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元勇者の魔術師 人助け放浪記  作者: 玉蘭 色彩
本編
7/8

五話「ラミアの里」

ラミア娘登場の巻


 この世ならざる風景というものがある。


 イルの記憶では魔王の居城はこの世のものとは思えぬ壮絶な風景であったが、眼前に広がる風景もまたこの世のものとは思えなかった。

 大地に裂け目が入っていた。天に坐する月が周期的に垣間見せる三日月状に。

 三日月はごくごくありきたりな草原のど真ん中にあった。あまりに不自然なのだ。まるで神が大地に切れ目よ走れと命じたが如く。

 三日月の弦部分は転落防止用の柵がきっちり並んでおり、ところどころからは対岸へ渡る吊り橋がかかっていた。裂け目の壁面にへばりつくように木製の塔が数本並び、その根本では縦に長い民家が並んでいた。塔の先端には旗がはためいていた。

 イルが旗に鎮座するぐるり一周自分の尾を噛む蛇のモチーフを見て呟いた。


 「ウルボノシア教のしるしだ」


 ウルボノシア教。

 無限を意味する蛇の神を信仰する宗教である。

 生まれ変わりや転生などの概念を持つ。特徴的なのは信者の大多数が人間ではないことである。

 すなわち人型に準じる種族が信仰していることで知られる。


 「私の宗教では蛇は倒すべき敵なわけでな。逆に彼奴らの宗教ではカラス一族は悪魔の遣いなのだ」

 「そうだな」

 「姿を変えておかなくては、要らぬ軋轢を生む。おい、あるじ様。影を作れ」

 「あるじ様に命令かよ。いいけどさ」


 特に感慨も無くラトリアがいい、命令した。イルが疲れた顔で頷いた。

 カラス族にも独特な宗教があり、ウルボノシア教とは敵対的な関係にある。

 熱心な宗教家ではないラトリアではあるが、ウルボノシア教の信者がカラスを大歓迎してくれるとはいい難い。軋轢を避けるには人型でいけばよい。

 イルがさりげなくローブを広げた。三日月の裂け目との間にイルを挟む位置にラトリアが移動した。


 「ふぅぅぅ~~~む………ラミアの里か」


 イルが唸った。

 塔の根元にある家屋の戸口では下半身が蛇で上半身が人間の姿をした者らが会話していた。


 三日月の裂け目――通称ラミアの里。


 蛇の足と人間の上半身を持つ種族ラミアが集まっている拠点のような場所である。人間が大陸中に散らばって各地に町を築いているように、ラミアなどの種族も拠点を築いている。この裂け目も、その一つである。

 廃村を抜けた一人と一羽はこの場所に辿り付いていた。当てもないのでひたすら歩いていったところ商人の列にぶつかったので、付いていった次第である。


 ぽん。


 イルが背後から肩を叩かれ振り返る。

 定規ではかったように整った前髪と後ろ髪の毛先。体の線を際立たせる活動的な衣服。変化を終えたラトリアが立っていた。


 「行こうぞ」

 「行くか。美味いもんあればいいな」


 ラトリアが呆れたため息をわざとらしく吐いた。


 「あるじ様は食べ歩き紀行の著者にでもなるつもりか」

 「イル=シュタイン大陸美味記……悪くない。元勇者一行の魔術師が各地の料理を食べ歩いての後の世で美食家云々呼ばれるのも愉快じゃねーか」


 ラトリアが満更でもない返事をし始める主人を白い目で見た。

 一方イルはどこ吹く風で顎を擦りつつもっとも近い距離にある木造の建物を目指していた。塔の天辺で弓を構えた屈強なラミアがじろじろと殺意にも似た視線を送ってくるのに気付くと手を振った。

 イルはにこやかに手を振りつつ、ぼそっと呟いた。


 「筋肉バカ」

 「おい。ラミアは耳がいいかもしれんのだぞ」

 「遠すぎて聞こえちゃいねェって、大丈夫大丈夫」

 「確かにきっと大丈夫だろう。うまくことが運べば脳天に穴を一つ増やしてもらえる」

 「目もう一個欲しかったところだぜ!」

 「増やして貰えれば不注意も減ることだろう」

 「ここに穴空いたら死んじまうけどな!」


 イルが声を張り上げて己の額をぐりぐりと抉る真似をした。

 歩いていくと塔の巨大さが体感できる。三日月の裂け目の穴の壁面と、穴の奥底から柱が伸びている構造であり、見上げるもしくは天を貫く巨大さである。

 バリスタのような設備まであることから、防衛用設備であることが容易に推測できた。魔物の襲撃を受けたのか、最初から防衛設備としてあったのか、イルとラトリアには区別できなかった。

 塔の根元の細長い建物の群れへと近寄っていく。


 酒瓶、肉、薬瓶と天秤、武器……の看板を掲げた建物が軒を連ねていた。人間の、あるいはリザードマンの、アラクネの、獣人の商人たちが一堂に集まって茶を酌み交わし、商談に耽っていた。

 建物の群れ――つまり町へと足を踏み入れたイルは、商人の多さに暫し考え込んだ。


 「妙だ。こんな僻地に大集合するなんざ――」

 「ここでしか産出できないものがあるかも……だな?」

 「ご名答」


 その通り。

 イルができの悪い生徒が名答を編み出したのに仰天する教授のように指を振る。


 「それで、ここでしか産出できないものとはなんなのだ? 魔術師殿」

 「知るかよ。俺は知ってることは知ってるが知らんことは知らんぞ。奇妙な場所だからな。アレじゃないか? ラミアは毒の扱いが上手い。ここでしか採れない茸とか」

 「毒茸を正々堂々売買するのか?」


 ラトリアが信じられない様子で言う。

 毒を取引するのは武器の取引よりリスキーである。強力な毒は井戸に投じるなり水源を汚染するなり暗殺なり役に立つからだ。


 「……毒ってのは扱い方によっちゃ麻酔にもなる。それを毒として使いますなんざ口が裂けても言わんけどな。麻酔とか害獣退治とか言い張るだろうよ。もしくは珍味ですとか」

 「毒の珍味とは冗談きついな、あるじ様」

 「冗談に嘘に出まかせにでっち上げて誤魔化す。そいつが商人ってもんよ。俺の家もそんな感じだった」


 などと話していると、とある店の前に着いた。

 イルはふーむと顎に指を沿わせると、看板を見遣った。武器屋。魔術師として魔術を武器にするイル=シュタインには不必要な品勢揃いの店。

隣の店に目を移す。本屋。

 イルは迷うことなく本屋の中に入った。


 「…………いらっしゃい」


 不愛想そうな眼鏡をかけた中年の―――ラミアがカウンター席の向こう側から出迎えてくれた。カウンター席で下半身は見えないが虹彩が縦に割れていたため判別できた。

 室内は薄暗く棚は天井に届いていた。ぎっしりと本が詰まっており、埃臭さが漂う。

 イルの後に続いて入店したラトリアは物珍しげに辺りを見回していた。


 「ふぅむ書籍とな………」

 「本が珍しいかい」


 イルがからかい半分に問いかければ、ラトリアは憤るでもなく首肯した。


 「うむ。私は世界中旅してきたし、まお………ごほんっ。城で色々なものを見たが、本を読む機会はあまりなかったもので」

 「なるほど。一冊くらいなら買ってやってもいいぜ」


 ラトリアが魔王と漏らしかけすぐさま咳払いをして誤魔化す。イルは店主にこちらの身分がばれやしないかと戦々恐々だった。

 彼女の事情はやむを得ないものだった。カラス族の書物ならまだしも人間の書物を読む機会など巡ってくることもなく、仮にあっても珍しいであろうから。

 イルは懐を叩いて見せたが、店主からは見えない位置でバッテン印を作り、ウィンクした。

 買えない。


 「な?」

 「承知した」


 馬を入手できていない二人にとって、本一冊は重過ぎる。

 本は特にこれと言って区分けがされてはおらず、医学書の横に哲学書があるなど支離滅裂だった。


 「ははん……懐かしい。師匠に耳がおっ潰れる程聞いた内容だぜ」


 イルは早速興味分野である魔術に関する書物を手に取り目を通し始めた。

 魔術の基礎原理。魔術の活用。魔術の心得……。ようするに基礎書であった。

 興味を失い棚に戻す。


 一方ラトリアは本というものをあまり知らないらしく、あちこち目移りしていた。

 ラトリアが一冊の本を手に取った。

 古びた表紙。自分の尾を噛む蛇が描かれた書物だった。題名は『ウルボノシア』。ウルボノシアが天地を想像する様やラミア族を作った経緯などが記された解説書のようだった。ぱらぱらめくって知識を仕入れ、棚に戻す。


 横合いからイルがやってくると、扉の方に目くばせした。


「行こう。残念ながら持ち合わせがなかったから買えない」


 と、店主向けのアピールを忘れずに扉を出ようとドアノブを捻った―――はずが扉が向こう側から押された。

 イルとラトリアが慌てて後ろに引いた。扉が開いたところ、一人のラミアが立ち尽くしていたのであった。


 神秘的な白い蛇の下半身。艶々とした鱗が蛇行する肉体を覆っており艶めかしい水気を湛えていた。傷一つ無い雪のような色合いは絹かくやという繊細さを有している。

 きゅっと縊れた腰からぴんと張りつめた胸元と、鶴のような首筋は若々しさを存分に主張し、また色気とでもいうべきオーラを纏っているよう。

 その顔立ちは下半身と同じく白磁の肌。おっとりとした垂れがちな赤い瞳と、すっきり通った鼻立ちに、きゅっと結ばれた唇。銀色に近いブロンドを肩まで垂らし、一部を編んだハーフアップ。

 服装は上半身と下腹部から蛇の体の一部を隠すワンピースに近い黒系。首元のスカーフだけが白であり、その首に光る円環のネックレスが印象的な娘であった。


 「あっ………」

 「失礼。教会の方ですか?」


 怖気て扉の前で竦むラミアの娘へ、イルは笑顔を作って質問した。

 黒いワンピース型の衣服といい、ネックレスといい、教会関係者と判断できた。

 娘はおずおずと頷くとイルの背後で腕を組んでいるラトリアをちらりと見て視線を逸らした。


 「そ、そうです。あなた方は……」

 「私はアトレイユ。こちらが助手のラトリア。実は人を助ける旅の真っ最中でして、本日はたまたまラミアの里へやってまいりました」

 「私はサラサーシュと申します。教会で……司祭をやっております」

 「サラサーシュですね」


 イルが彼女の名前を発音した。イルは、実に耳に心地よい名前であるという印象を受けていた。

 ラトリアが二人の自己紹介をじっと見つめていた。腕を組み口をへの字に曲げて時折視線をイルの方角に向ける。


 「実は本屋に用事がありまして……」

 「あぁ、申し訳ない」


 イルはサラサーシュの横をすり抜け道を明け渡した。

 同じくラトリアも横を抜けて外に出て――横を通りざまにサラサーシュの上半身の一か所を凝視してから――イルのすぐそばで足を止めた。

 サラサーシュが本屋の扉に手をかけたまま振り返り、俯き加減に口を開いた。下半身の先端がぱたぱた犬の尾のように左右に振れていた。


 「もしよろしければ教会によってみてください」

 「ええ、そうしましょう」


 扉が閉まった。

 イルがスタスタと歩き始める。鼻歌など紡ぎつつ。

 彼の背中をラトリアが小突くと横に並んで歩調を合わせた。


 「やけに素直に応じたのだな」

 「断る理由も……いや、あの子可愛いからな。教会にいればまた会えるかもしんねェしなぁ」


 男が鼻の下を伸ばす。自分なりに哲学を持って行動しているが欲望には素直だった。

 やけに不機嫌そうなラトリアが腕を解こうともせず、ピントを特定しない視線だけ正面に向けていた。


 「あるじ様は胸の大きな女の子が好みなのか。というより、ラミアのような異種族でもいけるのか」


 神の教えでも棒読みするような口調でラトリアが言う。

 イルはラトリアを横目で見ると、腕を組んで考え込んだ。


 「女ならな。女そっくりの男は勘弁だ。亡霊でもいけるぜ、魂持っていかれなきゃだがね…………胸だぁ? たーだ大きけりゃいいならサ……うん」


 今しがたすれ違った人間のご婦人(中年)の様子を脳裏に描きつつ、顎に人差し指をあてる。


 「形……? いやあれだ。大きい子は見て楽しい。揉んで楽しい。薄い子は弄り倒してキスマークつけんの楽しい」


 イルはさも当然のように意見を提示するといやらしい笑みを唇に乗せた。

 彼は修羅場をくぐってきている。人を殺めた経験もあれば神秘に取り込まれそうになったこともある。女性を抱いた経験もあるのだ。


 ラトリアの額がドラゴンのブレスを受けた鉄板かくや白熱した。腕を解き、握りこぶしを振り回す。


 「破廉恥な!」

 「破廉恥なんかあるもんか。神様も増えよっておっしゃってる。大体話振ったのラトリアじゃねーの」

 「ぐう」

 「愉快な奴だな。一日中弄り倒してやりたいぜ」


 余裕綽々のイルは腕を頭の後ろに回してのんびりと足を運ぶ。町の中心に向かうにつれ密度を増す人込みをひらりゆらりと躱して。

 ラトリアぶつぶつ独り言に耽るも、最低限の意識をイルの背中に向けてくっ付いていく。


 二人は方針を切り替えて困っている人がいないか探すことに決めた。


 だが一時間二時間と経過しても一向に困っている人があらわれず胡散臭い人ととらえられるばかりであった。困っている人を助けなければ、人を助ける旅の目的達成とはいくまい。

 そこで仕方がないので、ひとまず教会を目指すことにした。



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