戦う探偵
命の危険が迫ることを意識したとたん、喉の渇きがひどくなる。
「いったいどこから侵入を?」
「我は表門を閉めた上で建物に入っている、警備の者が気付く可能性を減らすためにな。 と、なればもう一箇所しかあるまい」
「もう一箇所? ……裏門か」
しかし、裏門はゼブレス社の警備本部から遠隔操作で開けるものじゃなかったか?
「本部にバレていれば、ここにいる警備員の動きも怪しくなると思うけど」
気配で自分たちの動きを察する人間を前提にして、警備なんてしないだろうに。
そんな馬鹿げた存在がイサキ以外にごろごろしているとはあまり思いたくない。
ミニス嬢は何を考えているのか、機材を一点に見つめるだけだ。ずっと泣き出したり、取り乱しているところを見た覚えがない。
出会った時から、ずっとだ。まさか死ぬ覚悟が出来ているというわけじゃないだろうに。
イサキは刀を肩にかけながら、自らの顎を撫でる。
「警備本部に通じている者が、現場の警備員には内密に動いている。 そう考えれば妥当であろうな」
「建物に監視機構はなかったよ、少なくとも魔術を使ったものはね」
「で、あるならばどうやって相手は気づいたのだ?」
誰が来たのか、も判断するための要素になるけど、この場合は傭兵部隊が来たと考えるのが妥当だろうか。
正規の警備部隊なら、現場の警備員に何も伝えないはずがない。ましてや監視機構がないなら、来たのが僕たちだとわからないはず。
警備部隊を急行させる前に、現地の人間に異常を確認させるのではないだろうか?
「そろそろ侵入してくるぞ」
「え?」
窓ガラスが割れる音、どこかで爆発音がした。
部屋の中の明かりがちらついて、消える。
「今、警備員が殺されたな」
真っ暗な闇の中で、イサキがなんでもないことのように呟いた。
また人が死んだ。
ミニス嬢はどんな表情をしているだろうか。
「イサキはミニス嬢の護衛を頼む、隙を見て彼女を連れ出せ」
「……承知した」
イサキは何の疑問を挟まずに、了承する。
ミニス嬢を抱えて柵を跳躍するのは難しいだろうけど、見て包囲網を突破することはできるはずだ。
「そこの女子、部屋の隅にいけ。 物陰にでも隠れていろ、流れ弾で死なれても困る」
イサキは僕の決意を知ってか知らずか、相変わらずつまらなそうに言った。
可能なら、自分で戦いに赴きたいのだろう。しかし、僕よりイサキの方が能力的に護衛として優秀なのだ。
「え、そんな……。 ヴァンさまはどうなさるのですか?」
僕は触媒と拳銃をそれぞれの手に握り締める。
本来なら、六発の弾丸が装填される回転式拳銃。その装弾数を五発に減少させ、携帯性を向上させた小さな護身用銃。
その名を『護る者』と言う、作成者の願いが名前に込められた武器。
「僕は」
ここからミニス嬢を連れて逃げ出すのは、僕には難しいだろう。
「ちょっと連中に灸を据えてくるよ」
だが、それ以上に僕は腹が立っていた。
目の前でここまで好き勝手にされて暴れ回られ、生活を引っ掻き回され、何の罪のない人が死んだり警察局に連れて行かれたりしている。
僕は確かに、争いの仲裁に入る調停人として働けたことはまともにないかもしれない。でも、こんな争いを少しでも無くすために調停人はいるんだ。
それなのに先人たちが築いてきた法をないがしろにしている人々がいる。法は確かに完璧じゃないかもしれない、人間が作ったものなんだから。不完全な人間たちが人々を傷つける争いを減らすために、無い知恵を絞って出来た不完全なルール。
僕は決してそれらを遵守できてるワケじゃない。それでもなけなしのプライドが僕に言うんだ、『そんな理不尽を許していいのか?』と。
だから、僕は戦うよ。居酒屋の『マドモド』で戦った人たちのように。
望まずに来たのだとしても、ここは僕の住む街なんだから。
どうせまともに働けないような人間なんだ、まともじゃない方法で護ってやる。
*
物影に潜む。
数は三人。
武装は『蛇の目』をゴーグルとして掛けている、あれは暗闇でも近距離であれば視界が確保できたはず。
魔術師はいないようだ。
武器は、魔装具の銃と魔剣。どちらも特定の魔術の触媒としてしか使用できないものだ。
着ている防具は『防護』を発揮できるようだ。これは小規模なものならば、僕も使える。おそらく僕の拳銃の弾丸はまともには通らないだろう。
……間違いない、昼間に遭遇した傭兵集団だ。
「早く出てこいよ! 今出てくるなら、命だけでも助けてやる」
そんな気はないだろうに、叫ぶ男たち。行く先は思念塔の操作室。
なるほど、僕たちが操作室にいたことをわかっているわけだ。
僕は魔術を発動させる。
拳銃ほどの射程、僕の技量の問題で精度はそれほどでもないが、愛用の魔術『妖精の悪戯』。
物陰から撃ちだし、それは男たちの背後の壁に直撃。音が鳴る。
「命だけでも助けてくれ、僕はここだ」
それはそんな言葉。
僕の音声が、男たちの背後から突然鳴り響いた。
男たちはためらうことなく、武器を向け引き金を引く。
二つの爆炎と、一条の光が壁にぶち当たり爆発する。そのまま煙があたりに立ち込め、彼ら自身の視界を塞ぐ。
結局、こいつらミニス嬢も殺す気なのだろうか。それとも馬鹿なだけなのか。
「殺ったのか?」
「さあな、まともに死体なんざ残らねえだろうが……」
僕はその背後から近づく。
完全な無音、『妖精の悪戯』は自らが放つ音を操作する魔術だ。
音量を上下させ、飛ばして別の場所で鳴らし、時に無音の空間を作る。
僕が作れる無音空間の範囲。それは五メイトルだ。僕がなんの魔術も使わずに、完全に距離や長さを図ることの出来る範囲。
背後から近づいた僕は、その五メイトルの範囲にいる彼らの魔術を全て干渉し無効化する。
無音ゆえに何を言っているかわからないが、動揺し彼らは周囲を見渡している。ゴーグルの『蛇の目』の魔術も無効化されたためだ。
視界が一気に闇に閉ざされているのだろう、デタラメに一人が剣を振り回し、仲間の身体を傷つけた。
傷つけられた男が銃を向けて引き金を引くも、全く魔術は発動しない。
僕は無感動にその醜態を認識しながら、銃を向けた。
もちろん銃声はしない。
僕は床に伏す男たちをそのままに歩き出す。
魔装具は個人認証が備えられ、本人以外には扱えないため放置だ。敵に武装を奪われるのは、最も想定されるべき事態だ。
空気の振動を感じ取りながら、僕は新たに侵入者を探す。屋外よりも、遥かに微細に感じ取れる。建物の通路はそこまで広くない。
完璧に把握できる空間と、魔術を十全に行使出来る空間が直結するわけではない。
魔術師は自らの支配領域において力を発揮する。
魔術は限定された密閉空間ほど、その効力を発揮する。概念的には最も発揮されるのは自らの想像だとされる。自らの想像ほどに、自分が自由にでき、限定された密閉空間はほかにない。
誰にも見ることができず、自分以外干渉することができない場所ほどその効力は高まる。その精度をさらに高めるのが、空間把握なのだ。
僕は長年の訓練により、なんの魔術を使わなくても五メイトル範囲のものならば、大きさや地面や壁からの位置をほぼ正確に測定できる。これはなんら珍しい能力ではない。
単独行動している男を見つける、逃げ場を塞ぐための伏兵だろうか。
僕はそいつの耳元に、『妖精の悪戯』を飛ばし叩き込む。
気絶したのだろう、男は頭を守ることもなく倒れこむ。今の倒れ方だとひどい怪我をしたかもしれない。
人間は爆発に等しい音量を、耳に直接叩き込まれることにはとうてい耐え切れない。如何に強力な武装も、人間の構造を凌駕するものにはなりえない。
傭兵集団である彼らは、魔術師と戦ったことがないのだろうか? あっても幸運にもその恐ろしさを知らなかったのだろうか?
……あるいは、僕が魔術師だと知らなかったのかもしれない。
彼らは絶対に攻撃を受けるより早く、僕を発見することは出来ない。
魔術師は魔術を探知するための感覚がとても、鍛えられている。それは目で見たり、音や臭いを感じるようなものだ。より大きいもの、近いものに誤魔化されることは多々あるが、第六の感覚に等しい存在である。
彼らの使う魔道具は格好の目標となる。灯りの動力源を彼らが落としてしまったことが、建物内の発動される魔術を限定させてしまったのだ。
この戦いで僕が不意を討たれることはまず、ありえない。
僕は次の標的を探すために歩き出す。
彼らの間違いは、魔術師に魔術を使った戦闘を挑んだことだ。




