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第六話 御射山社祭(はらやまさま)

立春から数えて二百十日目、諏訪大社では御射山社祭はらやまさまが行われる。

真貴と小太郎はムメも伴い祭りに行く。

 立春から数えて二百十日目、新暦でいえば九月一日ごろ、諏訪大社では御射山社祭はらやまさまが行われる。この祭りは猟師の祭りである。国常立命(くにとこたちのみこと)諏訪大神(すわおおみかみ)の二柱をお迎えし、芒で囲った穂屋(ほや)を造り、大祝・神長官をはじめ多くの神官や武士がこれに籠もり、捕らえた獲物を神に供えて豊猟を祈る。小太郎は佐閑の里の武者として祭りに参加する。参加は今年で四年目になる。最初の二年は師の城資柾に従って参加した。


 真貴は小太郎とともに祭りに合わせ諏訪に赴くことにした。女人は大社の祭りには参加できないが、祭りの時には市が立つので、物々交換で、村では手に入らないものを入手できる可能性があった。佐閑の里から諏訪までは、麦草峠むぎくさのたうげの道を辿る。徒歩であれば二日かかる。ムメは寺に預けていくつもりだったが、不安な顔で真貴に縋りついてきたので、ムメも連れていくことにした。


 真貴は巫女の衣装を着ていくことにした。巫女と認知されれば、物々交換がやりやすくなると考えたからである。小太郎は父の直垂を着て烏帽子をかぶり、太刀を佩き、弓矢を持った。


 三人は、秋の気配の漂い始めた村を後にした。村人の手を借りて湖を小舟で渡り、西の八ヶ岳へと向かう。山裾には一面のススキ原が広がり、出そろった穂が晩夏の風にそよいでいた。やがて山道にかかると、道はいきなり険しさを増した。大小の石がごろごろと積み重なり、真貴と小太郎はムメの手を取り、ときには背に負いながら、峠をめざして登っていった。


 日が西に傾くころ、三人は峠の手前の大石川にたどり着いた。水の音が絶えず響き、もみじの滝の飛沫が霧となって漂っていた。小太郎が想定していた野営地である。

 小太郎が枯れ枝を集め、真貴は火を起こした。炎が水面に揺れ、ムメの頬を淡く染めた。夜気はすでに冷たく、三人は肩を寄せ合って空を仰いだ。星々は、森の闇にいっそう近く見えた。


 翌日、三人は峠を越えた。麦草峠は鬱蒼とした森の中にあり、峠あたりは傾斜が緩やかなので、峠を越したか否かが判然としないうちに、いつしか下り坂になっていた。午後遅く、諏訪盆地に入った。森が林になり畑が見えてきた。空気の匂いが佐閑とは違っていた。どこからか笛と太鼓の音が響いてくる。諏訪の祭の始まりを告げる音のようだった。


 諏訪の町に入るころには、すでに日が傾いていた。


 祭礼の賑わいで人が溢れるなか、三人は大社の東側にある諏訪神宮寺に向かった。

寺に着くと対応に出た若い僧に、真貴は、妙泉寺の良真和尚から託された宛先が「諏訪神宮寺、別当円範」となっている木簡を懐から取り出し渡した。若い僧はいったん奥に引っ込み、すぐに高位の僧とともに現れた。高位の僧が挨拶した。 


「佐閑の里の小太郎殿、マキ殿、いや龍神の巫女殿。赤斑瘡を祓われた話はうかがっておりますぞ。ようこそお出でくだされた。住職の円範です。どうぞ、今宵は当寺にお泊まりくださいませ」


 三人は旅の塵を落とし、ゆっくりと静かな一夜を迎えることになった。


 寺の朝は早い。夜が明けるころには読経の声が響く。真貴たちも早起きをした。小太郎は神事へ、真貴は市へ向かう準備をする間もなく、食事に案内された。粥に漬物と焼き塩という寺らしい朝餉だった。


 小太郎が参加する神事は午前中から始まり、穂屋(ほや)にこもって夜を明かす。終わるのは翌日の昼を過ぎになる。真貴は市で、持参した薬草と交換で、村で手に入らないものを入手するつもりでいた。


 小太郎と別れ、ムメとともに真貴は市に向かった。

 市は盛況だった。衣類、陶器、金物、木や竹の細工物、各種食品が並び大きな声で客引きが行われている。大道芸も見られた。真貴は農産物を探して歩き回った。目当ては油脂を得るための胡麻と菜の花、それと礼司に教わった赤毛の種籾である。日本の米にはいくつかの系統がある。赤毛は寒冷地生産に適するうえ食味に優れ、北海道での米作を実現させた。この種籾を真貴は探した。


 胡麻はすぐに見つかった。真貴は種を採って自分の手で生産することを考えていたので、枝に付いたままのもの一束だけを薬草と交換した。菜の花の油は売られていたが、菜の花の実はなかなか見つからなかった。思いあぐねていると、客の前で菜の花の実を搾って油をとるところを見せている店があった。ムメは油を搾る様子に目を丸くし、菜種を指でつまんで転がした。真貴はとっておきの更科升麻の根と手のひら一杯だけの菜種を交換した。種籾は、赤毛はもちろん、ふつうの種籾も売っているところはなかった。


 真貴とムメは昼を過ぎた頃に神宮寺に戻った。神宮寺は少し騒がしかった。貴人が来ているらしく、門前に二人、お供らしい男が控えていた。真貴とムメがそっと宿坊に戻ろうとしていると、若い僧が気付いて奥に大きく声をかけた。

「巫女様が戻られました」


 何事かと真貴がいぶかしがっていると、住職の円範が急いで現れた。

「龍神の巫女殿、お客様がお待ちです。こちらにお願いします」

 ムメが一人にされると思い、真貴の袖を掴んで見上げた。

「弟子を同席させてもいいでしょうか?」

「はい、けっこうです」


 円範は本堂の脇にある部屋に真貴とムメを案内した。

 部屋には壺装束を着て市女笠を傍らに置いた四十歳くらいの女性と、背後に、その従者らしき年配の男性が座っていた。


神宮寺に戻った真貴を、貴婦人が待っていた。

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