彼らは『終末の住人』とか言う怪物にだって襲われているんだ。

 外にいる敵の数はそこまで人数は多くない、と思いたい。イサキがミニス嬢を連れて、突破できるかは五分……だといいな。イサキ単独ならば、いくらでも好きに出来るんだろうけど。

 くそ、希望的観測しか出てこないや。

 まあ、僕は十分頑張っただろう。果たす義務は終えた気もする。

 元々ろくでもない人生で、兄たちと比べたって出来の悪いろくでなしだ。両親にだって頭がおかしいと見下され、物をぶつけられたり殴りつけられながら生きてきた。心を許し、全力で手助けした相手にだって捨てられた。

 別に死んでも構わないかもしれない、仲間や女の子のために死ぬんだから。

 いや、でも。

 それでも出来る事なら、最期に一目でいいから。

「――ジェシカに会いたい」

 僕は気が付くと口の中で、小さくつぶやいていた。途端に涙が滲みそうになる。

 しつこくて馬鹿な男だってわかってる、大半は思い込みなのかもしれない。それでもジェシカが好きなんだ。

 嫌われてたっていい、恋人になれなくても構わない。これからいつか幸せになる彼女が見たいんだ。

 ……どうせなら賭けてみようか。最後の最後まで。

 いくつか逃げ出す手順は思いついている。

 あの隊長格さえ倒せば、きっと僕は逃げられる。ここからの逃走劇にあの男がいる限り、僕は逃げ切れる未来を描けない。

 これは単なる勘だ。

 傭兵隊長であるアイツを潰さないと、僕はどうあがいても死ぬ。

 僕は壁を支えにして、ゆっくり立ち上がる。

 さあ、これが最期だ。霧が晴れる前に決着をつけるんだ。

 僕は霧の中でゆっくりと目を開ける、闇と霧。なにもこの目に映せるものはない。

 それでも僕は目を開けた。

 

 そして、後悔した。

 

 今、何も見えないはずなのに。

 間違いなく見えないはずなのに。

 視界の端で、何か黒いモノがちらついた気がした。


 そんな馬鹿な、なんで今なんだよ。どうして今お前が来る?

 空間が歪んでいるかのように目の前がグラグラする、目を開けているだけで眩暈がする。

 この感覚は間違いなく、『終末の住人』とかいうあの怪物が傍に来ているのだ。

 その方向は僕が逃げるための出入り口。完全に退路を潰されていることになる。

 いや、待て。元々、傭兵隊長を倒すつもりだったじゃないか。なんなら別の場所から脱出できないか考えればいいだけだ。

 奴が襲ってこないなら、それでいい。

 前のことを考えれば奴を見なければいいだけのはずだ、ただそれだけだ。

 余計なことは考えるな、今は胸の痛みに意識を持って行ってもいい。この痛みの借りを返しに行くんだ。

 計算しろ、どうすれば計算通りに失敗できる? 全くもって自身はないが、何とかやり遂げるしかない。

 精密な調整は出来ないが、『妖精の悪戯』で音の反響をなんとかずらして声を上げる。

「わかった、降伏しよう。 命だけは助けてくれ、ミニス嬢はここにはいないんだ。 もし彼女を探してるなら、代わりに居場所を教える」

 返答は十秒間の沈黙。

 彼らの間になにかやりとりがあったかは、聞き取ることが出来なかった。

「いいだろう、霧が晴れ次第ゆっくりと出てこい」

 油断が一切ない。

 ここまでやらかしたら、それは当然だろう。

 霧が晴れたら、敵は魔装具を使って応戦できる。爆裂と電撃の双方を扱い、攻撃距離でも有利になる。

 護身用の拳銃では、敵の戦闘服越しにはほとんどダメージを与えられないだろう。それでも顔面など覆われていない部分は別だ。

 僕の扱える魔術では、近接時以外になんの下準備もなしにダメージを与えられるものはほとんどない。『妖精の悪戯』の音で昏倒させるにも耳元に命中させる必要があるがそんな精度はないし、今の状態ではなおさらだ。

 だから僕は賭けに出る。

 すこしでも周囲の状態を把握するために集中する。五人の傭兵達は既に霧で覆われていないようだ、通路の途中までしか霧はない。

 なら、だからこそ使える手がある。

 僕は一気に通路を駆け抜けた、音を消し続けるなんて器用な真似はもう出来ない。霧の中を思い切り駆け抜けてやった。

「止まれ! 撃つぞ”」

 傭兵隊長が僕に静止を命ずる。ミニス嬢の居場所を探すためか、即射殺なんてことはなかった。

 油でできた霧に着火することを恐れて、爆裂はつかえないはず。

 なら来るのは電撃だ、電撃を放つ魔剣を使っていた人間は絞られる。

 静止を命じて間もなく、傭兵の一人が電撃を放つべく僕に魔剣を向ける。今しかなかった、霧を抜けて一歩を出た距離。

 まだここからの距離なら、可能性がある。

「今だっ!」

 魔剣に触媒つえを向け、その発動を阻害。

 だが、その阻害は不完全なものになる。未発動とまでにはならない、だからその電撃の魔術は不完全な形で発動した。

 ――暴発。

 その魔剣から放たれるはずの電撃は指向性を伴わない、魔剣が作り出した電撃はその場で放電。

 傭兵の一人が放った電撃が仲間ごと自らに襲いかかっている、対魔術武器を想定した戦闘服を着ていてもダメージは大きいはずだ。

 元より電撃魔術は扱いが難しい、射撃のように狙った場所に放電現象を行うなんてそう簡単にできない。

 より近くに電気が流れやすい金属や水分を持つものがあれば、そちらのほうに流れて行ってしまうはずだ。彼らのように武装した人間なんて格好の的だろう。

 では、どうやって不完全ながらでも、狙った場所へ飛ばすことが出来ているのか。それは目に見えない電撃を通すための媒体を飛ばしているからだ。

 この魔装具の電撃魔術は制御した電撃を発するだけではなかった。錬金術で生み出された媒体を飛ばして、目に見えない電気の通りやすい道を作る複合された魔術だ。

 今の僕が阻害できるのは発動される魔術のうちほんのわずかでしかない。だが、それも事前に特定の対象に絞り計算さえすれば有効に使える。しかし、本物の魔術師があの魔装具を使えばまず妨害できなかったろう。

 だが、敵は魔術を使うだけの知識を伴わないただのならず者でしかない。

 ならず者に魔装具を武器として与え、訓練を施し命令を遵守する人間になったとしても、それ以上の意味をなさない。

 世界有数の賢者たちが残した戦いの知恵。それを学んだ僕らからしてみれば、鉄器を学んだ猿と彼らはなんら変わらない。

 次に襲いかかってきたのは迅速に判断した傭兵隊長だった、彼が持つのも電撃の魔剣。だが、今の暴走を見て彼が魔術を使うわけがない。

 傭兵隊長は電撃を剣に纏わせることもなく、僕を切り捨てにかかるダメージを負い動きは鈍いながらも無駄のない動きだった。

 これも想定していた、もし傭兵隊長が僕に電撃を使用しなかった場合。真っ先に近接戦闘を仕掛けてくるのは、彼だろうと。

 その動きは一切無駄のない、最短距離を詰めるような動作、剣筋だろうと。

 今までの分析でここの構造は記憶していた。その記憶した空間にいくつかの動作パターンをすでにシミュレートしている、そのなかで一番類似性の高かったケースを採用。

 僕は不完全な空間把握にその採用した内容を補足として組み込む、迫りくる刃を受け止めるのは小さな回転式拳銃『護るディフェンサー』。

 受け流すようにして剣を弾く、高く響く金属音。火花が散った。

 計算通りだ。

 だが、刃はそこで切り返される。傭兵隊長にとって予想外だっただろうすべての動きは、戦いの経験によってすぐに対応される。

 切り返された刃が僕を襲い、拳銃をもつ腕を跳ね飛ばした。僕の右腕が宙を舞う。

 これで僕の身を守るものはない、刃を弾くことは出来ない。

 獣のように僕は吠えた。あらかじめ使おうと思っていた魔術『妖精の悪戯』を、自分にできる最大級の音量で発動させる。自分が巻き込まれるとか、制御できるかとか考えはしなかった。

 恐怖ゆえか、怒りゆえか、殴られたから殴りかす、そんな原始的な反応だったのかもしれない。

 全身を襲う衝撃、床にたたきつけられる。

 朦朧とする意識、僕の耳はもう聞こえない。

 まだ敵を倒しきれていないのに、どんどん意識が遠くなっていく。

 相撃ちになったのか? それとも傭兵隊長は無事なのか?

 ここから逃げ出すはずだったのに、これじゃどうしようもない。

 何も見えない、ただ近くに敵が近づいてくるだろう。そう思う。

 僕は目を開ける、でも何も見えない。

 いや、そこに見えるものはあった。

 三メイトルはあるだろうか、姿を湾曲させながら立つ巨大なナニカ。

 針金のように細い手足が体から伸びている、あまりに黒くスーツを着ているようにも見えた。

 目を開けていてもつぶっていても、なぜかそいつが見える。僕は目に焼き付けるようにして凝視してやった。

 その時僕の頭に浮かんだのは、実に狂気的な考えだったと言わざるを得ない。

 だけど、それは唯一の最善ともいうべき考えにその時は思えた。

 笑っているように見えた、頭の中になにかうごめくひき肉みたいなものが入ってくる気がする。

 見ているだけで、なにか別のものが流れ込んでくる。皮を剥いだ人間の姿は自然のままでとっても美しい、皮を剥がされることがとても気持ちのいいことだ。なぜこんな素晴らしいことに気付かなかったんだ?

 そうだ、みんなにも同じことをしてあげよう。大事な人にこの素晴らしさを教えてあげなくちゃ。

 花も飾ってあげよう、みんなで穴をあけてお祝いをするんだ。

 ……いや、なんだこれ。これは僕の考えじゃない。

 そんなくだらないものを僕の頭に流すな、わけのわからないもので僕を埋め尽くすな。

 ほら、今すぐ近づいて来い。

 僕のところに来るんだ。

 お前は昼間いきなり空間を移動していだろう、出来るはずだ。

 ソイツは手足を増やしながら、さらに空間を歪ませた。クネクネとまるで踊っているかのように激しく空間が次々と歪む。

 脳みそが焼け付きそうなくらい熱い、聞こえないはずなのに耳鳴りがする。

 いきなり、真っ白なものが目前に現れた。

 のっぺりとしていて、肉のようにも金属のようにも見えた。しわや傷ひとつない、奇妙なものだった。

 それが顔だと分かった瞬間に、なにかがいきなり僕の右目に刺さった。

 目も鼻も口も何もないはずの顔、だけど確かにソイツは笑っていた。

 そこから僕の記憶はない。

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