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戦う探偵はいつも不幸  作者: 裃 左右


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13/21

喜ぶ狂人は不吉の証

 イサキは刀の柄に軽く、手の平を乗せる。目に映るのは思念塔だ。

「して、ここからどうする?」

 ミニス嬢はその形の良い顎に手を添え、情報をまとめる。

「警備の人間は3名常在しております、夜にはほかの職員もおりません」

「わりと不用心だね」

「建物には施錠されておりますし、柵を越えるにしても上の部分に電撃が仕掛けられた茨を絡めてあります。 触れれば、即死の危険すらある高い殺傷能力の罠です。  建物や柵も簡単に破壊できるようにはできておりませんし、警備の人間は本部に定期連絡をしております。 なにか異常があれば即座に部隊を派遣することが出来ますわ」

「それだと警備の人間に下手に手を出すわけにもいかない、よね」

 そうなると、家族からの返答が来るまで接続し続けるのは難しい気もする。

 返答が来ないまま、立ち去ることになるかな。

「問題はどうやって入るかですわ」

「この門は内側から開きそうだね、建物自体の鍵はあるの?」

 ミニス嬢は、肩から下げた鞄を担ぎなおしながら答える。もちろん中身はあの重そうな思念機だ。

「さすがに思念塔の鍵は持っておりませんわ、内側から開くと言っても門はとても頑丈です。 門や柵はわが社の警備部門が使用する爆裂の魔術装備でも破壊できません。 それ以外だと裏口しかありませんが、それは本部からの思念通信での遠隔操作で開けるしか……」

 僕はイサキに目配せする。

 イサキは頷くと、七メイトルはある高さの柵を見上げ、一気に駆けあがった。垂直の何もとっかかりのない柵を蹴り上げながら昇り、半ばを超えたあたりで近くにある街灯へ飛び移り、蹴ったその反動を使って宙を舞うようにして街灯から柵を越える。

 出来るとは思ったけど、改めてみると人間業じゃねえな。曲芸師か、アイツは。

 ミニス嬢が絶句したまま、なにも言葉を発せずにいる。

「イサキはあれで怪物狩りを生業にするハンターだからね」

「……まさかイサキさまは魔術による人体改造を行っているのですか?」

「そんな知識は彼にないよ、純粋な身体能力と技量。 特異体質のせいなのもあるかもしれないけどね」

 ヤマ国の住人は、竜や鬼と言った人外の末裔が多いと聞く。神としてあがめられた超越者たちは人に災厄や富をもたらすだけでなく、時に交わり子をなしたというのだ。

 そのせいか、イサキは瘴気の濃い日にも平然と出歩く。むしろ、体の調子が良くなるような素振りすら見せることがあるが、あの天候で活発になるなどモンスターくらいのものだ。

 霧のように立ち込める瘴気は時に特定種のモンスターを生み出し、人間にとっては有害なのである。

 イサキがどこまで人間なのか、僕にはよくわからない。本人も遠い先祖の血の交わりなど知りもしないだろう。 

「わたくし、当社の警備体制に問題があるような気がしてきました」

 あえて何も言わないことにする。

 内側からなるべく音をたてないように、ゆっくりと門のかんぬきを上げるイサキ。ギギギギと小さく抵抗する音がする。

 密かに、門のそばに目線を動かすと視界に入るレバー。きっとそのカラクリにより、かんぬきは上げ下げするものであって、人間一人の力で上げるものじゃない。と、思うがあえて何も言わない。

「これで問題なかろう」

「いえ、まだ建物の鍵がありますわ」

「ならば斬るか?」

 さっきから一目瞭然な侵入の痕跡を残そうとするのをやめろ。

 僕は二人の言葉を無視して、建物の扉の前に立ち触媒つえを取り出す。即座に周囲五メイトル以内の範囲をすべて把握、異常はなにもない。

 また、魔術罠や監視機構も存在しないようだ。

 ドアノブを触媒つえで軽くたたき、鍵の構造を読み取る。なるほど、構造自体も珍しいものではない、僕が知っている範囲のものだ。

 僕は触媒つえを鍵穴に近づける。密閉された鍵穴と言う限定空間を把握し、支配。魔術は他者に支配されない、限定された狭い空間であればあるほどにその効果を発揮できる。シリンダーを切り替える適当な位置を分析し、その位置にずらして固定。さらに固定を行ったまま、ほかのシリンダーを分析する。それを繰り返し、すべてを行うのに一分もかからない。

 カチャリと癖になる音を出して、扉は開錠される。

 問題が魔術の痕跡を分析されることで個人を特定される恐れがあることだ。なるべく証拠を残さないように気を付けてはいるが完璧には出来ない、警察局の分析官なら痕跡を見付けることが出来るだろう。

 ちなみに魔術を使った犯罪は、通常の犯罪より重く、竜の学院と併設される警察局本部が積極的に捜査を行う事案となっている。

 可能な限り、今回の事案を警察局に発覚させないことで乗り切るしかない。

「さあ、行くよ」

 ここからは臨戦態勢だ。

 イサキもすぐに僕と視界を分担できるように、立つ。僕の魔術では扉の向こう側を把握することは出来ない。

 だが、気配を察知する能力にたけるイサキがいれば何の問題もない。

 僕らは迅速に、入口の鍵を掛けなおしてから、ミニス嬢の案内を受け思念塔の操作盤を目指した。

 ミニス嬢は僕らの雰囲気の変わりように、驚いていたようだがすぐ真剣な表情をして案内を始める。

 途中、警備員と鉢合わせしそうになったが、何の問題もなくたどり着くことが出来た。

 すぐさまミニス嬢は操作盤まで駆け寄り、鞄から思念機を取りだす。僕らはその作業を視界に入れながら、周囲を警戒した。

 今ならわずかな物音でも、空気の振動ですぐに察知できる。

 しかし、僕は警戒の邪魔になるのを知りながら、イサキに聞かずにはいられなかった。

「イサキはさっきのミニス嬢の言葉、どう思う?」

「さっきの言葉?」

「ミニス嬢の研究に対する考え方だよ、なにか違和感はなかった?」

「我にとって重要なのは、いつ刀を振るう機会が訪れるかだ。 他者の思惑などどうでもよい」

 ダメだこりゃ、会話にならん。

 しかし、イサキは何を思ったのか、そこからさらに言葉をつづけた。

「強いて言うなら、我は世のために刃を振るうわけではない。 お前は世のために今ここにいるのか?」

「いや、そういうわけではないけど」

 世の中のために勉強していた面もあるし、今も学んだことを良い方向へ生かしたいのはある。

 でも、僕が今していることは全然違う。

「他者に正しさを求めるな。 所詮、『正しさ』とは単なる言葉にすぎぬ。 言葉に意味を求めるな、自らを表現するのに言葉はいらぬ」

 イサキの言葉はどこまでも力強く、迷いがない。

 彼にとって『正しい』と言うことは、必要のない概念なのだろう。

「自らを表現するには、生き様と死に様を持ちいればいいだけのことだ」

「なら、イサキは何のために生きるのさ」

「哲学遊びに我を巻き込むな、くだらん。 少なくとも、お前の戯言に付き合うためではない」

 興味なさそうにイサキはそう僕に吐き捨てた。

 これ以上話しかけると刀を抜かれそうな気がしたので、話しかけるのをやめる。そのまま無言のまま待機。静寂の中にミニス嬢の作業音だけが響く。 

 どれだけの時間が経っただろうか、ミニス嬢が汗をぬぐうようにして僕らに声をかけてきた。

「念のため繰り返し思念波を送るよう設定しました、調整先も問題ないかと思います」

「いつ撤収出来る?」

「……確認を含め10分ほど待って頂ければ」

 長いな、思っていたよりも。

「警備員が来たらどうする?」

 イサキが僕に尋ねる。

「隠れるか、もし発見された場合は拘束するなりなんなりして、無力化しよう」

「警備部隊が来てバレるのは問題なのではなかったか?」

「積極的に通報されなければ、定期連絡の時間までは問題ないように思う。 それに、ここの警備は思っていたよりも緩い」

「確かに今の時間までにここに警備が来ていないな」

 門を突破するのにも気づかないしね。

 もしかしたら、普段から異常がないから形ばかりの警備になっているのかもしれない。

 確かに企業の思念塔に利用方法を見出すのは、専門的知識を持ち、それを利用できる組織力のある人間ではないだろうか?

 それも企業を敵に回すことを理解した上で、そのリスクを跳ね除けられる立場。

 思念塔自体、この街に複数あるしこの場所単体での価値は薄いのかもしれない。

 イサキは目をギラつかせながら、歯をむき出しにして嗤う。

「どうした?」

「警備の人間は異常に気づいた気配は未だにない、それは間違いない」

 なんだ嫌な予感がする。

「そこの女子、その思念機とやらの使用は発覚していないのだな?」

「はい、ここで使用しているのはわたくし専用の回線です。 これは社内の重役すら知らないものですわ」

「その回線とやらは我には理解できぬがな」

 イサキは刀をゆっくりと引き抜きながら言った。

「なれば、この建物を囲む殺気はなんだ?」

 僕は震えそうになるのを我慢して、触媒つえを握り直した。

 護身用の銃はまったく頼りになりそうにない。

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