だから私は引きこもる 聖女が現れたから私はお役御免なのでしょ
数多くの作品から目に留めていただき、ありがとうございます。
「聖女が見つかったそうだ」
魔獣討伐が一段落ついた時にその知らせをもたらしたのは、五歳年上のルイン兄様だった。
私はサリヴァン公爵家のキオーネ、青みを帯びた銀髪にアイスブルーの瞳、雪のように白い肌、その外見から冷たく見えるようだが実は情熱的な十七歳。
我が国メーティス王国の南部と東部には魔獣が生息する深い森があり、常に魔獣の脅威に晒されていた。頻繁にスタンピードが発生し、周辺町村の要請を受けて王都から討伐隊が派遣される。
サリヴァン公爵家は軍部を司る家柄で、現公爵の父は王国騎士団の総司令官、嫡男のルイン兄様は若いながら第二騎士団の司令官だ。次男で双子の兄のネイトはまだ学生だが卒業すればルイン兄様に倣うだろう。そして卓越した魔力を持つ私は特例として第二騎士団に席を置き、十四歳から討伐隊に加わっている。私が氷魔法で生み出す槍は分厚い魔獣の皮膚も一撃で突き破る。私一人で一個師団に匹敵する戦力になると自負している。
「聖女が見つかった?」
私はオウム返しした。
「ああ、以前からアジュール王太子殿下が必死で捜していただろ、やっと見つかったから、すぐ帰還するようにとのことだ」
先の聖女が天寿を全うされたのは四年前、後継者が現れないまま聖女が亡くなり、それまで聖女が森との境界線に張っていた結界が綻びはじめた。一年後にはその亀裂から魔獣の襲来がはじまった。
父と兄も出陣した。氷魔法に自信があった私は反対を押しきって同行した。父と兄はもちろん騎士たちも誰も死んでほしくなかったから。なにより魔獣を王都に入れる訳にはいかない。
新たな聖女が見つかったことは我が国にとって喜ばしいことだ。しかし、私は手放しで喜べなかった。その理由は……。
* * *
転移魔法で私とルイン兄様は即刻帰還した。かなりの魔力量を必要とする転移魔法は誰にでも使えるものではないために、その他の討伐隊員は馬で帰還するので数日後になる。
先に到着した私たちは王宮の大広間で国王陛下に労いのお言葉を頂戴する。
陛下が鎮座する玉座の横には、私の婚約者であるアジュール王太子殿下が控えていた。プラチナブロンドに翡翠の瞳の華やかな美丈夫だ。そして、彼の腕にしなだれかかるように立っているのが聖女?
「喜べキオーネ、彼女が聖女のフェロニアだ」
フワフワしたミルクティー色の髪に桃色の瞳、可憐で庇護欲をそそる美少女だ。年は私と同じくらいだろう。まだ自分が置かれている立場に慣れないのか、不安そうに瞳を揺らしながらアジュールの腕をしっかり掴んでいる。王族に触れるなんて不敬ではないのか?
「平民だが光魔法を使えることが最近になってわかり、教会で保護された。彼女の聖なる光魔法は魔獣を退け、先の聖女が張っていた結界を修復できるんだ。お前はもう戦わなくていいんだぞ」
アジュールはフェロニアが寄りかかっていることなど気にもしていないようで、満面の笑みを浮かべながら言う。しかし、戦わなくていい? 結界の修復と言っても直ぐには出来ないはずだ、その間に魔獣の襲来がないとは言えない。私たちの出陣がなくなるわけではないのに……。
聖女が現れたことを手放しで喜ぶアジュールを見て私の心に不安が広がった。彼はずっと聖女に執着していた。念願かなって聖女が見つかったことがよほど嬉しいのだろうが、私は〝聖女が現れたからもうお前はお役御免だ〟と言われたような気がした。
「殿下、妹は戦いで魔力を消耗して疲れております、早々に休ませたいのですが」
ルイン兄様が私の気持ちを見透かしたように申し出てくれた。
「そうか、そうだな、ゆっくり休んでくれ」
メーティス王国の国民は魔力を持って生まれる。魔力には差があり、ほとんどの人は魔道具に魔力を流して使える程度の魔力量だが、稀に強力な魔法を使える魔力を有する者が生まれる。その一人が私だ。
稀有な存在である私は公爵令嬢という身分だったこともあり、生まれて間もなく同い年の王太子アジュールの婚約者に選ばれた。物心ついた頃から一緒にいたアジュールとは双子のルイン同様に兄妹のような感覚だったが、成長と共にその思いは恋心に変化していった。
彼は華やかな見た目に加え、文武両道で将来の国王に相応しい優秀な王太子と評判だ。ずっと一緒にいすぎて彼が私に抱く気持ちが恋愛感情なのか、家族愛なのかは微妙なところだが、優しく、大切にしてくれているのには違いない。
私たちは一年後、王立学園を卒業すると同時に結婚する。彼との未来のために、やがて彼が治めることになるメーティス王国を護らなければならない、そんな思いでこの三年、魔獣討伐に尽力した。
しかし待望の聖女が現れた今、予定通りに私との婚姻が成されるのだろうか?
「聖女が見つかったんだ、これで我が国は安泰だな」
アジュールはキラキラした笑みを私に向けるが、〝戦わなくていい〟と言われて、心にポッカリ穴が開いたような喪失感に襲われた。
そうか……やはり……聖女がいれば私は必要ないんだ。
* * *
それから一週間、私は邸に引きこもっていた。
ルイン兄様もアジュール殿下の発言には思うところがあったようで、私が部屋から出ずにゴロゴロしていてもなにも言わなかった。両親にも説明してくれたのだろう、様子は見に来てくれるものの、無理に連れ出そうとはしなかった。
私は深く傷付いているのだ。
十四歳から魔獣討伐に加わって三年、貴族令嬢には考えられない過酷な戦場で魔獣の返り血を浴びながら戦ってきた日々が虚しく感じられた。多くの人の命を救ったことには違いないし、周辺領民の生活を護ってきたと誇りに思ってもいいはずだ。でも……。
王都は新たな聖女の誕生に湧いている。そして王太子との結婚を望む声も上がっているらしいとルイン兄様は顔を歪めた。
「まったく、神官長が聖女と認めたと言っても、まだなんの実績もないんだぞ、今までこの国を守ってきた功労者はキオーネなんだぞ」
ルイン兄様とネイトが私の部屋に来ていた。
「私だけじゃないわ、騎士団全員の活躍あってのことよ」
「だがお前は特別だ、この国を護っているのは自分だと言っていいくらい十分な実績はある」
常に私と行動を共にして戦いを見てきたルイン兄様は過大評価してくれる。
「アジュール殿下は討伐に参加したことがないから、過酷さがわからないんだ、キオーネがどれだけ大変な思いをしてきたか知らないんだよ」
「いいや、わかっているからキオーネを戦わせたくなくて、聖女を捜していたんだよ」
ネイトが反論した。ネイトとアジュールは親友と呼べる間柄だ。
「そうなのか? それで見つけた聖女は本当に役に立つのか? 王宮に招かれて殿下にベッタリなんだろ? 仲睦まじい姿が目撃されているともっぱらの噂だ。教会での修業はどうなってるんだ? 先の聖女様は毎日祈りをかかさず、慎ましい生活をされていたぞ」
「田舎者の平民がいきなり王都に連れて来られて戸惑っているようだから、今はここでの生活に慣れてもらうのが先決だと……」
そんな話をしている時、先触れもなくアジュールが来訪したと執事が告げに来た。
貴賓室へ行くとアジュールと聖女フェロニアが並んで座っていた。初めて会った時と同じく二人の距離は近い、婚約者の前でそれは如何なものかと思うくらい近すぎる。
「休養しろとは言ったけど、あれから全く登城しないから心配して来てしまったぞ、お前が一週間も顔を見せないなんて今までなかったじゃないか、どうしたんだ?」
「お言葉に甘えてゆっくり休ませていただいております」
皮肉っぽく慇懃に言いながら、私は許しを得て向かいに座った。
私が二人の距離を不快に思っていることに気付いたのか、アジュールは眉を下げた。
「フェロニアはこの間まで平民だったから、貴族の礼儀作法は知らないし人との距離感も近いんだ。追々教育はしていくからしばらくは無礼を見逃してやってくれ」
そんな言い訳をするくらいなら離れればいいものを、と言うか、礼儀知らずを連れて来るなよ! 思わず心の中で暴言を吐いた。
「まだ疲れは取れないか」
婚約者の前でベタベタするあなたたちを見て疲れがぶり返したわよ。そう言って追い返せればどんなに楽か。
「疲れが取れるまでゆっくり休んでください。後のことは私に任せてキオーネ様はずっとお休みになっていいのですよ、殿下のこともお支えしてみせますから」
ずいぶんと上から目線のフェロニアに私は苛立った。馴れ馴れしく公爵令嬢である私の名前を呼ぶとは失礼な奴。いや、自分が失礼を働いていることすらわからないのか。
「それはどういう意味?」
不快感を露わにする私にフェロニアは意地悪な笑みを浮かべる。横にいるアジュールには彼女がどれほど不遜な微笑みを私に向けているか見えないだろう。彼女は明らかにマウントを取っている。聖女である自分の方が王太子の横に相応しいと誇示しているつもりなのだ。
「フェロニアは治癒魔法も得意だ、俺が怪我をしても治してくれるさ」
アジュールは的外れなフォローをする。フェロニアの言葉の意味をわかっていないのか……そんなはずはない、明敏な彼のことだ、彼女の無礼をあえて許しているのだろう。
「アジュールが怪我をするようなことをする予定があるの?」
「これからは俺がフェロニアと共に討伐隊に加わる」
「えっ? あなたは一度も討伐に出たことないじゃない」
私には同行してくれたことなかった。
「次に魔獣が出現した時はフェロニアが行くことになった。しかし、初陣、一人では心細いと言うので、俺が付き添うことにしたんだ」
たった一人の王子になにかあったら取り返しがつかない。危険な現場に出るなど考えられない。
「聖女様は今、後のことは任せてと言ったばかりじゃない、魔獣を光魔法で倒せるのよね、なぜアジュールが行く必要があるの? 王太子殿下になにかあったら」
「だからそこは任せて下さいって言ってるでしょ! なにかあっても私が治療しますから!」
言葉尻を取られてフェロニアは苛立ちを露わにした。可憐なふりをしているが気が強くてすぐ感情的になるタイプだ。穏やかだった前の聖女様とは大違いだ。
「前提がおかしいわ、怪我をする危険がある場所へ、王太子殿下に付いて来てほしいとと頼む意味がわからない」
「怪我などさせません、私の光魔法で魔獣なんかやっつけちゃいますから」
「では、殿下が行く必要ないでしょ」
フェロニアはいきなり大きな目に涙を浮かべた。
「なんでそんな意地悪を言うのです! アジュール様は心の支えです、キオーネ様のように心の強い方は一人でも大丈夫でしょうけど、私のように弱い人間には支えてくださる方が必要なんです」
見え見えの嘘泣きでしなだれかかるフェロニアを無下に拒絶できないアジュールは困った様子だが拒絶はしない。
「キオーネ、あまり厳しいことを言うなよ、彼女はまだ自分が置かれている立場に戸惑っているんだ、大切な聖女だ、彼女が成長するまで俺は出来る限り力になりたいと思っている」
成長するまで? それはいつまで? その間ずっと彼女の傍にいると言うの?
「そうでございますか、ではそうなさってください。私は聖女様のお言葉に甘えて、ゆっくり休ませていただきます。今後ずっと」
いきなり敬語に変わった私の冷ややかな言葉にアジュールは眉をひそめた。
「ずっと? そろそろ王太子妃教育の続きをしてほしいと思ってるんだけど」
「その必要があるのですか?」
「どう言う意味だ?」
「気分がすぐれませんので下がらせてえいただきます。失礼致します王太子殿下」
私は彼と目を合わせることなく深々と淑女の礼をして退室した。
* * *
私はそれからも邸に引きこもっていた。
それなのに社交界では妙な噂が流れているようだ。私が聖女を蔑ろにしているらしい。たった二回、それも数分しか会っていないのに?
「どうやら聖女自身が触れ回っているようだ。キオーネに酷いことを言われたと涙を浮かべながら訴えているようだ。なんのためにそんなことをしているのか意味がわからん」
ルイン兄様が大きな吐息を漏らした。
「決まっているじゃない、私を排除しようとしているのよ、聖女は王太子妃の座を狙っているのよ」
「バカな、聖女と言っても平民だぞ、王太子妃ひいては王妃の座を狙うなど厚かましいにも程がある。お前と殿下の婚約は王命だ、陛下がそれを覆して国防を一手に担うサリヴァン公爵家の信頼を損なうようなことをするわけないだろ」
「先の聖女様は独身を貫かれたけど、過去には聖女と王太子が結婚した事例があるわ、その時代の国はたいそう繫栄したと歴史書に記録もある。アジュールが必死で聖女を捜していたのは、最初からそんな狙いがあったのかも知れないわ。聖女の存在は国にとって大きいし、彼女は既に国民から支持されているようだし」
実績もないのに短期間で聖女の存在が知れ渡り、人気者になるなんて不自然だし作為を感じる。きっと神官長辺りが担ぎ上げているのだろう。
「アジュールにとって私は聖女が見つかるまでの保険だったのよ」
「それはないだろ、あんなに仲が良かったじゃないか」
「本命が現れたから私はもうお役御免なのよ」
「お前らしくないな、それで大人しく引き下がるのか? 殿下が好きなんじゃないのか?」
「ええ、だからそこ下手に縋れば弱みに付け込んで利用されるだけだわ。聖女を正妃にしたとしても、平民の彼女に公務は無理、私は公務をこなすための側妃に召し上げられる可能性があるわ、そんな屈辱には耐えられない!」
「アジュール殿下がそんなことをするとは思えないけどな」
「心の準備をしておいた方が傷は浅くて済むでしょ。ショックのあまり魔力暴走でも起こしたら止める人はいないんですもの」
そう、私は王都ごと氷漬けにする魔力を持っているのだ。感情を爆発させてはいけない。
「それで王太子妃教育も拒否しているのか」
「公務が出来ない無能なら切り捨てられるでしょ」
加えて人前にも出ない引きこもりならなおのこと。
「私は……なんのために戦ってきたのかしら、アジュールと聖女の仲睦まじい姿を見せつけられるために帰還したんじゃないわ、もう二度とあの人たちを見たくない」
私は涙を堪えるためにキュッと唇を噛んだ。
私が勝気で意地っ張りなことを知っているルイン兄様はそっと部屋を出て行った。私が思う存分に泣けるように……。
それから更に三週間、私は邸に引きこもった。
さすがに部屋からは出て、訛った体を動かしたり、氷魔法の鍛錬はしたが、お茶会、夜会の招待は断った。
何度かアジュールから見舞いたいと先触れがあったが、また聖女と一緒に来られたら不愉快だから頑として断った。
いっそ領地へ引きこもろうかと思っていた。
そんな矢先、魔獣襲来の報告が入った。
* * *
今回の襲来は小規模で魔獣の数も少ないという情報だったため、聖女の実践訓練にはちょうどいいと、フェロニアが第三騎士団と共に向かうことになったらしい。アジュールも同行するそうだ。
私にはもう関係ないことだわ。
「いつまで拗ねているんだ?」
相変わらず引きこもっている私の部屋をネイトが訪ねた。
「アジュールが気にしてたぞ、なにをそんなに怒ってるんだろうって」
「別に怒ってなんかいないわよ」
速やかに身を引いただけ、そして都合よく利用されないように距離を置いただけよ。
「いやいや、魔法の鍛錬に怒りが漏れ出てるぞ。お前の氷槍はなかなか融けないし砕くことも出来ない、庭園の花が冷えて枯れると庭師が嘆いていたぞ」
それは申し訳なかったわ、後で庭師に謝っておきましょう。
「アジュールは本当にわからないと?」
「ああ、お前が誤解しているようなことは全くないからな」
「誤解?」
「聖女との関係だよ」
「あんなにベタネタしていて」
「それは聖女の方が一方的に纏わりついているんだよ」
「でも拒絶してないでしょ、満更でもないんじゃない。今回だって聖女と一緒に行ったんでしょ」
「ああ、聖女に頼まれたから仕方なかったんだよ。今回は初めての魔獣討伐、第三騎士団も優秀だけど危険がないとは言えない。聖女だって光魔法が使えると言っても、見出されて日も浅いし修行も積んでいない、先の聖女様には到底及ばない。ちゃんと魔獣と戦えるか疑わしいぞ」
にわかに不安が湧き上がった。
魔獣の数は少ないと聞いているが、なにが起きるかわからないのが現場だ。ここでアジュールにもしものことがあったら、それこそ私が頑張ってきた三年間が無駄になる。
「私も出るわ」
* * *
転移魔法で現場に到着すると、酷い有様に目を疑った。
情報とは違う。
魔獣の数が多すぎる。後から湧いて出たのだろうか?
こんな状況では騎士たちも王太子に構っている余裕はない、目前に迫る魔獣を倒すのに精一杯だろう。
アジュールはどこ?
彼の姿を見つける前に、見たくもないフェロニアを見つけてしまった。
今まさに、魔獣の牙にかかろうとしていた。
一瞬、喰われてしまえ! と不埒な思いが浮かんだが。
私は人でなしにはなれなかった。
私の手から放たれた氷の槍が魔獣の額に突き刺さり、間一髪でフェロニアを救った。
続けざまに氷槍で周囲の魔獣を一斉射撃した。
氷槍の餌食になった魔獣たちの屍が折り重なる。
「さすがキオーネ様!」
歓声が上がる。
苦戦が一転、優勢に変わる。騎士たちの士気が上がり次々と魔獣を仕留めていった。
地面にへたり込んでいる聖女フェロニアが魔獣の返り血を浴びて汚れた私を愕然と見上げた。
「大丈夫?」
「え、ええ、腰が抜けて立てないだけです」
そこへアジュール様が駆けつけた。
「アジュール様!」
彼の姿を目にすると、立てないはずの聖女があら不思議、スクッと立ち上がってアジュールの元へ向かう。
二人が抱き合う姿など見たくなくて視線を落とした。
すると。
逞しい腕が私の体を包んだ。
えっ?
「キオーネ!」
耳元でアジュールの声。
「怪我をしたのか!?」
魔獣の返り血を浴びている私を悲愴な目で見下ろした。
「だ、大丈夫よ、返り血だから」
「そうか、良かった」
「離れてよ、あなたまで汚れてしまうわ」
「かまわない」
アジュールはそう言ってさらに強く私を抱きしめた。
「それにしてもどういう状況なの? 魔獣の数が情報と違う」
「後から増えたようだ、それで援軍を要請していたところだったんだが」
話をしにくいので放してほしいのだが、なぜかアジュールは私を腕の中に捕らえたままだ。こんなことは初めてなので、私は恥ずかしさで窒息しそうだった。
「やっぱり俺は役立たずだった、サリヴァン公爵が言った通りだったよ」
「お父様が?」
「ああ、俺はずっと討伐隊に加わりたいと言ってたんだ。少しでもお前の力になりたいと思ったんだよ。でも父上と母上に反対され、サリヴァン公爵にもキオーネの足手まといになると言われて泣く泣く諦めたんだ。剣術には自信はあったけど魔獣には通用しなかった。俺の魔力は並で、お前のように強力な攻撃魔法は使えないからな」
「そんな話、初めて聞くんだけど」
聖女のために討伐隊に加わったんじゃなかったの? 私の時も一緒に行きたいと言ってくれていたの?
「断られたなんてカッコ悪くて言えないだろ、お前の父上は王太子相手でも容赦ない物言いをするからな」
お父様に威圧されて縮こまるアジュールの姿が浮かんだ。
「やっぱりお前は凄いよ」
「私は慣れてるから……。フェロニア様には早すぎたのよ、なぜ無理をさせたの」
せっかく見つけた聖女が喰われる寸前だったし。
「実践を積んで早く一人前になってもらおうと思ったんだ」
「そこまで彼女に期待しているのね」
抱きしめる相手を間違えていませんか?
「お前の為じゃないか」
「えっ?」
「お前が強いことは知っている、でも危険な魔獣討伐に身を投じていて、お前になにかあったらと思うと心配で夜も眠れなかった。俺たちは一年後、王立学園を卒業すれば婚姻するんだぞ。お前には世継ぎを産んでもらわなきゃならないし、いつ身籠るかわからない大切な身体を危険に晒すわけにはいかないだろ」
聖女じゃなくて私と婚姻するつもりなの? 世継ぎを産むって……公務をこなす側妃にするのではないの?
「だから聖女を捜した。先の聖女様のように魔獣を退けて結界を張れる聖女が現れれば、お前は戦わなくてすむだろ」
「そ、そうなのですか? 私はキオーネ様を危険な戦場から遠ざけるために連れて来られたんですか?」
話を聞いていたフェロニアが信じられないと言った目を向けた。私も同様、驚きの目でアジュールを見上げた。
「最初からそう言っているだろ。一年だ、フェロニアにはキオーネと私の婚姻までには結界が張れるようになってもらわなければならないから、一刻も早く一人前になってほしくて現場を踏んでもらうと……、ここへ来る前も言ったはずだが」
「聞いていた話と違います!」
フェロニアの顔が情けなく歪んだ。
「アジュール様とキオーネ様の仲は冷え切っているんじゃないんですか? キオーネ様は自分が氷魔法で魔獣退治していることを鼻にかけて偉そうにしているから、殿下は彼女を疎んでいると……。これ以上つけあがらせないために、彼女を討伐隊から外したかったんじゃないんですか? 一年後に婚姻するなんて聞いていません、婚約は破棄されるだろうと」
「キオーネは偉そうになどしていないぞ。誰がそんな偽りを吹き込んだんだ? 婚約破棄なんかするわけないだろ。俺はキオーネを愛している、幼い頃からずっとキオーネだけを」
えっ?
一瞬にして頭の中が真っ白になった。
愛していると言った?
そんな言葉、初めて聞いたんだけど……。
ポカンと口を開けて見上げる私に気付いたアジュール様は、後頭部を大きな手で包んで私の顔を胸に押し付けた。
「そんな目で見るなよ」
彼の心臓が早鐘のように打っているのが伝わった。
「そんな……、神官長様の嘘つき」
フェロニアの涙声が聞こえた。
「聖女になれば王太子殿下のお嫁さんになれると言ったのにぃぃ!」
* * *
フェロニアに偽りを刷り込んだ神官長は、私を婚約者の座から引きずり降ろそうとしていたようだ。先代の聖女様が逝去されてから弱まった教会の力を元に戻すため、フェロニアに王太子を誘惑させて、王太子妃にして利用しようと目論んでいたようだ。
神官長は更迭され、新しい神官長が就任した。
そしてフェロニアは。
「おかしいと思ったんですよ、ちょっと光魔法が使えるからと、いきなり王太子妃になれるなんて言われて、そんな訳ないのに……。私ってほんとバカですよね。調子に乗って死にかけちゃいました。キオーネ様に助けていただかなかったら今頃ここにはいないです」
ただ単純で素直な子だった。
「これからどうするの?」
「せっかく備わっている力を無駄にするわけにはいきません。キオーネ様をはじめ騎士団の方々が私たち国民を、命を懸けて魔獣から護ってくださっていることがよくわかりました。私でもお役に立てるのなら、光魔法で魔獣を退けて結界を張れる力を付けられるように修業に励みます」
そして、案外イイ子だった。
彼女は教会で修行に励むようになった。
彼女なら先の聖女のように立派な聖女になれる……かも知れない。
アジュールは私がフェロニアとの関係を誤解していたと知り、酷くショックを受けた。『幼い頃からずっと傍にいて、心が通じ合っていると信じていたのに』と彼は嘆いた。
そうね、信じ切れずにヤキモチを妬いてしまった私が幼稚だったのね。
でも彼は私を責めることはせずに、自分の態度に問題があって不安にさせてしまったのだと、私への気持ちをストレートに伝えるようになった。
そして一目も憚らずに抱きしめる。兄様の前でも気にしないので、生温かい目で見られて恥ずかしい。
〝アジュール殿下のキャラが変わった〟と周囲からは驚かれているようだ。
「来年の結婚式が待ち遠しい」
私を抱きしめながらアジュールは耳元で囁く、突然の甘々になった彼に私は嬉しいけどまだ慣れない。
しかし、大きな問題があることに気付いていた。
「王立学園を卒業できなかったら、結婚式は延期になるのよね」
「えっ?」
「だって、立て続けに討伐に出たり、一カ月以上邸に引きこもったりしていて碌に出席していないし、課題も提出していないのよね。この先もまだ討伐隊に加わるだろうし、留年するかも」
フェロニアが真の聖女になって結界が張れるようになるまでは、魔獣の襲撃を食い止めるのは討伐隊の責務、その中には私も含まれる。
「それは困る、二年も待てないぞ!」
おしまい
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