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第四話 佐閑の里

真貴は赤斑瘡の病魔を祓った

真貴はムメとともに小太郎の住まいに身を寄せる


 村の赤斑瘡の病魔を祓った真貴を、村の人々は驚異の目で見ていた。治療だけでなく、小太郎の弓を引いて贄の雉を狩った話は英雄譚のように語られ始めた。真貴は治療についても狩りについても、できるだけ発言を避けるよう気を付けていた。


 真貴はムメを伴い、かつての住まいである小太郎の住む小屋に身を置くことにした。真貴は赤斑瘡対処の間、寺に預けていた太刀や篠笛などを引き取った。その際に和尚から布の包みを渡された。

「マキよ、その包みは亡くなったムメの母親が携えていたものだ。ムメに返しておくれ」

「はい、お預かりします」

 真貴が手にした包みは、見かけよりいくぶん重かった。


 体が癒えた小太郎は、真貴とムメを迎え、深く頭を下げて感謝の意を述べた。

「姉上、ありがとうございました。ムメ殿、姉上の手伝い、ありがとうございました。私を含め、五人の命が救われました。何もない所ですが、どうか、ここで気兼ねなくお過ごしください」

「小太郎、そんなに改まらなくていいんです。私も、あなたと一緒に過ごせるようになって嬉しいです」


 真貴は不安そうな顔で自分に身を寄せるムメを見て小太郎に問うた。

「村人の多くが、この子の母親が村に赤斑瘡を持ち込んだと怒っていました。小太郎にはわだかまりはないのですか?」

 小太郎はしばらくムメを見た。小さく頭を振り、答えた。

「ムメの母親は自分が病魔に侵されているとも、この村に災厄をもたらすことになるとも、まるで考えてなかったと思います。私自身、ムメの母親を葬ってから十日以上たっていきなり発熱しました。残されたムメが哀れなだけです。私は、父母を失い、姉上が龍神様の許に行かれ、一人になった時のことを思い出します」


 真貴は小太郎の言葉に胸が痛んだ。同時に、やさしく、正しく育った弟が愛おしかった。

「小太郎には申し訳ないことをしました。許しておくれ」

「許すも許さぬも、こうしてお戻りいただき、命を助けてくれたではありませんか」

「では、小太郎。ムメも一緒でいいのですね」

「もちろんです」

 不安そうだったムメの表情が緩んだ。真貴はムメの肩を抱きしめた。


 急に、小太郎が顔を引き締め、手をついて頭を下げた。

「姉上、お許しいただきたいことがあります」

「どうしたのです、いきなり?」

「申し訳ありません、叔父上の太刀を手放してしまいました」


 真貴は七つから一人で生きなくてならなかった弟を思いやった。

「それはやむを得ないことです。あなたが生きて行くために必要だったのでしょう」

「はい、二年前に弓と交換しました」


「この弓とですか?」

「そうです。私は十二から弓を始めました。寺に片隅あった古い弓で、一人で練習をしていましたが、四年前に城資柾という御方が村に来られました。資柾殿は平氏の一族と言われていました。弓の名人で、二年間村に留まられ、狩りをして過ごされましたが、私を弟子にしてくれました。資柾殿は二張の弓を携えておられました。資柾殿が村を出られるとき、その一張をお譲りいただけるよう私は強く願い出ました。その際に、叔父の太刀を差し出しました」


 真貴は小太郎が懸命に生きてきたことが切なかった。

「小太郎、私はあなたを責めたりはしません。よくぞ懸命に技を磨いたと褒めます」

「ありがとうございます。姉上の許しが出てほっとしました」


「小太郎、剣は、どなたかに教えていただきましたか?」

 小太郎は目を伏せた。

「いいえ、どなたからも。この村には太刀を持つものは私一人で、大変心細く思っていました」

「わかりました。では、これからは私と一緒に剣の修業をしましょう」

「姉上、剣をお使いになれるのですか?」

「ええ、龍神様のもとで手ほどきを受けました。少しやってみましょう。木剣はありますか?」


 幸い二振りの木剣があった。真貴は小屋の外に出て、それぞれを振ってみて、軽い方を小太郎に持たせた。ムメは小屋の戸口から二人を見ていた。

「私は贄に立つ前に、父上から剣の持ち方、振り方の基本を教わりました。小太郎に、その機会がなかったことは残念ですが、私が父に代わり教えます。その木剣を持ち、私の横にならんでください」


 小太郎は姉の横に並んだ。

「まず私がやります。よく見て動きを写し取ってください」

「はい、姉上」

 真貴の中段からの素振りが始まった。その動きは優雅で力強かった。小太郎はぎこちないながらも懸命に素振りを始めた。


 初めての稽古が終わった後、小屋の中にはいり、真貴は小太郎に言った。

「剣の道は毎日の積み重ねが大事です。急がなくてもいい。少しずつ強くなりなさい」

「はい、心掛けます」


「ひとつ、あなたにだけ伝えたいことがあります」

 ムメが席をはずそうとした。

「ムメ、あなたのことは信じています。一緒に聞いてください。ただ、必ず秘密にしてください」

 ムメは座り直し、大きくうなずいた。


 真貴は、刀袋を手にし、口を縛っている紐をほどいた。

「小太郎、この太刀は龍神様に預かったものです」

 刀袋から出てきたのは漆黒の拵えの太刀で、龍が水晶玉を抱く金色の飾りが結わえ付けられていた。真貴は左手に鞘を握り、右手で柄をもって太刀を抜いた。一点の曇りもない黄金色の刃が現れた。二人はその威容に息を呑んだ。

「これは魔を祓う太刀です。常ならぬものと戦うときのためにお預かりしています。手にすることはもちろん、他の人に、ここにあることを漏らしてはいけません」

 二人は大きくうなずいた。


 真貴は太刀をしまい、和尚に預かったムメの母親の包みを手にした。

「ムメ、これはあなたの母上が持っていた荷ですね?ほどいていいですか?」

 ムメは不安そうな顔で、ちいさくうなずいた。

 真貴は包みをほどいた。中からきれいな衣服が出てきた。さらには、棒状のものを包んだ錦の袋と美しい匂い袋まで出てきた。庶民が持てるようなものではないことは確かだった。


「ムメ、あなたはいったいどこの……?」

 ムメはしばらく真貴を見つめたが、視線を落とし、かぶりを振った。膝の上に置いた手に、涙の粒が落ちた。

 真貴はうなずいて包みを結びなおした。

「わかりました。今は言えないことがあるのですね。大丈夫です。これも秘密にしましょう。お話したくなったら、聞きますから」

 ムメはうなずき、真貴に抱きついてきた。


 小太郎は村の人々の助けを借りながら畑で麦を育てていた。この年、麦は順調に育ち、刈入れの時期が近かった。真貴は小太郎を手伝いながら、梅雨が始まる前の村の周りの山々や湖岸、河原を回り、役に立つ植物を探し始めた。ムメはいつも真貴に付き従っていた。


 まず見つけることができたのがスズメノエンドウだった。すでに花が終わり実が付き始めていた。スズメノエンドウは小さな莢に二粒の種が入った実をつけるが、成熟するとすぐにはじけ地面に落ちる。真貴は根気よくはじける前の実を集めた。

 薬草にするタンポポ、ツユクサ、ドクダミは簡単に見つけることができた。真貴はツユクサ、ドクダミの苗を持ち帰り、小太郎の小屋の周りに植えた。


 農学者の礼司から特に大事だと教えられた薬草のうち、葛はすぐに見つかったが、芍薬は山に入ってようやく見つけることができた。升麻も山で見つけることができた。ただ黄花蒿は見つけることができなかった。

 次に大事とされたのは金銀花スイカズラ、蝉退(セミの抜け殻)、紫根(ムラサキ)荊芥ハッカだったが、季節前の蝉退以外は比較的容易に見つけることができた。これら以外にも、冬の感冒に備え、鎮咳効果のある車前草オオバコ鼠麹草ハハコグサや消炎効果がある繁縷ハコベなどを探して採取した。


 真貴はこれらを、煎じることができるように乾燥させて、紐で括り、束にして木札に名前を書き込み保管していった。体調をこわす者が増えるのは寒くなってからであるが、その時期は薬草の多くは葉を落としており、入手できなくなるからである。


 ムメは習得力に優れていた。真貴が一、二度採取したものはすぐに覚え、ムメが新たに発見することも増え、さらに採取した薬草を乾して束ねる作業の役に立つようになった。


 もうひとつ真貴が始めたのが、寺で小さな子ども向けに蓬や滑莧すべりひゆの汁を出すことだった。幸い、今年の村の食糧事情は逼迫していなかったが、さほど余裕があるわけではない。一日朝晩二食で、朝も晩も雑穀の粥というのが普通だった。子どもの成長や免疫力維持には明らかに野菜もタンパク質も足らない。


 野草の汁によってビタミン補給は多少改善するが、真貴は子どもたちにタンパク質を摂らせたかった。ただ、毎日のように狩りに出るわけにはいかず、川で魚を捕まえるのも容易ではない。そこで籠をもって川に入り川岸を探っていくと、川カニや小蝦が獲れることが分かった。さらに、水辺の草むらには、蛙がたくさんいることに真貴は気がついた。捕まえて調理してみた。蛙の食べられるところは後ろ足のあたりだけでほんの少しだったが、魚肉に似て美味しかった。川カニや小蝦は雨で川が増水すると獲ることができなかったが、蛙は雨でも簡単に捕まえられた。真貴は、少しずつ汁にタンパク質やカルシウムを増やすことができ、汁の味もこれらによって大幅に改善した。


 寺はもともと村のコミュニティセンターの役割を担っており、村の子どもたちのたまり場のひとつだったが、真貴の汁を目当てに寺に集まる子どもは増えていった。子どもたちにとって、出汁の効いた汁の味は特別のものであることは表情を見ているだけで分かった。少し年上の子どもは川での漁や蛙獲りにも加わるようになり、真貴の給食は静かに定着し始めた。


 村人のムメを見る目が少しずつ変わってきた。

 当初は母親が村に赤斑瘡を持ち込んだと多くの村人が怒りをムメに向けていたが、「この子には何の罪も穢れもない」と真貴が宣言し、看護助手として目覚ましい働きをしたことが分かると、怒りは次第に収まった。


 さらにムメが真貴に付いて野山を回り、寺での活動の手助けをしている姿を見ているうちに、ムメは龍神の巫女の従者になったとの認識が定着し、親しくしようとはしないものの、村から排除しようとは思わなくなってきた。


 梅雨が終わるころ、村は真貴、ムメという住人を受け入れ、新しい生活が静かに営まれだした。


 夜になると星明りしかない村の茂みには、無数の蛍が飛び交っていた。


真貴、小太郎、そしてムメの佐閑の里での暮らしがはじまった

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