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雇われし兵を束ねる者

 魔術探知に関しては、五メイトルの範囲に限られたことではない。彼らが魔装具を使用している限り、その行動は筒抜けだ。

 視界の利かない闇の中で、情報量において圧倒できる。

 イサキは既に、思念塔の操作室へ向かう通路で傭兵を食い止めるべく戦っているようだ。傭兵たちによる爆裂や電撃の魔術の発動を次々に探知するも、魔装具や魔術を一切使っていないイサキの動きは全く読み取れない。

 状況を正確に把握できないが、イサキを圧倒していると見るべきか、数に勝る連中が攻めあぐねていると見るべきか。

 次々に魔術の発動が行われていることから察するに、すべての攻撃を先読みし回避でもしているのだろうか。一度でも直撃すれば、人間である以上生きてはいられないはず。

 ……まさかイサキは直撃しても生きているわけじゃないよな、さすがにそこは人間として死んどけよ。

 僕はそのまま伏兵として潜んでいた男たちをさらに三名ほど倒しながら歩いていく。恐らく、敵からの奇襲を避けるための兵力だったのだろう。

 また叫び声が聞こえる。

 この声は聞き覚えがあるな、傭兵を率いていた男か。

「なにをしている! 敵はたったひとりのはずだっ!」

 たしか電撃の魔剣を巧みに扱い、部下たちの構える盾の隙間から店内の客に攻撃を仕掛けていたはず。混乱する店内でいち早く、僕たちの逃走する動きに気づいた男でもある。

 魔術探知の反応から見るに、今回は自分自身も盾を装備しているようだ。正面から戦うのは厳しいな。

 どこか傭兵隊長の声に焦りを感じる。いったいどんな状況を想定して、僕らに襲いかかったのかは知る由もない。

 だが、彼らの想定を上回る事態が起こっているようではあった。

「回り込んだ連中はまだか?」

「本来ならもう敵の背後を突いているはずですが」

「……やられたな」

「は?」

「敵はどうやら一人ではないようだ、逆に奇襲を受ける可能性がある」

 物陰から様子を伺いながら、傭兵達の話声に耳を澄ます。爆発音で聞き取りにくいが、彼らもそれに負けないように声を荒げているため、かろうじて聞き取れる。

 人数は残り、七人か。昼間に遭遇した数より確実に減っている。

 暗視能力のある『蛇の目』は当然、全員が装備しているようだ。アレは夜行性の蛇の性質を真似た、熱を視界に映し出す魔装具だったように思う。動物の体温を見ることができたはずだ。

 暗闇で周囲の様子が見えていないはずのイサキが、彼らを食い止めれているのが異常だ。と思うが、考えないことにする。

 外にまだ敵がいるかは不明だが、今この建物にいる連中を僕が惹きつけられれば、イサキはミニス嬢を連れて脱出できる可能性が高まる。元々、おとりになるつもりでここまで来たんだ。

 外の敵に関しては、イサキが一番早く把握し対処できるだろう。前準備なしでの屋外戦闘に関しては、一気に僕の分が悪くなる。

 第一魔装具を使わず、いちいち触媒つえだけで魔術を構築する方法自体に大きな弱点がある。僕は足手まといになるだろう。

 さて、どうしたものかな……。

 彼らは小銃型である爆裂の魔装具を使っていた、その爆発で視界を遮れないことは明白だ。

 と、なると混乱させるには一択だな。成功するかどうかは、彼らがどんな教育を受けているかが鍵となる。

 彼らは警戒し、互いに死角を消し合いながら盾とバリケードで身を守り始める。

 それでもなお、半数はイサキへの攻撃をやめない。

 イサキがいつまで耐えしのげるかは、さすがに僕にも読めない。迷っている暇はないな。

 傭兵たちはこの施設の動力源自体を破壊したのだろうか、換気も回っていないようだ。これは非常にやりやすい。

 思念塔の機能にも支障が出ているかもしれないという問題もあるが、それを今は思考から除外する。

 僕はバックパックから小型のガスマスクを取り出し、手馴れた動作ではめる。こんなありふれた動作すら僕は何度も繰り返し練習してきた。

 有り合わせのものを使いさらに作業を効率化する、倉庫にある廃油の入った樽はすぐに見つかる。冷えた日のためのストーブの燃料だろう。

 これに染料を加える必要があるが、目が見えているわけではない。

 あくまで触媒つえを併用した力、空間を把握し掌握する能力で見分けるしかない。

 触媒つえを用い、精神を集中させる。この程度ならなんとか出来るはずだ、これは『防護プロテクト』の魔術よりも簡単なはず。

 まず液体である廃油を気化させる、これを空気と混合させる。それにより気化させた細かい廃油の粒が液化、濃い霧となって空気中に充満する。

 本来、単純な霧単体では光を遮ることは出来ても、熱感知を遮るには足りないため、敵の暗闇を見通す『蛇の目』を無効化できない。

 そこで混ぜ合わせた染料が、霧に色を付け『蛇の目』の熱感知すらも阻害する『油霧フォッグ・オイル』を創りだすことが出来る。

 完全に魔術の構成終えた僕は、触媒つえを樽に触れさせ、廃油を全力で『油霧フォッグ・オイル』と変えた。

 それらは建物内に充満し、すぐに傭兵達の視界を覆い尽くすことだろう。

 そのまま目を瞑り『妖精の悪戯』を発動、自らを無音空間で包む。

「なんだっ、これは霧か?! 迫って来るぞ」

 傭兵たちがざわついている。

 それを一喝する傭兵隊長。

「動揺するな、陣形を崩さずに警戒しろ。 どうせまた単なる目くらましだ」

 昼間にやられた発炎筒がかなり効いているらしい。

 思った以上に敵が慎重だ。魔術探知によれば、爆裂や電撃も放つのをやめたようだ。

 濃い霧の中での光や電撃の魔術は威力を減殺されるし、自身を傷つけることもある。これで電撃に関しては無効化したも同然だろう。

 そして、この状況はイサキが自由になったことを意味する。いくら奴でも、こんな濃い霧の中では動きが鈍るかもしれないが脱出するには好都合のはずだ。

 僕はこのまま彼らを惹きつけるべく、さらに戦いを挑む。 

 他者の魔装具を僕が使うことはできない。

 しかし、僕が支配領域フィールドとして構築できる五メイトルの範囲でならその発動を阻害できる。 

 残念ながら既に放たれてしまった魔術に対しては、無効化することは出来ないもののこれは大きな要素だ。

 さらに僕は『妖精の悪戯』を使い、でたらめな方向から声を流し彼らに通告する。

「この霧は油を利用している、下手に爆裂魔術を使えば引火し大爆発を起こすだろうね」

 これは半ばはったりだ。

 廃油の精製過程で蒸留時に扱いを間違い、爆発事故を起こした事例を確かに知っている。それは嘘ではない。

 だが、この霧は厳密に言えば液体の状態だ。確かに危険はあるものの、全員を巻き込む爆発事故を起こすことを確信出来ない。

 霧にもムラがあるし、部屋を満たしていても長時間持たないだろう。

 傭兵隊長は周囲に向かい、僕に語りかける。

「ふん、嘘だな。 それが事実なら貴様が守ろうとしているミニスも爆発に巻き込むことになる」

「それがどうしたっ!」

 即座に僕は返答した。

「そんなもの知ったことか! お前たち余所者は店の連中の仇だ、これ以上やるなら諸共消飛ばしてやる!」

「貴様、正気か? そんなことをすれば己自身ただでは済まんぞ」

「覚悟の上だ。 それがこの街の流儀だからなっ!」

 頭がおかしいと思わせたら勝ちだ。

 命なんて最初から勘定に入れていない、そう思わせろ。

 とうとう彼らを霧が呑み込む、傭兵たちは身をわずかにすくませた。

「店内から無様に逃げ出したのは貴様だろう、そんな度胸があるのか?」

「お前たちに攻撃を仕掛けたのは、全員が僕の仲間だ」

「……なんだと?」

「今やこの街はお前たちに牙を剥くと思え。 僕もその一人になってやる!」

 魔術で声の反響を操作し、でたらめなことを叫び続ける。

 さあ、こいつらが体験しただろう異常な出来事をすべて味方に付けろ。ありえぬはずのことが起きうると信じ込ませろ。

 傭兵隊長は小さくつぶやく。

「ここに住んでいる人間は全員いかれているのか?」

 舌打ちが鳴り響いた。

「……全員、銃器や魔術の使用を禁ずる。 白兵戦で迎え撃て」

 銃器も爆発の恐れありと分析したのか、そう部下に通達する。

 小銃型の爆裂の魔装具を持つ者は、それを投げ捨てサーベルを引き抜いた。

「投降しろ、命だけは助けてやる」

「さっきお前の部下も同じことを言ったな、出て行こうとした人間がすぐ殺されたぞ」

「それは部下が勝手にやっただけだ、俺はそんなことはせん」

「信用できる証拠でもあるのか?」

 音の反響から僕の位置を探ろうとしているのか、視界がふさがれているにもかかわらず周囲を見渡すかように顔を動かす傭兵隊長。

 攻撃のタイミングをうかがっているんだろうが、残念だ。

 最初から話しかけたのは、お前の気をそちらに向けるためだ。僕はもう射程距離にお前たちをとらえている。

 支配領域である五メイトルの範囲内に敵の半数を捉えた。

 音を一気にすべて遮断。

 敵の隊長をまっさきに狙いたく思うが、部下たちがその前に立ちはだかり射線を塞ぐ。彼を狙うには、まず二人の盾を構える男達を排除する必要があった。

 触媒つえを傭兵たちの耳元に向けていき、『妖精の悪戯』で悶絶するほどの大音量を次々に叩きつける。

 二人の男が泡を吹きながら倒れていく、白目でも剥いているかもしれない。そのまま隊長を狙うも、異変にいち早く対処していた。

 盾を眼前に構え防ぐ。受ける攻撃がわかっている訳ではないだろうに、とんでもない反応だ。

 敵を連続で攻撃したため、無音空間を形成しそこなう。男たちの倒れる音が響いた。

 その瞬間だった。

「なるほど、その方向かっ!」 

 一足飛びで接近してきた傭兵隊長が、僕を魔剣で斬りつける。

 魔術師としての支配領域フィールドによって、その動きを寸前で察知出来た。それでも無傷とはいかず、左肩から胸まで浅からぬ傷をつけられてしまう。

 無音空間をとっさに形成し、再び物陰に転がるようにして隠れる。じわじわと痛みがにじむようにして神経を苛み始め、それが突如激痛へと変わった。

 必死に叫び声を噛みしめるように押し殺し、悶える。精神を集中させることなどできない、無音空間の形成も出来なくなる。

 なぜ、ばれたんだ? 僕自身は物音を立てていないだろう!

 触媒つえを使用した魔術の最大の欠点、それは術者が集中できなくなれば使用できないという点だ。

 痛みや恐怖、疲労と言う人間に存在するありとあらゆる揺らぎが使用を妨げる。感情を鎮める訓練を積んできたものの、痛みと目前に迫る死に耐えきれない。

「あまり俺を舐めるなよ、魔術師」

 暗闇の中で傭兵隊長が静かに告げる。

 それは重々しく、復讐や嫉妬。さまざまな感情が渦巻くものだった。

「貴様が魔術と言う才能に溺れている間に、俺達は戦場を生き抜いてきた。 持って生まれた才能や立場で、持たざる者をなぶるのはさぞ面白かろう」

 それは部下を倒されたことを指すものか、自分たちの苦労をあざ笑う魔術と言う存在への憎悪なのか。

 僕と言う人間には計り知れないありとあらゆる感情が僕に向けられていた。

「命を賭けた人間の執念を思い知れ」

 ある一面では、彼こそがある種の正義を体現しているのかもしれないとすらその言葉には重みがあった。

 僕は裁かれる人間としての恐怖に震えていた。

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