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第四十六話 暴発(二)

正季は襲撃現場に着いた 多くの死体が転がっている

 視界に入る範囲で十体以上の死体が転がっている。動けなくなり、座り込んでいる者、這っている者もいる。あちこちに血だまりがあり、腕や臓腑が散らばっている。武者や下働きの者も倒れているが、多くは流民である。

 血の臭いと饐えた体臭が混じる。川のせせらぎの音に交じりうめき声が聞こえる。蠅も飛び交っている。


 野盗の被害に遭った村をいくつも見て来た正季だったが、それとはまた違う種類の修羅場だった。


 修羅場の奥から馬に乗り、薙刀を携えた髭面の男が現れた。殺気はしない。

 正季は大声で名乗った。

「国府の橘である。名乗られよ」

「それがしは長和の里の半田でござる」

「そなたか、狼煙を上げたのは」

「左様、今朝、流民を見たという里の者が何人かいたので、馬で見回りをしていたところ、血まみれの男と出くわした。話を聞き、すぐに、狼煙を上げ、ここに参ったが、もうこの様だった」

「この先は、どうなっている?」

「同じような様子だ。死体が転がっており、死にかけた者が呻いている」

「流民以外の女は見なかったか?これは輿入れ行列だ。花嫁や付き添いの女がいるはずなのだが」

「いや、気付かなかった」

「そうか……済まぬが、貴殿は里に戻り、人手を連れて来てはくれぬか?まだ、息のある者を助けたい。私は、もうすぐ来る後続の者と一緒に、このあたりを探索する」

「分かり申した。重々お気を付けを」


 真貴と秀柾は神社の武者たちとともに、橘正季を追って依田川沿いに出た。村人が集まっており、その中に血まみれの風間家の下働きの者がいた。正季が襲撃現場へ先行したと聞いて、皆で、先へと急ぐ。いくらも進まないうちに、馬に乗った長和の里の半田と名乗る武者にあった。聞けば、正季の指示で、人手を集めに里へと急いでいるとのことなので、真貴たちは、正季と合流すべく、そのまま先を急いだ。


 山裾を抜けて最初に死体が散乱している現場に着いたが、そこには正季の姿はなかった。さらに奥に進むと、再び多くの死体が散乱している現場があった。乗り手のない馬が三頭、草を食んでいる。その先で、正季が馬を降り、かがんで誰かと話しているようだった。


 正季は立ち上がって、到着した真貴たちに直った。

「巫女殿、秀柾殿、ご助勢かたじけない」

 真貴は、倒れたままの老武者に近づきかがんだ。

「この方は……?」

「風間家の郎党で丸山殿と申す。花嫁を乗せた馬を引いていたとのこと。先ほどまで話せたが、もう……」


 真貴は立ち上がり周囲を見渡した。

「花嫁と、そのお付きの方が見当たりません」

「そうなのだ、私もそれが気になっている」


 真貴は現場の足跡を追おうとしたが、あまりにも錯綜している。しかし、何人かが川べりまで行っている。よく見ると、丸く加工された、小さな穴あきの石が落ちていた。

「この石は風間家の姫のものではないかと……」


 真貴は川岸あたりにも踏み跡があることに気付いた。川岸には灌木が茂り、川面は一間程度下にある。灌木に折れたようなところがあるのが気になって、足場に気をつけながら降りてみた。


 降りたところで、川に足を入れあたりを見渡していると、三間ほど下流に、石に掴まるように伏せている女性を見つけた。流民ではない。

 真貴は一人で引きあげるのは難しいと判断した。

「秀柾、手を貸してください。たぶん、花嫁のお付きの方を見つけました」


 秀柾が灌木の茂みを駆け下りてきた。そのまま川に腰まで入り、真貴と二人で女性に近づいた。

 真貴は頸動脈で脈を取った。ついで、女性の襟足から手を入れた。脈は乱れて弱いが、体はまだ暖かみがある。秀柾に告げる。

「今なら助けられるかもしれない」

 秀柾が女性を背負った。流れに逆らって数歩進み、岸に上がれる場所へと移動した。 

 岸の上から正季の声が聞こえた。

「誰か見つけたか?」

 真貴が答えた。

「見つけました。おそらく花嫁のお付きの方です」


 正季が上から引っ張り、秀柾が押し上げるようにして女性を岸に上げた。


 女性は左の目じりのあたりが切れ血が流れていた。左のこめかみは紫に腫れあがっている。真貴は女性を仰向きに寝かせ、胸の中央を上から繰り返し押し始めた。


 真貴が、いきなり女性の胸を押し出したのを見て、秀柾と正季は驚いたが、黙って見ていた。

 しばらく押し続けると、女性の顔に変化が現れた。眉間にしわを寄せ、口からはうめき声が漏れた。

 女性は目を開けた。左手で左目を抑えながら言った。

「……ひめさま……姫様は?!」

 

 真貴が声をかけた。

「私は佐閑の里の巫女です。助けに来ました。国府の方も、私の弟もいます」

 女性は繰り返した。

「姫様はっ?!」

「落ち着いてください。姫様は、まだ見つかっていません。何か覚えていませんか?」

「わかりません。私は姫様を守ろうとしました。短刀を叩き落とされ、ここを殴られて……川に落ちたと思います」

「姫様も一緒に落ちましたか?」

「……違うと思います。川に落ちたのは……私一人と思います」


 秀柾と正季は顔を見合わせ、川と反対側の山を見た。

 正季が秀柾に言った。

「一緒に来てくれるか?」

「もちろんです」

 二人は山側に駆けだした。


 孝子は山の藪の方に走った。流民の多くが、背後で、衣装や馬具の飾りや装飾品を奪い合っているようだった。上掛けの衣装は剥ぎ取られたが、その下の白い小袖はまだ無事だった。行く手を塞ごうとしたものがいたので短刀を振り回し、追い払った。


 孝子は藪に走り込んだ。茂っている所を選び膝を落とし、這うように奥へ奥へと逃れた。顔や手足の皮膚が破れ、血が滲んでいた。白い小袖は地と泥で汚れた。

 少し離れたところに倒木が重なり合って倒れているところがあった。その下に潜り込んだ。震えながら身を縮めた。先ほど起こったことが、現実だとは思えなかった。


 かなり時間が経った。もしかしたら、このまま逃げ切れるかもしれないと孝子が思いはじめたとき、流民の男たちらしい声が聞こえ始めた。どうやら、自分を探し回っていると気付いた。今の場所から出て逃げるか、このまま身を潜めるか迷っているうちに、あたりに足音が聞こえてきた。逃げる機会は失われた。


 すぐそばで声がした。

「ここじゃないか?」

「動いてる。白いものが見えるぞ」


 孝子は短刀を握りしめ、決意した。『戦うしかない』。


 慎重に倒木の下から、短刀を構えながら出た。しかし、絶望するしかなかった。三人の男がいた。二人が手にしているのは鎌だったが、一人は太刀を手にしていた。血の臭いと饐えた体臭に加え、男たちの粗い息からは凄まじい口臭が漂ってくる。男たちの表情には異様な興奮が浮かんでいる。


 男たちがじわじわ近づいてくる。孝子は後ずさりしたが、捕まえられるのは時間の問題だった。背が倒木に当たった。孝子は新たな決心をした。


「さがれっ、けだものども!」

 孝子は絶叫した。男たちが一瞬たじろいだ。

 孝子は短刀を逆手に持ち、両手で思い切り自らの胸の上部を突いた。


 正季と秀柾は、孝子が逃れた痕跡を懸命に探していた。 藪を這った跡があった。山の奥に踏み込んだようだった。

 

 ただ、自分らも流民の待ち伏せに遭う恐れもある。正季は左手で太刀の鞘を掴み、秀柾は弓を左手に持ち右手に矢を持ち、いつでも番えられるようにしていた。あたりの気配に気を配りつつ、藪を漕いでいくうちに、右手奥から女性の叫び声が聞こえた。


 二人は全力で声が聞こえた方に走った。


 藪の上の方で動く人影が見えた。

「秀柾、射よっ!」


 正季の指示で、秀柾は射たが、矢の行方は見定められない。二人は雄叫びを上げて、懸命に駆け上がった。


 倒木を背に、白い人影が倒れている。


 慌てて、逃げていく男たちが二人の眼に入った。


「私が追う!そなたは姫を」


 正季が男たちを追って、駆け上っていく。


 秀柾は姫の傍らに膝をついた。姫の両手はしっかりと短刀を握り、短刀の切先は小袖越しに体に刺さっている。白い小袖が、みるみる朱に染まっていく。


「姫さまっ!」


 秀柾は孝子を抱き起した。


 孝子は自らの胸を突いた瞬間、刃を『冷たい』と感じた。失敗したかと思ったが、両手の指の間から血が溢れだしてきた。


 なおも男たちが迫ろうとした瞬間に、間近な斜面に矢が突き立った。男たちが振り返った。雄叫びが聞こえた。男たちが逃げ出すのが分かった。


 孝子は意識が遠くなりつつあった。


 その時、体をがっしりと抱き止められ起こされた。「ひめさま」と自分を呼ぶ声がした。自分を抱いているのが、佐閑の里の秀柾だと分かった。嬉しかった。名を呼ぼうとしたが、声が出なかった。


 孝子は、遠ざかる意識の中で、最後の望みをかなえてくれた諏訪大神に礼を述べた。


秀柾と正季は孝子の救出に向かったが今一歩、間に合わなかった

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