第四十四話 夏越の祓い(二)
生島足島神社の夏越の祓いが始まった 真貴は優雅に舞い、秀柾は射を奉納した
生島足島神社の夏越の祓いは、夜が明けきらぬうちに始まる。
祓式は、伊弉諾尊が黄泉の国から戻ったのちに行った禊祓いに由来すると伝えられている。半年の間に、知らず知らずのうちに身に帯びた罪や穢れを祓い、残る半年を清らかに過ごすための神事である。
神職たちは参進の前に手水をとり、拝揖をしてから、忌竹を立てた祓所へと進む。参列者が居並ぶと、太鼓が打ち鳴らされ、夏越の祓いが始まった。
人々には、人形と切麻が配られる。大祓詞が奏上される中、神職は木綿と麻を祓具として掲げ、かけ声とともにそれを引き裂く。烈布の儀である。
参列者は切麻を左肩、右肩、左肩の順に振りかけ、人形で頭の頂から足先までをなぞる。半年分の罪や穢れを人形に託し、三度息を吹きかけて神職に渡した。
集められた人形と祓具は一つにまとめられ、境内の外へと運び出される。祓いは、静かに、しかし確かに進んでいった。
続いて茅を小さく輪に編んだものが人々に手渡される。素戔嗚尊命が旅の途中でもてなしてくれた蘇民将来に疫病を免れる魔除けとして教えたものが始まりとされている。
最後に、大祓詞の奏上され、一通りの神事は終わり、奉納がはじまる。
社殿に囃子方が揃い、巫女舞の準備が整った。
真貴は前日の準備で、かつて湯多神社で舞った神楽“乙女の舞”を元に舞うことにした。湯多神社では、親友の結衣と二人で鈴と扇をもって舞ったが、今回は一人で、笹を手に舞うことにした。
多くの人々が、噂に高い龍神の巫女を一目見ようと集まっていた。
優雅な真貴の舞に、人々は陶酔した。
集まった観衆の中に、橘正季もいた。正季は上田の郡代から、西側の警備は神社に任せていると聞き、その実態を確認すべく訪れたのだが、奇しくも夏越の祓いの祭事に行き合わせることになった。さらに、神社の関係者から聞くところでは、今日の夕刻には、風間家から輿入れの一行が到着すると聞いて、胸騒ぎがした。
さらにいくつかの奉納と祝詞が奏上されたのち、秀柾の射の奉納が行われた。
的は二十間先に置かれた。一辺が一尺ほどの四角い的である。
秀柾は神殿に額ずいたあと、的に直った。目を閉じ、息を深く吸って整え、弓を引き、放った。
矢は、的のほぼ中央に突き立った。
観衆のどよめきの中、秀柾が礼をして退くと、祝詞が奉じられ、すべての奉納が終わった。
「見事な射であったな」
秀柾は声を掛けられて、正季に気付いた。
「ありがとうございます。お出でになっておられましたか?」
「ああ、祭りに来たわけではなく、野盗対策の見廻りに来たところ、祭りに行き合わせた」
「それは、ご苦労様です」
「まあ、祭りは無事終わりそうで、少し安心したところだ。その方らは、これからどうするのだ?」
「すぐに、佐閑に戻ります。里の守が心配ですし、田畑のこともありますから」
真貴は神職らへの挨拶の後、帰路の用意を整え、秀柾を探していたが、秀柾と正季とが話していることに気付いた。
「これは、橘様。お出でになっていらっしゃいましたか?」
「ああ、秀柾殿とも話していたんだが、野盗対策の件でな……」
突然、人々のどよめきの種類が変わった。大声を上げ、彼方を指さす者がいる。
秀柾は、指差された南の方向に目を凝らした。
「狼煙が上がっている!」
秀柾が思わず叫んだ。
橘正季は馬を停めた場所に駆けだした。南は和田峠に続く街道の方向である。夕刻に到着予定の風間家から輿入れ行列がやってくる道筋である。一刻を争う事態を考えなくてはと思った。
真貴と秀柾は目を合わせた。二人でうなずき、駆けだした正季を追った。
馬を繋いでいる場所まで走ると、正季はすでに駆け出し、神社の武者たちが馬に乗ろうとしていた。二人は、神社の武者たちとともに南に向かった。
奉納まで無事終わったと、真貴も秀柾も、正季もひと安心したその時、狼煙が上がった




