第五十話 晩夏
風間家にとって辛い夏が終わりつつある
橘正季は佐閑で一晩を過ごした後、翌日は海尻を経て、小渕にて寺に泊まった。その翌日、昼頃には諏訪に着き、風間の屋敷を訪ねた。
広間で当主の風間清継と嫡男の清光とが、正季を迎えた。
「清継殿、伊勢神宮領に参り、先日の襲撃加担者の追捕に協力を求める書状を渡してまいりました。荘官は本領に諮り返事をするとのことです。報告が遅くなり申し訳ありません」
「それは、お疲れでありました。当家のことで、お手を煩わせ、申し訳ありません」
三人とも、この申し入れに、答えが来ないであろうことはわかっていた。言葉が途絶え、つくつくほうしの声音が広間に響いた。
「清光、あとは任せる。わしはいささか暑気あたりのようなので、下がらせてもらう」
清継は辛そうに立ち上がり、広間を出て行った。
その足音が聞こえなくなったところで、清光が言った。
「父は、先般の襲撃のことと叔父の出家のことで、かなり参っています」
「無理からぬことです」
再び言葉が途絶えた。正季が話題を変えた。
「伊勢神宮領に参った後、上田、諸を廻り、佐閑に行き、巫女殿とお会いしました。先日ご相談いただいた米沢兄妹の件について話してきました」
「それで、巫女殿はなんと?」
正季は、真貴が、米沢兄妹の心が今以上に傷つかないことを案じていること、二人の誇りを守るため、真貴が「三月の間、手助けが欲しい」と申し入れるのはどうかという案を出してきたことを、そのままに話した。
清光は大きくうなずいた。
「さすが、巫女殿だ。心の機微まで考えられ、よき策をお出しくださる」
「これから、どう運ばれますか?」
「当家より巫女殿のもとへ使者を遣わします。御射山社祭にお越しの折に、出産が近い妻の経子の様子を診に来ていただきたいと。これは、もともとお願いしようとしていた話です。巫女殿のことですから、我らの意を汲んで、その時に手助けの要請をしてくださるでしょう」
「それは、とてもいいお考えと存じます」
「今年を、辛いだけの年にはしたくありません。巫女殿に診ていただければ、きっと、健やかな子を授かることができると信じています」
翌日、正季は国府で巡察の記録をまとめていた。
目代から、呼び出しがかかった。越後からの使いとの接見への同席を要請された。
正季が接見の間に赴くと、すでに使者は坐していた。まだ三十には届いていないと思われる精悍な顔つきの男だった。正季も座り、挨拶をした。
「信濃国府少掾の橘八郎正季です」
「越後国府少目、平小五郎照芳です」
目代の中原兼経が使者の用向きを説明した。
「平殿は大蜘蛛丸のことについて、話をうかがいたいとのことだ」
「はい。この夏の半ばから、越後の上野との国境に近い村が野盗に襲われております。略奪を行うだけでなく、村人を殺し、女を攫って行きます。たまたま、信濃の飯山の方から来ていたものがおり、骸を見て『大蜘蛛丸の仕業だ』と申しました。聞けば、信濃を荒らしていた一味とのことで、お話をうかがいたく参りました」
兼経が正季に向き直って言った。
「飯山、長野あたりの野盗の追捕に参ったのは、その方であったな。平殿に話をされよ。わしは詳しいことは分からぬので、後はその方に任す」
兼経は接見の間から出て行った。
正季は照芳に向き直った。
「どのようなことをお知りになりたいのでしょうか?」
「できるだけ詳しく奴の手口を知りたいです。野盗には、各々、手口に癖があろうかと思います。それを明らかにできれば、いくらかでも打つ手が見えようかと考えております」
「承知しました。少しお待ちください。これまで書き留めたものを持って参ります」
正季は記録を見ながら、記憶をたどり、照芳に大蜘蛛丸の襲撃と思える事案についての説明を行った。照芳は熱心に聞き取り、時折、質問を返してきた。正季も照芳に、大蜘蛛丸の越後での動きについて質問した。
正季は、初めて、大蜘蛛丸の対策を語る相手を得た。
二人で話し合ってみると大蜘蛛丸がことを起こすのは、新月か月が早く沈む日の夜更け過ぎで、雨の落ちていない晩であることが分かってきた。さらに、襲撃の手際の良さと逃げ足を考えると、予め下調べをしているであろうことも見えてきた。
大蜘蛛丸への備えとして、正季は佐閑の里で行われている事例を紹介した。狼煙による村落の緊急連絡網、呼子を用いた村民による不審者監視、犬による警戒について語ると照芳は驚いた。
「その佐閑という里の軍配者は、いったいどんな方なのでしょう?老練な武者なのでしょうか?」
「いや、巫女だ」
「なんと……」
照芳は「では、急ぎ国許に戻ります」と告げ退出した。正季が持ち出した記録を片付けていると、目代の兼経が来た。
「越後の少目は戻ったか?」
「はい」
「よかったのう」
「……いかなる意味でしょうか?」
「大蜘蛛丸が越後に移って、よかったと申しておる」
さすがに今回ばかりは、兼経の言葉は予想を越える酷さだと、正季は思った。
正季は、兼経との話を早く終わらせたかった。
「このたびの巡察の報告をしたいのですが」
「なんぞ変わったことでもあったか?」
「野盗に遭った飯山や長野の里からは年貢はとれませぬ。上田や諸の田には凶作の相が出ております」
「またその話か。飯山、長野の郡代には配下の他の村からでも集めて帳尻を合わせろと言ったであろうが。米の収穫までは、まだ二月近くある。凶作の話は早すぎよう」
「しかし、手を早く打てば、いくらかでも良くできます」
「いったい何の手が打てるというのだ?米が不足するなら代納させるまでよ」
「そうなると潰れが出ますぞ」
「やむをえまい。我らは定められたとおりに、ことを運ぶまでじゃ。そうだ、佐閑はどうなった?春先に、苗を抜いたとか言ってなかったか?」
「佐閑はなんとか納められそうとのことです」
「ふん。春先の言い草は、何とか年貢を免れようとした策ではなかったのか?年貢さえ納められるなら、まあ、いいがな」
正季が調べたところによると、十一年前の凶作の時には、不足した年貢を橘家が補填していた。被害が少なかった里については、代納をさせてはいたが、倍率を抑えていた。
国司だった父、橘広房が橘一族の当主であり、全国にいくつかの私領を持ち、蓄えもあるからこそできたことである。目代の兼経が、かような策を国司・源重時に進言するとは思えなかった。正季は打てる手を考えあぐねていた。
正季が佐閑の里を訪れてから十日ほど経った頃、諏訪の風間家からの使者が真貴を訪ねてきた。差し出された書状には、風間家は不幸事があったので参加は叶わぬが、御射山社祭にお出での際には、出産が近い妻の経子を診てほしいと記されていた。
真貴は筆を執り、
処暑が過ぎ、空が高くなってきた。山里には秋の気配が漂い始めた。
真貴は風間家の経子を診る件と傷ついた兄妹を加勢として受け入れる件を風間家に伝えた




