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子ども心と町の空  作者: 伝道師
第一章 芝居の始まり
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三話

見るまでもなく、親指と人差し指の中で2つに割れたカタヌキの感触を感じる。

人生を賭けたゲームは友達の一声であえなく幕を閉じたのであった・・・。

ちょっとショックを受けたが、なぜか気持の切り替えが早いのも彼の長所である。

金田は一つ溜息をつくと、諦めたように立ち上がって藤田に話しかけた。

「カッちゃん、さっき家に呼びに行ったんだよ。」

「ごめん、釣具屋に行ってたんだ。来週の釣りの仕掛けだよ。」

「へぇ、いいなぁ。ぼくもやりたいなぁ。また一緒にいこうよ。」

「いいよ。」

藤田は釣りが大の得意で、日曜日はほとんどいっていいほど釣りに行っている。

釣り大会少年の部では、いつも賞品を取ってくるほどの腕前である。

金田がカタヌキをやっていた事などどうでもいい藤田は、持ってきた箱をとり出した。

「おい、メンコやろうぜ。」

「おお!持ってきたんだ。やろうやろう。」

思いがけないメンコの登場に、カタヌキはどうでもよくなった金田は家にメンコを取りに帰った。

こういう時の足は速いものだ。

ものの数十秒で帰ってきた。

実は、金田と藤田は同じ陸上部に所属している。

二人とも足は速い。

陸上部大会でのエピソードはいずれまた。

ところで、この二人はメンコでも競い合っている。

釣りでは負ける金田だが、メンコでは藤田より強い。

たかがメンコだが、奥が深いものだ。

厚さ、重さ、曲げくあい、油の塗り具合でも違ってくる。

しかし、一番の差はやっぱりメンコを叩きつける勢いと角度だ。

メンコにはいろいろな形、大きさがある。

大抵は長方形だが、中には正方形もあり希に円形の物もある。

名前は「メンコ」の他に「パッチン」「ペッタン」と、地方によって呼び方が違う。

遊び方は簡単で、自分のメンコを叩きつける風圧で、相手のメンコをひっくり返せば勝ち。

金田はメンコの入ったお菓子のかんかんを開けた。

おっと「かんかん」って言わないかな?

これは缶缶と言って、お菓子などが入った缶のことである。

まぁ、そんなことはどうでもいい・・・。

まず金田が取り出したのは、数々の戦歴を持ち、油がしみ込んだナガシマ選手の写真が印刷してあるメンコである。

かなり年季が入っているが、かえってそういう物の方が強いのだ。

最初に打つ順番を決めるのはジャンケンである。

金田は気合いを入れ、両手を目の前で組み、覗き込む。

「よし、決まった。」

「じゃんけんポン!」

金田はグー、藤田はパーで藤田の勝ち。

「よし!」

用意したメンコをなるべく平らなところに置く。

石の上での勝負だ。石ならたくさんある。

なぜかと言うと公園の隣が石材店で、廃材が山のように積んであり、石の切り口は絶好の場所なのだ。

まずは藤田が打つ。

メンコが少し浮いたが、ひっくり返らない。

今度は金田の番。

やはりひっくり返らない。

このやりとりが数回続く。

勝敗はひっくり返した方が勝ちで、戦利品としてそのメンコを貰えるのだ。

そしてもう一度打てる。

勝負はつづく。

金田は“たて打ち”をやっていた。

“たて打ち”とは、なるべく角度の高いところから打ち込むことである。

打ち方にはあと、“斜め打ち”“すったくり”がある。

ようするに打ち込む角度の問題で、後者ほど角度が低くなるのである。

「おかしいなぁ・・・。」

メンコの回りをなめまわすように見て、何かを探し始めた。

金田は見逃さなかった。

「あ!ここだ!」

メンコは紙で出来ているので、いくら平らにのばそうとしてもちょっとした折れ目や湾曲があり、石との間に微妙な空間はあるものだ。

「早くしろよ。」

なかなか打たない金田に藤田はけしかける。

「これはそう簡単に返らないさ。」

その言葉になにか感じて聞き返した。

「え、そうなの?なにかやったの?」

「いいから早く打ってみろよ。」

「わかった!ようし、ぜったい返してやる。」

“たてうち”から“斜めうち”に切り替え、思いっきり手を上げて一気に振り下ろす。

ペシ!

少し浮くが、やっぱり返らない。

いつも負けていた藤田は何かメンコに施したようだ。彼も結構起用で負けず嫌いなところがある。

お互い相手の打ち方やメンコの種類を知り尽くしているので更に改良してくる。

単なるボール紙で出来たメンコだが、返らないように強くしたり、打つ方法を考えたりするのが楽しい。

これぞ日本男児の遊びであり醍醐味でもある。

さて勝負の行方はいかに。

藤田は含み笑いをしながらチラッと金田を見る。

してやったりという表情だ。

メンコに集中している金田は気づくはずもない。

いつものように勝利へ突き進むシナリオは崩れ去っていた。

「あれぇ、なんで返らないんだ。腕が疲れてきた。」

「へへぇ、教えてやろうか。」

金田はそのメンコに興味があるようだ。

「じゃあ休戦だ。よく見せてよそのメンコ。」

「ほら、すごいだろ。」

「え?これって・・・あの幻のメンコ。八色仮面?」

「そうだよ、八色仮面の油っぱ。油をつけすぎて黒くなっちゃった。」

“油っぱ”とは自転車の油を染み込ませたメンコのことである。

油の染み込んだメンコは重く強くなる。

また、さまざまなキャラクターがあり、それぞれ厚みや大きさも違う。

その中でもなかなか手に入らない代物を藤田は持っていた。

しかも“油っぱ”にしてしまったのだ。

貴重なメンコを“油っぱ”にするのは勇気がいる。

金田は呆れたが、それよりもメンコの異常な状態に笑いが込み上げてきた。

「ははははは、すげぇー、油のつけすぎだよ!ははは・・・」

「だって強くしたかったんだよぉ!」

「あははは・・・」

つられて藤田も笑い出した。

暫くはメンコの話で盛り上がった。

街の空は薄っすらと赤みを帯び始め、公園にいた子供たちも、ひとり、また一人と家路につく。

母親の呼ぶ声に、もう少し遊びたいけど、しぶしぶジャングルジムを離れるわんぱくぼうず。

紙芝居のおじさんはとっくにいない。

二人もそろそろ帰ろうとしたその時、遠くからの呼び声に藤田がはっとした。

「勝也!勝也!急いで!」


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