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元勇者の魔術師 人助け放浪記  作者: 玉蘭 色彩
本編
6/8

四話「廃村」

 ドラゴンの骨のもとで眠ったところ、人型で床に就いたラトリアにハプニングがあった。睡眠中に元のカラスに戻り寝返りを打ったイルに踏みつぶされそうになったのだ。

 基本的にラトリアはカラスのままで木にとまって寝るので、人型で寝慣れていないというのもあるだろう。イルもカラスが真横で寝ているのを想定できなかったのもある。


 森を出て数日後。


 草原地帯は徐々に姿を変えていき、湖が姿を見せた。黒々とした水面。辺りには背の低い木々が生えていた。

 まともに水を飲んでいない二人は大急ぎで水面に向かった。片や唇を直接つけて、片や嘴を突っ込んで。


 「うめぇ!」

 「うまい! のはいいがあるじ様。水筒に補給を忘れずに……」

 「わーってるよ。言われなくてもそのつもりだった」


 イルが、水筒の口を開き冷たく清らかな水の中に漬ける。水筒がかぽかぽ泡を吐いた。

 十分水分を摂ったラトリアは、水面を黒曜石のような瞳で見つめていた。


 「水浴びをしたいのう」

 「すればいいさ」

 「………むぅ」


 何やら俯き悩みこむ相棒を見て、イルは首を捻った。


 「人間みたいに時間かからんだろ、カラスなら」

 「しかし………うーん……しかしなぁ………今回はよい。気分が乗らぬ」


 ラトリアは嘴をカチカチ言わせ首を振った。人間臭いジェスチャーは、彼女が人型になれることに由来する。


 「そうかい。なら行くぜ」


 イルは湖をざっと見渡した。探すべきものがあったからである。

 湖の外周に目をやると、一点で目を止めた。水面に歪み。一方方向からやってくる流水に水面がかき乱されている様子である。つまり流水がある。湖に流水ということは、川がある可能性が高い。

 イルがラトリアを肩から指にとまらせた。嘴を撫で、それから頬を慈しむ。


 「上空から見てきてくれ。川の詳細な方角を知りたい」

 「使われるのは癪だが我らのため大義仰せつかった」

 「すまねぇな」

 「ただし普通に飛ぶのも疲れるのでな、私を投げてくれ。初速を得たい」

 「投げるだぁ? どういうことだ」

 「投げる、投擲、という意味しかないのだが………私を放っておくれ」


 ラトリアが、さあやれと言わんばかりに身を竦める。鷲掴みにして上に投げろと言っているらしい。


 「構わねえが……こうか?」

 「くすぐったいぞ! 優しくもっておくれあるじ様」

 「んなこと言ったってなぁ………よくわからん。こんな感じか」


 イルは困惑して無精髭の生えた顎を擦っていたが、渋々と言った様子で慎重にラトリアの体を両手で包んだ。

 カラスの体は人間に比べ弱い。力加減を誤りたくなかった。

 ラトリアからの指摘を受けると、持ち方を変えてみる。そして身を屈めて伸びる余白を生み出せば、息を吐く。


「せえのっ!」


 ラトリアの黒い体が人一人分の高さ投げられた、その刹那ぱっと翼が展開して空気を掴むとものの数掻きで速度を得て、イルの周囲を旋回し始める。十分に速度を稼いだ彼女は急激に高度を上げてあっという間に黒い点になってしまった。

 まるでトンビのように周辺を見回しているラトリアを、イルは首の角度を上向きにして待っていた。

 空からの偵察。

 魔術師たる彼にとってできなくはないことではあるが、翼という専用の装置を体に持つ鳥類には遠く及ばないし、任せる方が疲れなくて済む。


 やがてラトリアが羽ばたくのをやめ滑空の姿勢を取った。翼を時折微調整しつつ、螺旋を描くようにして戻ってくる。

 イルは、彼女の着地地点を見計らい腕を伸ばした。

 ラトリアは直前でブレーキをかけて速度を殺すと二本の足でがっしち着地したのであった。


 「どうだった?」

 「川はあっちの方角にある」


 ラトリアは胸を反らして片翼を腕のように伸ばし方角を示した。


 「村……は見えなかった。何せ木々が深くてな、煙の一つでも見えれば話は変わったろうに見えなかったのだ」

 「そうか。いいさ、どうせ村があろうとなかろうと行きたかったからな」


 当てのない旅。目的は自分で見出すものなのだ。

 

 イルはそういうと、徐に杖を腕に握った。川があるという方角に足を向けて水面の調子を窺う。

 杖に魔力を込める。

 感覚的なもののため具体的に例えば口頭や文章では説明しにくいが、一般的には『意識を集中させる』『流れを集約する』と言われる。生命力の別称でもあるという魔力を集約させ現象を引き起こすのだ。

 魔術の発動を感じ取ったラトリアが嘴を鳴らして訊ねる。


 「どうする気なのだ。湖面を凍結させて歩くつもりか」

 「間違いでもない」


 次の瞬間、イルは湖面へと歩き始め――沈まずに歩き続けた。


 『――は言われた。恐れることはない。水でさえ私を飲み込むことはできない――』


 イルが呟いていた。

 とある神話の一説。神が水面を歩いたという一文をここに再現しているのである。イメージだけで再現できない術はこのように言葉も併用する。

 彼の杖の先端にある宝石が僅かに光を孕んでいた。

 水面はまるで弾力のある素材かくや凹み、しかし足が沈み込むことも濡れることもない。


 湖を歩く男と、肩に乗るカラス。


 ラトリアは素朴な疑問を挟んだ。


 「あるじ様よ、飛べばよかったのではないだろうか? 飛べないわけでもあるまいよ」

 「飛ぶのは苦手だ………昔は得意だったがね。頑張れば飛べるさ、俺は頑張りたくないんでね」


 術式を安定させ詠唱の必要がなくなったか、イルは平常な言葉で返した。

単純明快。湖の外周をまわって時間はかけたくない。飛ぶのは苦手だからやらない。歩けばいい。


 歩くことしばらくして川に到達した。川のように不安定な水面を歩くには労力を要するため、地面へと歩いて戻る。

 川と言っても小川とでもいうべきちょろちょろとした水量であった。蛇のように蛇行しており頼りない。

 涼しい空気の流れを感じ、ラトリアが羽毛を膨らませた。もふもふと。


 「行ってみるか。上流に村があるかもしれんしな」

 「何かあったら起こしてくれ」

 「おう、寝てろ寝てろ」


 ラトリアが頭を後ろに回して羽に突っ込み寝ようとする。喋るのもよいが寝ておきたかったのだろうか。体力の温存は基本中の基本。

 イルはあっさり承諾すると杖を背中に回し、川を上り始めた。





 「起きろ。ついたぞ」

 「なんぞ……」


 イルはふわふわなめらかで感触の良い黒い羽を弄って起こそうとしていた。なるほど羽毛は布団にも使われるだけある。ふわふわ、もふもふ、触れるだけであたたかく心地よい。

 ラトリアは自身の翼に頭を埋めて寝ている。嘴も埋めているため、まるで黒い塊が肩にとまっているようだ。

 呼吸胸が膨らんでは縮むのを見ているのもやぶさかではなかったが、村に到着したら起こすという約束を不履行にするつもりもさらさらなかった。

 ラトリアはきゅーっと鳴いて片足と片翼を広げる伸びをすると、嘴を開いて欠伸をした。


 「眠い………なんぞ村に着いたのか」

 「ああ……村と言えば村だが。そうでないと言えばそうだ」

 「妙な言い回しを……無人の村とでも」

 「見ろよ」


 イルは、川の最上流域に着く前に発見した村を顎でしゃくった。


 木造作りの建物が並んだそこは、既に人がいなかった。建物という建物に蔓が侵食しており古びていた。水車や牛舎などの施設も既に朽ち果て茸が蔓延っていた。かつて童が遊んでいたであろう道端も雑草だけが野放しである。放棄された村を村と呼ぶかは怪しいであろう。

 森と村を区別する境界線たる柵も金具が腐食して落ちていた。

 村へと一歩を踏み込んでいく。


 「悲しいもんだな。綺麗でもある。人もいなくなれば自然に飲み込まれて大地に還っていく。十年二十年で石垣を除いた人工物は土くれか……」

 「感傷に浸るのは良いが食事及びねぐらを確保せねばな」


 年月の経過に思いをはせるイルの耳をラトリアがくすぐった。

 携行食料は最低限である。採取なり狩猟なりしなければ食べ物がなくなる。

 イルは村の横合いに位置する小川を指差すと、比較的新しい小屋を見遣った。


 「水の確保はいい。ねぐらもいい。食いモンだけ用意しねぇと。まだ昼だが早いにこしたことねぇよな」


 イルが太陽を見上げる。太陽は真ん中を過ぎていた。

 日暮れ後の採取活動はモンスターの類を引き寄せる。いくら腕前に自信があるとはいえ暗闇においてのモンスターは油断ならない脅威なのだ。

 ラトリアが肩から飛び降りると滑空して地についた。


 「私は自分のものを確保しようぞ。あるじ様は自分の分を確保するのだ」

 「苦手なんだよなあ……狩りってのは……」


 イルは苦い顔をして頭皮をぼりぼり掻き毟った。


 「まったく攻撃魔術得意じゃねぇっての。弓も槍も使えんしな。やるだけやってみるが駄目ならラトリア、おまえも手伝ってくれ」

 「丁重にお断りする。嫌だ嫌だと逃げるから上達せんのだ」


 ラトリアは顔を背けどこかに飛び去って行った。狩りに関してカラスは有利である。森で低視認性を誇る黒い体、高い運動性を実現する翼、人間を圧倒する視力、どれも狩りに向いている。大型動物ならまだしも虫や小動物ならばひとたまりもない。

 一方イルはもともと攻撃魔術が得意ではなく、買ったものを食べる生活だったせいか狩りが苦手であった。

 狩りに出かけた相棒を目線で追尾するのを止めて、腕を組んで考え込む。

 やがてイルは結論を出した。


 「茸とか木の実とかを探すか」


 勇者と呼ばれたこともある男は弱気だった。

 幸い木造住宅の残骸に茸は生えていた。

 手ごろな家に寄っていくと、適当に引き抜いてにおいを嗅ぐ。


 「こいつは………食える」


 イルの声に自信はなかった。目で見て触ってにおいを嗅ぐ。茸に関しては断言できないのが恐ろしいところであるとイルは思っていた。

 ごく普通の傘を持つ茶色い茸を見つつ別の赤茶の茸を毟り比較する。


 「クソッ。専門分野は術の方であって薬学じゃねぇのにな……魔術師が毒茸で死ぬのは間抜けすぎるぜ。しっかりしろイル=シュタイン」


 毒づくと、赤茶の茸を捨てた。

 イルの専門分野は強化や補助や治療である。薬学も修めていない訳ではないが、専門的に学び経験を積んではいなかった。

 不安をぬぐえず茶色の茸も捨てた。

 膝の土を払うと、樹木に注目を移していく。


 「ついてる。流石に毒はねぇだろ。実しか見つからんのも味気ないが……」


 木に赤い実がなっていた。木イチゴを思わせるブツブツを集合させた小さい宝石。

 一つ毟って口に運ぶ。

 ぷち、ぷち、と実が歯で弾けて甘酸っぱさが舌を楽しい気分にさせる。青臭さが鼻についたが、大地の恵みを感じさせる香辛料に過ぎない。

 思わず口元が綻んだ。


 「悪くない」


 夢中になって摘まんでいると羽音がした。

 するりと耳元に温かみを纏った黒い羽が触れる。いちいち確かめるまでもない。ラトリアが戻ってきたのだ。


 「戦果はどうだよ。食えたか」

 「無論カラス族の者として存分にな! ……木の実か。うまそうだ」

 「流石ラトリアだ。俺なんざ木の実しか見つからなかった。よかったら食えよ。この木は俺のじゃないからな」


 胸を張り自慢げに話すラトリアは、きょとんと木の実を見つめた。

 イルは一粒一粒毟るのが面倒になったのか数個纏めてもいではローブの端っこに落とす効率的な作業に移行していた。こうすることで一気に食べられる。

 イルは一粒指に挟んでラトリアに差し出した。

 ぱくり。ラトリアが実を咀嚼する。


 「……悪くないぞ」


 その日は廃村に泊まった。



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