五話
その場にいた全員が一斉に内山の方を見た。
でも一番びっくりしたのは、内山を含む3人である。
今の強盗騒ぎですっかりミニカーの事を忘れていたようだ。
店員が尋ねる。
「そうなの?ぼく?」
「うん、さっきそこにあったミニカーをポケットに入れていたよ。」
「本当だね?ちょっと待っていてね。」
そう言って内山の元へ向かった。
内山の母親は肩に両手を置いたまま前に座り込み、うつむいた目を覗きこんで問い始める。
「あんた、ほんとに万引きしたの?」
「・・・」
「ちゃんと答えなさい。」
「・・・」
母親は店員に何度も頭を下げて謝った。
「内山君、ミニカー盗ったんならちゃんと言った方がいいよ。」
金田と森山の方を見て更に
「君たちは内山君の友達だろう?君たちも盗んだのか?」
2人は動揺した。
「いいえ、俺たちは止めようと・・・」
と森山が言いかけた所で金田が割り込んだ。
「はい、僕たちみんなで盗みました。」
彼は考えた。みんなで盗んだ事にすれば内山も気が楽だろう。
それに、盗んだのは一個だから、そんなに言われないかも。
思わぬ金田の言葉に内山と森山はびっくり。
親たちもびっくりした様子で、店内は先ほどとは違った空気に包まれたが、店員は親共々3人を事務所へ連れて行き、担当の警官に来てもらい話を始めた。
まずポケットの中身を出させたが、当然、金田と森山のポケットにはあるはずもない。
内山はミニカーを出そうとしてポケットの中に手を入れたが、その感触に驚いた。
「あれ?1個じゃない・・・。変だよぉ?1個しか入れてないのに。」
右のポケットに1個、左のポケットに2個ミニカーが入っている。
「盗んだのは3個だね?皆で盗って君が隠したのか?」
思わぬ展開に金田は自分の浅はかな考えに後悔した。
“ミニカーの数が3つだなんて、そんなことがある?かずくんが盗ったのは一個だったのに・・・。これじゃあ本当に3人でやったみたいじゃないか。みんなで盗ったなんて言うんじゃなかった。”
言ってしまった事に対して否定出来ず困惑している彼を見て、なんと内山が話し始めた。
「違います。僕が一人で盗ったけど、金田くんと森山くんが返そうって言って売り場に戻ったんです。そしたら強盗に遭って・・・。ミニカーも1個しか盗ってません。」
「でも、さっき金田君は皆でやったって言ったよ。変だね。ミニカーも3つあるんだよ。じゃあ森山君にも聞こう。君も盗ったんだね。」
「え?あの・・・その・・・。」
「困ったね。」
森山は暫く考え込んでいたが覚悟を決め
「すみませんでした。僕もやり・・・」
そこまで言ったところで、店員は何か事情を察したかのように突然口を挟む
「さっきの男の子に聞いてみましたが、盗ったのは内山君だけだったようです。でも返しに来たようですし、金田君と森山君は彼を庇ったんですよ。それに見ていましたが、彼が転んだ時にミニカーのワゴンが倒れたので、その時にいくつかポケットに紛れこんだと思います。」
店員の思わぬ言葉に3人は顔を見合わせた。
この店員は救世主だ。
彼らはこの店員の事を一生忘れないだろう。
強盗事件に巻き込まれた事もあり、店員の助け舟や返しに来たという事で、なんとお咎め無しとなった。
しばらく担当者の説教を聞き3人とも家に帰されたが、金田は学校に知られてしまう事に不安で、その夜はなかなか寝られなかった。
次の日、金田は学校へ向かうが足取りが重い、というか気が重いようだ。
授業開始のベルが鳴り始め、担任の中津先生が教室へ入ってきた。
「おーい、金田、ちょっと校長室へ行きなさい。」
「え?・・・はい。」
「なんだろう・・・昨日の事しかないよなぁ・・・強盗の事?それとも・・・。」
更に不安になる金田。
彼の足取りはやはり重く、校長室の前では緊張しながらドアを2回ノックする。
すると奥から校長の呼ぶ声がした。
「入りなさい。」
ドアを開けると、なんとそこには内山と森山がいるではないか。
“げっ・・・昨日のメンバーだ。ばれたんだ。“
校長はひとつ咳をして、ゆっくりと話し始めた。
「昨日の竹菱百貨店の強盗事件の件は聞きました。さぞかし怖かった事でしょう。こんな事件に遭遇する事は滅多にありませんが、皆無事でよかったですね。」
校長の切り出しにちょっと安心した金田。
森山も安心したのか、調子に乗って喋り始めた。
「はい、僕は撃たれそうになりました。すごく怖かったけど助かってよかったです。」
「そうだね、ご両親も安心した事でしょうね。」
「はい、もう死ぬと思ったら父ちゃんと母ちゃんの顔を思い出しました。・・・でも怖かったけどちょっとスリルもありました。」
「ん?」
「それから、撃たれそうになった子どもを助けようとしたお店の人はかっこよかったです。ちょっとヨン様に似てるらしいけど・・・」
「なるほど。わかりました、森山君。その話はまたゆっくり聞かせて下さい。」
校長はまた一つ咳をして話し始めたが、先ほどとはちょっと顔つきが変わった。
「話しは変わりますが、万引きしたと内山君から聞きました。理由はどうあれ、店の商品を盗むのは良くない事です。自分が後悔するだけではなく、ご両親や回りの人達にも迷惑を掛ける事になります。これからは二度と同じような事はしないと約束して下さい。わかりましたね、内山君。」
内山は一つうなずき、うつむいたまま涙をぼろぼろと流していた。
「ところで、金田君、内山君をなだめて返させようとしたそうですね。それと森山君も強盗に遭って倒れた友達を助けようとしたそうですね。なかなか出来ることではありませんし、勇気のいる事だと思います。今後も友達を大切にして下さい。まあ今回の処分は保留にして、あとは担任の中津先生にお任せしてあります。ご苦労様でした。」
3人を教室へ帰り通常の授業に戻ったが、放課後3人とも校庭の運動器具倉庫の前に呼び出された。
そこには何やら持っている中津先生が立っている。
「来たな。元気無いなぁ、おい!」
さすがの森山も中津先生には一目置いている。
体育の先生でかなりの硬派なのだ。
「昨日の事は校長先生から聞いた。大変な一日だったな。・・・ひとつ聞くが、金田!お前は内山の友達だろう?」
「は、はい・・・。」
「声が小さいぞ。次に森山!お前も内山の友達か?」
「あ・・・そうです。」
何故そんな事を聞くのか分らないまま、とりあえず返事をするしかなかった。
「よし、みんな友達なんだな。それじゃ内山のやった事は、お前達2人にも責任がある。協同責任だ。けつ出せ!」
その言葉に金田はかなりビビった。
「え?そんなぁ・・・僕は悪い事してないよ。」
“『けつ出せ』ってなんなの!?意味わかんない・・・。”
森山もビビった。
「け、けつ出せって・・・持っているのはバットだよ・・・。」
「ごちゃごちゃ言うな。早く出せ。」
そう言うと、尻に一発ずつ・・・。
中津先生の有名な“けつバット”である。
これはかなり痛い。
隣で涙をぼろぼろ流している内山を見た金田は、尻の痛さもあるが、なぜか涙が出そうになってきた。
必死に堪えて上を見ると、いつもと変わらない白い雲と青い空がある。
3人とも、さっきまであった心のモヤモヤは消えていた。
第三章へつづく