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第四十話 傷顔

男の回想は続く 男は殺した死骸の側で粥を食っていた

 薄明はくめいとなった。東の下野方面の山際がわずかに白んでくる。


 いつものことだが、男は自らの回想に打ちのめされた。朝の眩さには耐えられないと感じ寝床に戻った。眠ればろくなことにならないことは分かっていたが、目を閉じる以外にできそうなことはなかった。


 男は闇の中で鍋の粥を食っていた。五日ぶりに口にする食い物だった。傍らには、半刻ほど前に切り殺した、この小屋の主であろう中年の男女遺体があるが、もはや気にならなかった。

 ひとしきり食べると男は眠くなった。横になり、まどろみかけたとき、小屋に人が入ってきた。


 男は跳ね起き、太刀を手に取った。


 入ってきた男に続き、小ぶりな松明をかざした男が入ってきた。二人の男は、太刀を手にしていた。侵入者の一人が言った。

「おや、先客だな。ほう……まだ若いな」


 もう一人が、背後の遺体に気付いて言った。

「ちゃんと仕事ができるようじゃないか、俺たちに加わるか?」


 虫の羽音がうるさい。刻限は申を過ぎただろうか。汗が首筋を伝い地面に落ちる。


 男は太刀を手に、仲間とともに道を見下ろす藪に潜んでいた。遠目に見つけた上野から信濃に向かう一行が、通り過ぎるのを待っていた。


 一行がやってきた。子ども二人、女が二人、武者が四人だが、一人は薙刀を杖のようにして歩く年寄りで、一人は足を引きずっており、手強そうなのは二人だけだった。七名で襲えばわけもない仕事に思えた。


 一行の前を遮るように、頭ともう一人が飛び出した。二人の武者が太刀を抜いて応戦する。男は声をあげて五人の仲間と一行の背後から切りかかった。


 年寄りが振り返りざまに薙刀を払った。男の仲間の一人の腕が太刀を掴んだまま体から離れ、血しぶきが上がった。足を引きずっていた武者と男の仲間のいま一人が組打ちになっていた。


 武者に組み敷かれた男は首のあたりを切られたようで血が地面に広がりつつある。その仲間を助けようと、仲間の一人が、馬乗りになっている武者の背後から太刀を突き立てる。薙刀の老武者が、その男に切りつけようとするのを、さらに今一人が阻もうと太刀で受け止める。


 初めての修羅場に、男は立ち尽くしていた。


「何やってるんだっ!」


 老武者の薙刀を受け止めた男が叫ぶのを聞いて、男は我に返った。


 雄叫びをあげて、太刀を老武者の脇に突き立てた。


 次の瞬間、薙刀を受け止めていた男が倒れた。背後に、太刀を青眼に構える武者がいた。


 男は老武者から離れ後ずさる。馬乗りになっている武者を背後から襲った男が、青眼の武者に切りかかった。二人は鍔迫り合いになった。男は武者の脇に廻り、太刀を突きだした。手ごたえがあったが、武者は、鍔迫り合いの相手を突き飛ばし、男に向き直った。


 男が慌てて後ずさりしたが、中空から振り下ろされた切先が額から左眼を切り裂くのが分かった。太刀を放り出して、両手で傷口を抑え逃げた。


 男はあてもなく逃げた。


 気が付けば、あたりは何もかも灰色の世界だった。住居らしいものを見つけては押し入ったが、何もない。腐りかけた死体が転がっていることもあった。


 水もまともになかった。井戸の水も濁っていた。それでも飲んだ。


 さまよい歩くうちに、川に出た。流れている水は、いくらかましだった。

 川沿いに遡った。川べりで、草をかじり、川かにを漁った。蛙も食べた。

 

 いつしか力が尽きた。傷の痛みと空腹と混乱とで動けなくなり、倒れた。


 近くで声が聞こえた。肩のあたりを掴まれ、仰向けにされた。


「こいつ、まだ息がありますぜ」

「なんとも、ひどいざまだな」

「放っていきますか?」


 男は「助けてくれ」と言おうとしたが、呻き声しか出なかった。


「片目が潰れているな。面構えが気に入った。拾ってやろう。まだ、悪運があれば生き延びよう」

「お頭も、物好きですなあ」


 気が付くと、土間に敷かれた筵の上だった。

「気が付いたな。食うか?」


 雑穀の粥が入った椀を渡された。直接口をつけた。手で掻きこんだ。

「お前、名は?」

 どう名のろうか迷った。

「……く、くまる」


「なんだ、そりゃ。まあいい。そうだな……くまる、いや、『蜘蛛丸』と呼ぶか?」

 あたりにいた男たちが笑った。


 男は目を覚ました。起き上がり水を飲んだ。食欲はなかったが、昨日来、食べてないことを思い出し、鍋の底に残っていた粥を食べた。


 小屋の外に出た。西の信濃の山々に陽が沈みつつあった。東の下野の山の方からは、満月が昇り始めていた。


「日と月……」


 拾われた野盗団の一員となって数年が過ぎた頃、京から来たという男が新たに加わった。男は文字が読めた。京のことも詳しかった。


 ある日、その男が、蜘蛛丸がいつも短刀を懐に入れているのに気付き、見せてみろ、値踏みしてやると言った。


 蜘蛛丸が渡すと、男は拵えをあらためてから、鞘から抜いた。少し見てから鞘に収めて蜘蛛丸に返した。


「どこで盗ってきたんだ?」


 蜘蛛丸は答えなかった。男は続けた。


「日月紋がはばきに刻まれている。皇家の紋章だ。この短刀の持ち主が男なら帝になれる血を引いている。まあ、気にするな。おそらくは偽物だ」


『母が持っていた短刀に皇家の紋……』


 蜘蛛丸の中で、いろいろなことが繋がった。最も納得のいく説明は、激しい嫌悪と昂奮を引き起こすものだった。


 男が小屋の外に出たことに気付いた配下の者がやって来て跪いた。

「お頭、次はどちらの方面で?」


 男は陽が沈んだ信濃方面の山々を見ながら答えた。

「そうだな……信濃はしばらく止めだ。国府の連中が出張っているかもしれん。越後にするか。下見を出しておけ」

「へい」


 大蜘蛛丸は、先日の長野方面の襲撃を思い出した。

 下見させた配下を案内役に、夜明け前に、村を襲った。在郷の武者の親子が飛び起きてきて、太刀で立ち向かってきたが、薙刀で切り飛ばした。食料と武器を奪った。


 配下が若い女を何人か攫った。村を離れ、少し山に入った所で、嬲りものにした。


 大蜘蛛丸も一人を押さえた。 女は眼を閉じ、あきらめて静かにされるがままになった。 しかし、いざ事に及ぼうとした瞬間、大蜘蛛丸の身体は応えなかった。女が目を開け、自分を見た。 その視線が、嘲りにも哀れみにも見えた。


 胸の奥で、何かが激しく逆巻いた。 


 太刀で女を刺し、溢れ出た血で、女の顔を掴み、目を閉じさせた。



男は女を殺し、その顔を血のついた手で掴んだ

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