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ひとの歴史書 ―銀の亡霊―  作者: 辰野さとる
死せる英雄と、生ける亡霊
21/32

2-9

 大垣駅に戻ってからずっと、あたしの頭には『永遠』という言葉が染み付いて離れなかった。

 イルミネーションはあたしに昔を思い出させてくれたけれど、あのころの商店街はもう二度と戻ってこない。あたしがいま見ている光景だって、二度とはないもの。どんなに真似たところで完全な再現は不可能なんだ。

 けれど、それを可能にする永遠があったなら、どんなに幸福だろうか。

 べつに、あたしは永遠の命が欲しいわけじゃない。ほのかさんのように誰かに永遠を託してみたいと思っているわけでもない。ただこのひとときを、あたしが知っている大好きな時間を、永遠に残すことができたら満足なんだ。

――イルミネーションの日の夜。

 あたしたちは大垣駅のホームに腰掛けて、他愛もない話をしていた。あたしと出会う前のほのかさんのこと、ひーちゃんのこと。そして、あたし自身のこと。初対面の頃が嘘のように、とまではいかないけれど、ひーちゃんの物腰はいつもより柔らかで、今日の出来事ですこしだけ距離が縮まったような気がしていた。

 だから、話が今日のイルミネーションのことに移った時、あたしは思い切って『永遠』のことについて打ち明けてみたんだ。ほのかさんが目指すものとは違う、あたしなりの永遠を探したいと。

 けれど、ひーちゃんから返ってきたのは思いのほか冷たく無感動な言葉だった。

 「じゃあ、のぞみさん。あなたは明日が来なくてもいいと言うんですか?」

 「なんだかトゲのある言い方だよね、それ。でも間違ってはないよ。あたしはいつまでも訪れる明日じゃなくて、ずっと続く今日が欲しい」

 「……はっきり言って、それはあなたの驕りですよ。人間の驕りと言ってもいいです」

 ほのかさんの考えを日ごろから聞いているはずのひーちゃんに、ここまできっぱりと否定されたのは正直堪えた。しかも、『驕り』なんて思ってもみなかった言葉で。

 驕っている人間は驕りを自覚できない。だいたいは言われても気づけないんだ。自分を信じすぎた先にあるのが驕りだから。

 「私はヒューマノイドですから、毎日同じ行動を取ることくらい造作もありません。喋る言葉、触れるもの、目に見えるもの、なにもかも同じです。そんな退屈な繰り返しに耐えられますか?」

 「そんなの、ただ止まってるだけだよ。辛いに決まってる」

 「のぞみさんの言う永遠はそういうものですよ。経過と変化は同じです。時間が経てばなにかが変わりますし、なにかが変われば時間が経つんですから。変化のない永遠なんてものは幻想なんです」

 なにか言葉にしようとしたけれど、できなかった。あたしの信念が弱かったわけじゃなく、ただ、ひーちゃんの表情があまりにも悲痛だったから。

 「あなたたち人間はきっと、幸せすぎるんですよ。やさしくてあたたかい今日がずっと続くと信じているから、そんなことを言えるんです」

 ひーちゃんはホームに立ち上がって、月明かりを背にやさしく笑った。

 「今日は、明日のために忘れられるべきなんですよ」

 まるで自分のことのように言って、ひーちゃんは駅舎の中へと戻っていった。

 あたしにはやっぱり、ひーちゃんを引き止めることなんてできなくて。彼女が恐れ、あたしが求め、そしてほのかさんが実現しようとしている『永遠』について、考えは頭の中でぐるぐる堂々巡りを続けるのだった。

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