城は地面に生えてこそ城である。
学童保育所からの帰り道。
いつもの弁当屋で十種類程度しかないメニューを吟味する女児二人。
一人は太陽の色をした金髪、もう一人は闇の色をした黒髪。その取り合わせが目を引くのか、仕事帰りらしい他の客がちらちらとこちらの様子を伺う。
そんな視線などまったく気にすることなく、二人はショーケースの中に無造作に並べられたサンプルを指差し、あれこれと議論を戦わせる。
弁当は牛焼肉が二種類、豚はとんかつ、しょうが焼き、鳥はから揚げと照り焼き、あとはビーフカレーの甘口、辛口。おこさまカレーというのは甘口の別名である。
とりあえず肉しかない。なにしろ田舎にある精肉店併設の弁当屋だもの。近所の魚屋とは何か因縁めいたものがあるらしく、弁当メニューにありがちな白身魚のフライはこの店に存在しない。
余談ではあるが、ど田舎ゆえに街の中ほどまで行かないとコンビニが生えておらず、夜8時くらいまでは開いている精肉店が仕事帰りのサラリーマンにとって必然的に最後の砦となるのだ。
さらに余談ではあるがオードブルを頼むと、揚げ物で彩られた茶色い岩山のような盛り合わせが出てくる。酒飲みの、酒飲みによる、酒飲みのための…。
酒屋と何かの協定を結んでいるらしく、大きいオードブルを頼むと350mlの発泡酒が1本ついてくる。
「今日はおにくにしようかなー」
金髪のお嬢様が珍しく肉に興味を。この場合は牛である。
「主さま、これを!この一番高いのを!」
黒髪の混沌姫がその隣にある一回り大きな弁当を指差す。
「まぁ、高いといっても300円しか違わないけどな!」
こちらは牛焼肉の大盛である。ご飯の上に積層された焼肉の厚みが1.5倍になり、食べごたえが増すのだ。ちなみにご飯には麦が入っていて、ばさばさのそれがしみこんだ焼肉タレの甘さを中和するように工夫されている。このあたりも真央は気に入っているようだ。
続いて芋サラダなどのサイドメニューを選ぶ二人、やはり数種類(ry
「あ、そういえば…例の人たちはお肉大丈夫なんだろうか」
宗教的な縛りがあったり、はたまた菜食主義者だったらどうしようということで、お子様たちがお弁当を吟味している間に店の外に出て、金髪さんに電話をしてみる。
「もしもし、俺だけど…金髪さん?」
「え、はい?どうしました?」
「先ほど連れ帰った新しいメンバーにもお弁当を買って帰るつもりなんだけど、お肉食べられるか聞いてもらえる?」
「お、おにくですか?」
「あと、牛とか豚とか…で通じるかな。何か縛りがないかとか」
スマートフォンのスピーカーからぼそぼそと話し声が聞こえる。
「だ、だいじょうぶみたいです!」
ちなみに女児を保護した例の戦争が勃発していた世界について、天界の上層部が再調査を決定。
俺たちは一時立ち入りを見合わせるように言われた。あの世界について虚偽の報告をした人がいるらしく、預かった女児についてもこちらでしばらく面倒を見るようにとのことらしい。
真央のいた世界から連れ帰ったおしっこ勇者と元々高貴な身分だったらしい奴隷(従属開放済み)の女性も一時預かりである。
会計を済ませたら五千円札がピキューンと飛んでいった。一気に人が増えたから仕方ない。
「領収書は「株)テンカイソウギョウ」でお願いします」
必要経費だ。たぶん。ちなみにこの前作ってもらったテンカイの名刺には「フォースマネジメントカンパニー」と書かれていた。何の力だって突っ込みたい。
「あんた、勤め人だったのかい?あたしゃてっきりコレで稼いでるのかと」
肉屋のおばちゃんは俺を遊び人だと思っている節があり、名刺を見せたらものすごく驚いていた。
コレというのはたぶん電気的に鉄球を打ち出して穴に突っ込む確率的に割の合わない遊戯のことだろう。
なんか右手をワキワキさせてたし。
「お嬢様方、さぁ、帰るよ!」
「「はーい!」」
俺が会計を済ませている間、女児二人は店の外にある自販機でジュースを買っていたようだ。
エコバックの中にはドクーペとか黄色い缶の珈琲最大とか…誰が飲むの?
「ぬ、主どの、うんてんはゆっくりで頼む」
公道走っているときとお嬢様が乗っているときは超安全運転ですよ?
俺たちを乗せた推定400馬力の「バンビちゃん」が一吼えし、すっかり日の落ちた山道へと吸い込まれていく。
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カーステから流れるアニメの主題歌を三人で歌いつつ、数曲流れたころに家に到着。
「ただい…ま」
客人の増えた客間は女子密度が上昇。一部を除いてムンムンとした色気が。
俺の所有する各種アニメTeeを着用した金髪さん、おしっこ勇者、そして高貴な女性がムンムンの元である。
高貴な女性をお風呂に案内した際、例の暴れん坊シャワーが暴走。結局みんなでお風呂に入ったようだ。そりゃムンムンなわけだ。
ちなみに例の戦争が勃発した世界で保護した女児からは湯上りの「ほこほこ」した成分は検出されたが、ムンムン成分は出ていない。
真央とお嬢様は食後に入浴するようだ。俺も一緒にといわれたが、さてどうしたものか。
高貴な女性はテレビのリモコンを握り締め、なにかの歌番組を食い入るように見つめている。
金髪さんとおしっこ勇者は俺の部屋から持ってきた積みラノベを読みふけり、女児は金髪さんのひざに納まり山脈を堪能しているようだ。
「ああ、それ今話題のなんとかってグループですよ」
「ひゃっ?」
俺が声をかけると彼女はパッとチャンネルを変え、何故か囲碁の番組を見始めた。
しかし不思議だ。
金髪さんはどうでもいいが、彼女たちには言葉は普通に通じるし、しかも俺の世界の文字が読め、内容も理解している。
これも「神器」の力なのだろうか…。
買ってきたお弁当と飲み物をテーブルに並べ、足りない分は小さめのオードブルをつついてもらうことに。
「「「いただきます」」」
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食べながらお互いに自己紹介をする流れとなった。
「そういえば、お名前を伺っていなかったような」
金髪さんが俺を見てぽそりと。
「え?いまさらですか?この前名刺作ったときに名前書いたと思うんですが」
金髪さんは右から左に書類を流しただけで、一切確認していなかったようだ。
あれだけ記入漏れが無いか見てほしいとお願いしたのに!
ちなみに金髪さんの本名は諸事情により伏せられている。
「女神と契りを交わしたものにだけ真名…」
俺は無言で立ち上がると換気扇をフルパワーで起動し、金髪さんのフェロモン攻撃をかわした!
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真央の世界で拾ってきた元奴隷の女性は、かなり高貴な身分の方でした。
ミラスティール王国第一王女。ミラ・ツハイダ。
真央やおしっこ勇者の住む国からすこし離れた場所にある小さな国の姫様のようだ。
オーガニックな何かを貯蔵した穴に蹴り落とされた例のじいさん…強大な権力を持つ教皇が国を乗っ取り、王族を意のままに操っていたという驚愕の事実を聞かされた。
「あのくそじじいは生かしておくわけにはまいりません!」
フォークを握り締め、焼肉の汁と揚げ物にかけたソースまみれのお口で語られてもあまり迫力がありませんが。おしっこ勇者よりちょっと年上らしい。
奴隷におとされてからはロクな物を食べていなかったらしく、庶民の味である焼肉弁当をもしゃもしゃと食べつくした。
そして、例の混沌を振りまく予定だった戦争中の世界からつれてきた女児。
ライラと名乗った彼女は孤児であり、本来であれば里親の下に返すべきなのだが…。
「女神さまといっしょにいられるのなら!」
と、金髪さんの無駄に巨大な山脈に顔を埋めてふがふがしている。おばあちゃんシスターは平らに近かったらしく…。
まぁ、母性の塊みたいなものだよね。一応女神だし。
それはいいとして急に人が増えたため、布団の数が足りない。
この前天日干ししたばかりのシュラフも動員して客間に布団を敷き詰め、お子様たちには俺のベッドを使ってもらうことにして。
「じゃ、ちょっと出かけてくる」
「んにゅーーー。主さま、どこへ?」
風呂に入るべく支度をしていた真央が俺に尋ねる。この前衣料品店で買った女児向けアニメのイラスト入りアンダーシャツがひっかかって脱げないようなのでそれとなく手伝う。引っかかっているのはツインテールの部分であり、平地の部分ではない。
「戦艦に忘れ物したから取ってくる」
「そうか…遅くならないようにな」
これでお風呂イベントは回避した。見た目は女児だが齢数百歳のレディと混浴というのはちょっと恥ずかしい。
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「委員長、どう?」
「よいところに来た所有者。たった今解析が終わったところだ」
戦艦の和室で委員長AIと作戦を詰める。
和室のモニタには真央の世界から引っ張ってきた城と、どこかの土地をスキャンした断面図が映し出されている。
「ここの地下はおもしろい構造をしている。混沌城のあった場所と似たような感じだ」
「それって?」
「うむ。真央殿が「魔力」と呼ぶ特殊なエネルギー波と同等の物を検出した。これなら補助リアクター無しでも城の機能を維持できるかもしれない」
「おお!」
まぁリアクターの一つや二つ、「神器」の力でどうにでもなるのだが、レトロな城の隣に近代的な発電所が建っていたら割と興ざめな気がするので。
「転送のためのエネルギーは既に充填済みだ。余剰の土砂については予定通り農業プラントに一時詰め込む」
俺の目の前にボタンのついた二十センチ四方の箱が現れる。
「それじゃ、転送開始!」
ブゥンという音が響き、艦内の電圧が一瞬低下してモニタがブラックアウト。ほんの一秒ほどで復帰したモニタには先ほどまで映っていた城の姿は無い。
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朝。
結局深夜まで戦艦内の作業を手伝い、AI達と戯れ、くたくたになって帰ってきて居間のソファで寝ていたのだが…いつの間にか真央が懐にもぐりこんでいた。
「真央、おきてる?」
「主どの、遅いから心配したぞ。わすれものとやらはどうしたのだ?」
「ん、ああ、ちゃんとみつかったよ。それなんだけど…ちょっと見せたいものがあるんだが」
むにゃむにゃと目をこする真央を抱っこして家の外に出る。
「どうしたのだ…まだ日も出ていないというのに」
「あれなーんだ?」
ちょうど朝日が昇り始め、オレンジ色の光が当たった先に聳え立つのは。