表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第七話 風間家の病人(一)

来客は諏訪一族、風間家当主清継の妻だった

彼女は病床に伏す嫁を診てほしいと真貴に頼む

 真貴がムメを伴い部屋に入り座ると、女性と従者が頭を下げた。高い身分の人に先に頭を下げられ、真貴は少し驚きながらも急いで頭を下げた。


 女性が丁寧な口調で話しはじめた。

「龍神の巫女様、私は諏訪一族、風間家当主清継の妻、静子と申します。是非、お力をお貸しいただきたく、お待ちしていました」


 静子が続けた。

「当家嫡男清光には、昨年、京の大江家より迎えた妻がおります。経子と申しますが、この子が病を得て、日に日に衰え、この夏に入ってからは立つことすら難しくなっております。我らも手を尽くし加持祈祷はもちろん、京より薬師を呼び、診せましたが、良くなる気配がありません」


 静子は真貴に向かい手を付いた。

「そこへ佐閑の里に龍神の巫女様が顕れ、赤斑瘡を見事に祓われたとの知らせを得ました。そして今朝、その巫女様が神宮寺に来られていると聞き、急ぎ参りました。どうか、どうか、経子の病をお祓いください。伏してお頼みいたします」


 真貴は佐閑の里の出来事が、諏訪の支配階級にまで広まっていることに驚いた。それと同時に困惑していた。経子が徐々に衰弱しているというだけでは診断はできない。診たうえで手の尽くしようがないと言うのは難しい。ただ目の前の婦人の願いをむげにはできない。真貴は頭を整理しながら答えた。


「恐れながら、私の力は限られたものです。すべての病を祓うことなどできません。私の力が及ばないときはお許しいただけますか?」

「もちろんでございます」


 真貴は問診を試みることにした。まず頭に浮かべたのは結核である。

「経子様には、長く続く咳はおありでしょうか?」

「いいえ、ただただ体の力が失せ、食も進まず、このところは足のしびれやむくみが出て、じっとしていても動悸、息切れがするありさまです」


 症状を聞いて、真貴は病名を思いあたった。おそらく脚気である。しかし、病名を確定するにはいくつか直接確かめなくてはならないことがある。

「では、お屋敷に参り、経子様のご様子を直におうかがいさせていただきたく存じます」


 静子の顔が輝いた。

「早速に」

 真貴は傍らのムメを見て言った。

「この子は私の弟子で祓いの手助けをさせております。一緒に参ってもいいでしょうか?」

「もちろんです」


 風間の屋敷は寺から半里ほどのところにあった。漆喰壁が連なり、立派な門が設けてある。真貴はムメを伴い、静子に従って屋敷に入った。


 母屋の奥の部屋に案内されると、帳台ちょうだいがあった。

「経子殿、お加減はいかがでしょうか?巫女様をお連れしましたよ」

 静子が声をかけ、とばりをめくった。

 しとねにはふすまをかけられた十代後半の年頃の少女が横たわっていた。少女は瘦せており、ようやく開いた目に力がなかった。


 真貴は静子の後ろに座り、礼をした。

「佐閑の里の巫女、マキにございます。ふつつかながら、病を診させていただきます」


 真貴は静子に頼んだ。

「鉢にきれいな水を入れてお持ちください。それと晒を一枚。脈をとらせていただく前に、手を清めたくお願いします」


 静子が部屋の外に向かい指示を出した。すぐに水と晒が運ばれてきた。真貴は手を洗い、経子の脈をとった。予想通り弱くて速い。ただ幸いなことに脈飛びは現れていなかった。


「お顔の色を見せていただきたいので、帳を少し上げてよろしいでしょうか?」

 経子が小さくうなずいたので、真貴は帳をあげた。

 血色は良くなかった。ひどく痩せて白い肌は潤いをなくしていた。


「目を見せてください」

 真貴はまぶたの裏の粘膜(眼瞼結膜)を見た。白さが目立っていた。

「次はおみ足をみせていただきます」

 経子の足首には軽い浮腫が見られた。押すと、じんわりと指の跡が残る。 足首の裏を指で軽く叩いて反応を見た。ぴくりとも動かない。

「……やはり」

 真貴は経子を茵に戻し、帳を下ろした。


「おそれいりますが、経子様の食事を用意している方々から、お話をうかがうことはできますか?」

「もしかして……毒……」

「いえいえ、どのようなものを召し上がられてきたか、どのくらい召し上がられているかをお聞きしたいのです」

「わかりました」


 真貴は膳部に案内された。経子の食事を用意している使用人に真貴が尋ねると、悲しそうに答えた。

「経子様は半年ほど前、咳逆しわぶきやみ(インフルエンザ)を患われました。胃の腑の具合がすぐれず、おなかが痛いことも度々でした。それ以降は、丁寧に搗いた米でおつくりしたお粥を好まれております。ただ三月ほど前から、しだいに食が細くなり、私たちは何をお出しすれば召し上がっていただけるのかわからず途方に暮れています」


 経子を診終えた真貴とムメは屋敷の別室に案内された。

 静子が深刻な顔で座っていた。真貴は静子に向かい合って座り、小さく頭を下げた。

「経子様のご様子、診させていただきました。静子様のおおせられました通り、お弱りになっていることは確かです。このままではお命にかかわることも考えらます」

「巫女様のお力でも病は祓えぬと……」


 真貴は脚気を説明することも考えたが、今は、治療にかかるのを急ぎたかった。

「経子様のお命をお助けするために、ご用意していただきたいものがございます」


 静子は深くうなずき覚悟した。先月、京から招いた薬師からは高麗人参を一斤用意せよと言われた。帝でさえ手に入れることができない霊薬だった。どんな難しい要求になるのかと、奥歯を噛んで真貴の言葉を待った。


「まずは、きれいな桑の葉と柿の葉を、それぞれ負い籠いっぱいに用意してください」


 桑も柿も、信濃の山ではありふれたものである。指示されたものの意外さに、静子はしばらく言葉が出なかった。


「桑の葉と柿の葉……」

「はい、これで煎じ薬を作ります」


 静子は目を見開き、大きくうなずき、立ち上がり部屋の外に声をかけた。

「誰かあるっ」

 静子の声に驚き、数名の家臣が駆けてきた。静子が命令した。

「すぐに山に行き、桑の葉と柿の葉とを、それぞれ負い籠いっぱい摘んでまいれ。きれいな葉であるぞっ」


 家臣たちが籠を背負い屋敷から駆けだした。

 それを見送った真貴は、さらに静子に頼み木簡を用意させた。真貴は、経子の食事の改善のための食材を木簡に書き記し、調達を依頼した。


 日が傾きだしたころ、汗と泥にまみれた家臣が戻ってきた。二つの負い籠、それぞれに桑の葉と柿の葉が盛られていた。


 真貴は負い籠を膳部に運ばせた。膳部の係りの者たちに煎じ薬を作った経験を尋ねると、一人の年かさの女性が名乗り出た。真貴は、女性に手順を確認し、すぐに取り掛からせた。


 真貴は経子の食事の支度にも取り掛かった。静子に依頼した食材のうち、急ぎで指定した稗、粟と蓬はすでに用意されていた。真貴は稗、粟を石臼で引き、細かくしたうえで米粥に加えた。さらに、軟らかく煮た蓬も加えて、塩で味を調え、生姜で香りをつけた。


 夕刻が近くなった。真貴は冷ませておいた煎じ薬を椀に半分ほどとって、経子に自らの手で飲ませた。経子はゆっくり少しずつ、薬を飲みほした。


 投薬から半刻ほどして、真貴が経子起き上がらせて支え、ムメが給餌して、蓬粥を経子に与えた。時間をかけて経子は椀の半分ほどの粥を何とか食べた。静子はその様子を心配そうに見守っていた。


 その日の夜、真貴は投薬による病変を警戒して、ムメと交代で寝ながら、経子の経過観察を続けた。幸いなことに病変は起きなかった。経子は穏やかな寝息で、しっかり朝まで寝た。真貴は時々脈を確認したが、頻脈は次第に落ち着きつつあった。


 朝、真貴は作り置きの煎じ薬を経子に飲ませた。経子は昨夕ほど時間をかけず、薬を飲みほした。


 少し時間をおいて朝食となった。依然として真貴が経子を支え、ムメが給餌したが、強く抱えずとも、経子は姿勢を保てるようになっていた。経子はわずかに残したものの、椀の一杯ほどの粥を食べることができた。


 様子を見に来た静子は、その変化に気付いた。

「……気のせいでしょうか。少し、お顔の色が……」

 真貴は慎重に病状の推移を見ていた。

「良い兆しと存じますが、まだ油断はできません」


 風間家から出された朝食を終えたのち、真貴は膳部に向かい、煎じ薬の追加と昼の粥の配合を指示した。粥は白米の割合を減らし雑穀を増やした。自分たちの体力の回復と温存を図るため、当面の見守りは家人に任せ、ムメとともに短い休息を取った。


 昼前、真貴は煎じ薬を経子に飲ませた。経子は自ら椀を持ち、ゆっくりと薬を口に運んだ。昼食の粥も、ムメの助けを借りながら自ら匙を使い、時間をかけて食べた。やがて小さく呟いた。

「……美味しい……」

 静子はその様子を見つめ、病が確実に退き始めていることを悟った。


 経子の昼食を終えたのち、真貴は静子に退出を申し出た。御射山社祭に参加していた小太郎が神宮寺に戻ってくる時間が近づいていたからである。すでに経子の病状は回復に向かいつつあり、煎じ薬の処方も食事の内容も指示を済ませており、自分でなければできないことは残っていないと考えた。


 静子が慌てて真貴を慰留した。

「なりません、巫女様、なりません。経子の病の回復は、兆しが見えたばかり、これを確かなものにするには巫女様のお力が欠かせません」


 静子は懸命に話を続けた。

「神宮寺には私どもから使いを出します。小太郎様には当家にお出でいただけるようお願いします。私どもの夫も息子も祭りに参じており、夕刻までには戻ります。巫女様に、今、何の御礼もなく去られましたら、私は夫にも息子にもきつく責められます。どうか、お留まりください」


 真貴は小太郎と合流後は、神宮寺にもう一泊した翌朝、発つつもりだったので、静子の要請を受け入れることにした。


経子の回復の兆しが見えた

真貴は静子の要請で当主とその息子と合うことになる

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ