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元勇者の魔術師 人助け放浪記  作者: 玉蘭 色彩
本編
5/8

三話「不自然な森」


 歩く、歩く、歩く、歩いて歩く。

 走ってはいけない。とにかく一定速度を保って歩くのだ。

 果てなく続く草原をひたすら歩き続ける男は、肩にとまる相棒がむしゃむしゃと鼠を貪るのを横目で見ていた。


 「おいしそうだなー」


 褐色肌に白髪をした男、イル。

 彼は肩の相棒ラトリアに皮肉染みた口調をかけた。イントネーションが弱く台本を読んでいるかのようだった。

 肩で鼠を食うのをやめろ。目が言外に告げていた。


 「ありがとう!」


 対するラトリアは皮肉もなんのその。

 鼠の内臓を嘴で千切って口におさめると食べるべき肉の無くなった鼠の胴体を地面に捨てた。

 イルは足の筋肉痛がどうにも治らないと顔を顰め、地平線を睨んだ。

 太陽は半ばを過ぎ、夕方の気配が空に霞をかけ始めていた。


 「こんなことならアイツのように体を鍛えていればよかった」

 「弓のアイツか。ヤツは鍛えすぎて筋肉ダルマとからかわれていたではないか」

 「あるのと無いのじゃある方がいい。俺は痛感しているよ」


 アイツ。

 即ち勇者と呼ばれた一団の中でも一際強靭な肉体を持った弓遣い。人間には引けないという剛弓を引き遠距離から敵を次々沈めた男。弓の彼は誰よりも強いと称された強靭な肉体を持っていた。

 食事を済ましたラトリアがばさりと飛び上がるとイルの頭に乗った。


 「あるじ様は筋肉が無さすぎる。鍛えればよいのに、脳味噌ばかり鍛えていたから旅路に支障をきたしたということか」

 「本大好きお家大好きお婆ちゃん子の俺になんてことを……筋肉はな、弓とか槍とか斧とか近接遣いにいるもんであって魔術師には要らん。筋肉修行なんざしてるなら精神修行でもしてる方が効果的だ」

 「おっ」


 ラトリアが素っ頓狂な声を上げた。

 イルはフードが顔にかかってくるのを手で退けつつ訊ねる。


 「なんだ、鼠でも見つけたか」


 イルが肩でバリバリ食うのを止めろと言いかけたところで、ラトリアが羽を広げて否を表明した。


 「違う。フードをどけて前を見るのだ。前に森がある。青く高い森だ。山のような」

 「あ? 森……本当だ」


 フードで塞がれた視界を確保してみれば、確かに森があった。草原のど真ん中にこんもりと木々が固まっていた。森と言わずして何というのか。規模も大きく村あるいは町に匹敵しようかというものだった。

 進行方向を修正して森を正面に捉えた。


 「とりあえず行ってみよう。村があるかもしれない」

 「行き当たりばったりな性格……私は好ましいと思っている。野垂れ死にするにはもってこいの!」

 「やかましいぞ」


 頭の上で皮肉ってくる相棒を放置して森へと向かう。

旅は行き当たりばったりなのだ。

 目的と言えば東の子供を癒し、西の母の荷を担う、そんな風でありたいと。


 森に接近するのには一時間ほどを要した。

 近づけば近づくほどに壮大さがわかるかと思いきや、近場になればなるほどこじんまりとしているのがわかるという規模であった。

 森の密度は濃く内部を窺うことができない。野鳥の鳴き声が不気味に反響していた。

 イルは警戒を強め背中の杖を抜いた。


 「水源があるかもな。草原のど真ん中に森ということは木を養う水脈が通ってる可能性が高い。入るぞラトリア」

 「待つのだ。この鳥の姿では森の中で十全な戦いはできまいよ」


 早速草むらに分け入ろうとしたところでラトリアが嘴をカチカチ言わせた。


 「そりゃ人型なら両腕が使えるわな。けど、鳥の姿なら枝から枝に飛び移って戦えるだろ。俺の魔術で強化すれば枝ごと折って飛べるんだぜ? むしろやめるべきは人間の形態じゃないのか」


 対象の補助を得意分野に持つイルは杖の柄を叩いてみせた。

 強化の術を使えばカラスに過ぎないラトリアでさえ強力な兵器と化すのだ。人型状態になれば速度と運動性というアドバンテージが失われる。


 「……いいから、変身する」

 「はぁ。好きにしろ」


 ラトリアがイルの頭を小突く。

 強情にも変身したがるラトリアを見てイルはやれやれと首を振った。ラトリアを地面に降ろすと、枝に引っかかりやすいローブを脱いで纏め手早く体に巻きつけた。


 ラトリアの姿が変貌し始める。

 まず胴体が風船のように膨れ上がり翼の位置が粘土を捏ねるかのように変わり始めた。


 「うぐぅぅぅぅぅぅぅ………ッ」


 ラトリアがくぐもったうめき声を発した。

 毛があたかも蝋が溶けるように無くなって地肌に吸い込まれる。鋭い爪を持った両足が膨張してすらりとした輪郭を持つ。真ん丸としていた胴体に骨格があらわれ女性的な丘陵が露わとなれば、鳥の頭から人間の頭へと変化を遂げた部分から長く美しい髪の毛が生え、全身が完成するより早く燐光と共に黒っぽい衣服が出現したのだった。


 ティーンエイジャー程の人のなり。黒髪と鋭利な瞳を持つ少女が出現した。

 カラス族には人の言語を理解する者がいる。特性として変化の術を使える。人間族と同じように魔術を扱うこともできる。このことから、カラス族には詐欺師が多いというのは余談である。


 見慣れた変身場面である。イルは眉一つ動かさない。

 ラトリアが草むらから手ごろな枝を引き抜くと、それを剣のように構え森をきりりと睨んだ。まなじりに精力を込め胸を張って。


 「いざ往かん! 我らが困難を打ち砕くのだ!」

 「…………」


 イルは無言で草むらを避けて獣道を歩き始めた。

 後を唇尖らせたラトリアが追いかけた。


 「おおいせっかくやる気を出して宣言をしたのだぞっ! せめて同調をだな!」

 「ガラじゃねぇ」


 イルは一言で切り捨て御免した。

 ラトリアは肩を落として男の後から森に進入した。

 森は外見に違わず密度が高く詰まっていた。即ち人間や動物達や自然現象に削られていない可能性が高い。木だけが生えているのではと思わせる分厚い枝と蔓と葉っぱが待ち受けていた。

 生憎武器の類はないので、杖に纏わせた魔力を持って押して通った。

 葉っぱを枝ごと杖で吹き飛ばす。


 「人型になったなら手ェ貸してくれや。ほれ、丁度良く腕が二本付いてんだろ」


 道を切り開くという苦行に強いられるイルは、野花で花輪を作成中のラトリアに救援を乞うた。


 「容易いことではない」


 ラトリアはものの一言で切り捨て御免した。

 強要したところで空気がギスギスするだけだ。それにあるじマスターと呼んでくれるとはいえ召使でも使い魔でも奴隷でもないのだ。

 溜息もとい疲労から来る息を吐くと、手近な枝を杖で突き崩した。


 獣道を追いかけていたはずが途中で途切れてしまっていた。枝や木々をかき分け進むしかない。

 そして開拓の先導はイルが担当なのだった。

 枝を折り、草むらを踏み越える。

 風景が開けた。木の内側。大木らが織りなす暗幕の内部は、神聖なドーム型の神殿を思わせた。枝木から細切れの陽光が降り注いで、緩く風が流れていた。


 「気持ちいところだな。水場がありゃあ完璧なんだが」

 「うむ。昼寝をしたら一日中でも眠れてしまいそうな場所ではないか。水場があれば、完璧と言える」

 「水場があれば、な」

 「ないようだ。探すのにどれだけ時間がかかるかわからぬ。くたびれ損のくたびれ儲けで終わらねばよいのだがな。心躍るよ。誰かさんが水筒に水を入れ忘れたばっかりに」


 ちくり。


 実はイル、前回訪れた村で水の補給を忘れていた。草木を噛み雨水を飲んで凌いできたのだ。

 しかし慌てず騒がず応対する。


 「まったくだ」

 「あるじ様が入ってみようと申したのではないか!」

 「そうだっけ?」


 何のことやらと後頭部を掻く男に、少女は目を細めた。


 「とぼけるのが上手くなったな! 阿呆め」


 花輪の冠を頭に乗せたラトリアがイルよりも前に出ると、白っぽい岩を駆け上がって辺りを見回した。森の中にぽかんと開いた広間は程よい傾斜面に立地していることが目前となった。

 同じようにイルも白い岩を一拍の呼吸を挟んで登ると、おもむろにラトリアの冠を取り上げた。


 「ガラじゃねぇな。似合ってないぞラトリア」

 「せめて似合っていると言うのが殿方の務めであろう。返せ」

 「悪い悪い。今度は茨で編んだ冠くれてやる―――と?」


 頬を膨らませて怒りを表現するラトリアの頭に冠を乗せ、そこで何かを発見した。

 疑問符を吐くイルにラトリアは首を傾げ視線を追った。


 「なんだ? 水場でも発見したか?」

 「妙な地形だと思ってたんだよ。草原に森があるのも珍しいしな。原因無くして結果は成らず。よく見ろ。こいつは岩じゃない」

 「岩じゃない? まさか宝石とはいうまい」

 「ン……宝石より上等な代物かもしれん」


 イルは屈むと顔の前に杖が来るようにした。測量士のように。

 すぐ隣にラトリアが来ると、同じように屈んで視線の方向を合致させた。

 規則的な凹凸が――苔むした白い岩が――等間隔に並んでいるのだ。それは細長く奥まで続いており、終点は先のようである。

 イルが腰を上げて凹凸の末端部を追いかけた。岩と岩を跳躍して進んでいく。

 ラトリアは岩を跳ぶのが恐ろしいのか、凹と凸に交互に足を置いて進む。


 末端部に到着した。何やら巨大な白い塊が鎮座していた。そそり立つ鋭利な物体と、大きい穴二つ、小さい穴二つ、極小の穴二つ、とげ状のものが並んだ空洞。苔の浸食を受けてはいるが、間違いない。


 「ドラゴンの骨がこの森の中核の正体か」


 岩でも宝石でもない、骨だった。

 目を細めたり広げたりしていたらラトリアがぽむと合点を打った。


 「なるほど……ドラゴンか。しかし大きすぎる。魔王の配下の連中が使役していたドラゴンより遥かに巨大ではないか」


 そう、森はドラゴンの死骸を囲むように生きていたのだ。だがサイズがけた違いだった。村あるいは町のように巨大なドラゴンは滅多に見ることができないという。

 ラトリアは骨から降りると蔓の垂れ下がっている空洞――ドラゴンの口の中に入った。

 イルは竜の口の正面にあった岩に腰かける。


 「たまげた。町のように巨大なドラゴンが朽ち果てて森の核になってるとはな……仮にこいつが生きていたら、奴ら喜んで狩りに行ったろうが」

 「あるじ様は行か……ないか」

 「害をなすならまだしも生きてるだけのドラゴンを狩ってもしょうがないことだろ? 無駄な殺生はしねぇ」


 イルは過去を懐かしみ頬を緩ませた。かつての勇者と呼ばれた奴らならば狩りの対象と見なし攻撃を仕掛けただろうと。

 ラトリアがドラゴンの牙に手をかけた。抜こうと踏ん張るも罅さえ入らない。


 「抜けないものか……ええい、頑丈な! ……くっ!」

 「やめとけ。こいつは死んでる。静かに眠らせてやればいい」

 「悔しい」


 歯噛みするラトリアにイルは苦笑した。


 「仮に引っこ抜けてもだな……ドラゴンの骨と言っても魔力は抜けきってるわ雨風に曝されて脆くなってるわ、使い道がないぞ」

 「知っておるわ」

 「気持ちは分かる。抜けそうな気すんもんな……そんなことより今日はここで野宿しようと思うんだが」


 ようやく諦めたラトリアを前に、イルは岩から腰を上げて辺りの散策に移る。

 旅は野宿が基本である。路銀を携行していても、当てもなく終わりのない旅となればいくらあっても足りない。


 草原のど真ん中に位置する森。ドラゴンの骨を基盤とした頑丈な地形は泊まるに適しているように思えた。


 時刻は既に夕方。太陽が地平線に隠れ闇がやってくる。


 イルがドラゴンの骨格の傍らにある平らな地面を見つけた。腰を下ろすと、早速荷物を枕に寝転がる。

 一方ラトリアは幅の広い葉っぱを探してきてシーツ代わりに地面に敷いて横になった。


 「ラトリア。人型で眠るのか」


 困惑するイルへ、ラトリアがウィンクして体を丸めた。


 「たまにはな。なあに人型で眠るのもおつなものだぞ」

 「俺にはわからないが……まぁいい、お休み」

 「お休みあるじさま」


 こうして二人もとい一人と一羽は眠ったのである。



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