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第三話 赤斑瘡(あかもがさ)(二)

★★本作は、第一部「龍神の生贄」 https://ncode.syosetu.com/n2793ln に続く第二部です★★


真貴は病人たちの免疫力を強化するために、自ら、狩りに出かける



 朝になった。真貴は村長を呼んで患者たちの状況を説明し、治療に必要なものを依頼することにした。


「四人の容体は落ち着いてきました。しかしながら、まだまだ安心できる状態ではありません。赤斑瘡の病魔を体から追い出すには、体に力をつけてやらねばなりません」

「どうすれば、よろしいんで……?」

よもぎの柔らかい芽を摘んできてください。粥に入れて食べさせます。それと……」

「それと……?」


 真貴は患者たちの免疫細胞の活性化のために、ベータカロテンとビタミンAが豊富な食材が欲しかった。ベータカロテンは蓬でまかなえる。ビタミンAが豊富な食材は鳥類のレバーだ。真貴は慎重に言葉を選んだ。


「贄が必要です。鶉か雉を龍神様に捧げたいのですが、獲ってくることはできますか?」

 村長は唇をかんで考え込んだ。

「……雉がよくいる場所はわかるのですが、獲るのは難しいです。村で弓が使えるのは小太郎殿だけですので……」

「わかりました。まず蓬をお願いします。小太郎の住まいはどこでしょうか?」

「はい、以前、お父上、お母上がご一緒だったときのお住まいです」


 明るくなって、小太郎が目覚めると、小太郎が葬ってやった女の娘、ムメが椀にぬるい塩湯を持ってきた。ムメが心細げな笑顔を見せた。小太郎が見るムメの初めての笑顔だった。少女は患者の間を回り、塩湯を飲ませていた。やがて、小屋の外から声がして、ムメはいったん外に出た。やがて、雑穀粥の入った器と箸を持って戻ってきた。ムメは何度も小屋の外と往復し、患者たち全員に粥を配った。


 小太郎は、昨夜見たと思った姉は、この少女だったのかと思ったが、この小さな少女が自分を支えて起き上がらせたとは思えず、戸惑っていた。皆が食べ終わるとムメは再び何度も小屋の外と往復し、器を片付けた。


 しばらくして、小屋の外から声がした。

「ムメ、ありがとう。きれいに片付けてくれたのね」

 そして、小屋の入口から女性が入ってきた。

「小太郎、気が付きましたか?」


 小太郎は呆然となった。その声は間違いなく姉の声であり、自分を見つめる美しい女性には十年前に贄に立った姉の面影があった。

「長くなりましたが、龍神様へのお使いから戻りました。私が分かりますか?」

「……あ、あ、あねうえさま……」

「よかった、分かるのですね。熱も少しさがったようで……」


 小太郎は真貴の足元に這いより、膝のあたりにしがみついた。小太郎が膝にしがみついた瞬間、真貴の胸にも熱いものが込み上げた。

「姉上、姉上、姉上……」

「十年前と変わらぬわらわのようではないですか」

 真貴も少し涙ぐみながら小太郎の肩から背中をさすった。


 様子が少し落ち着いたところで真貴は小太郎に話を始めた。

「小太郎、あなたはまだ熱があるので、この小屋から出てはなりません」

「……はい」

「そこでですが、あなたの弓矢を使わせてもらいたいのですが、いいでしょうか?龍神様に捧げる贄を獲りたいのです」


「姉上が弓を……」

「ええ、私が獲りに行きます。小太郎は元の我らの住まいに暮らしていると聞きました。弓矢もそこですか?」

「はい、中に入ればすぐにわかると思います。ただ、かなりの強い弓なのですが……」

「それは大変そうですね。しかし村の弓使いは小太郎だけと聞きました」

「はい……」

「では、その弓でやってみましょう」


 小太郎は十年ぶりにあった姉が、まったく変わっていないようで、まるで別人のようにも感じた。何事も理を通し、弟にも理で諭すようなところは十年前の姉だったが、男でも引くのが難しい強弓を、自信をもって使おうとするのは、あのたおやかだった姉とは思えなかった。


 真貴は、狩場を知っているという村の者を連れて、まず、元の住まいを訪れた。家の中はこぎれいに片付いていた。


 土間の一部を少し高くして小上がりのようにしたところの奥にはさらに木の台が置かれ、父の胴丸と太刀が置いてあった。真貴は座って手を合わせた。

 弓矢はすぐその隣にあった。持ち上げて弦を弾いてみたところ、流鏑馬で用いたものに近い感触で、使えそうな感じがした。


 部屋の片隅の衣紋掛には男物の着物が掛けてあった。真貴は少し考えて、巫女の衣装を脱いで、男物の着物に着替えた。


 外で待たせていた村人は、真貴が男の服装に着替えたことに少し驚いていたが、真貴はかまわずに狩場へと案内させた。

 真貴は狩場への途中で一度、灌木を狙って試射を行った。たしかに強い弓ではあったが、矢筋も弓が強い分、まっすぐで狙いが付けやすそうだった。


 狩場は、三十分程度、山を登り、森の中に入った所にあった。森の一部が開け、水が湧いている。湧き水の周囲には低く草が茂り、虫が飛び交っている。森から明るい草場に出る手前で、案内役の男が足を止め小声で囁いた。


「小太郎様は、このあたりから獲物を狙います。これ以上近づくと気付かれ逃げられてしまいます」

 真貴はうなずいた。


 ものの十分もしないうちに雉が現れた。男が小声で告げた。

「来ました。あそこです」

 真貴は雉の動きを慎重に観察した。警戒心が強いようで、時々首を上げてあたりを見回している。風が吹いて樹々がそよぐと、その音に反応して小さく飛び上がる。真貴は頭の中で、弓を構え射る動き、矢筋、雉の動きを何度か確認した。

 矢は案内の男に持たせていた。真貴は目で指図し、矢を一本受け取り、弓に番えた。音がしないようにゆっくり立ち上がり、弓を引き絞った。獲物までの距離は十二間(約二十二メートル)。狙うのは雉が飛び上がると予想される位置である。

 矢を放つと弦が鳴った。飛び上がった雉の羽を矢が貫き羽毛が舞い散った。


 真貴は急いで村に戻った。真貴が男の服装で弓矢を持ち、案内役の男が雉を抱え村に入ると村人が集まってきた。真貴は村人を率いて、龍の祠がある湖の対岸が見える村のやや外れまで進み立ち止まった。真貴は弓矢を足元に置き、男から雉を受け取り両手で対岸に向けて掲げた。


「龍神様っ!」

 真貴の一声に背後の村人たちが合掌し跪いた。

「贄の雉を供へ奉る。此の命をば、たまひ賜へと願ひ奉る。赤斑瘡の病魔、ことごとく平伏し鎮まりたまへと祈り奉る。」

 しばしの沈黙の後、真貴は村人に向き直った。

「今、贄を捧げました。この雉には龍神様の力が届いています。すぐに捌いて病人たちに与えましょう」


 村の年かさの女たちが中心になって雉の処理が始まった。雉の羽毛は矢羽根や飾りとして使われるので丁寧にむしられ籠に入れられた。腹を裂き内臓を取り出す作業に入った時に、真貴は肝臓を別個取り出し、水で洗い小さな鍋で煮た。


 内臓を取り出した後、肉は小さく切り分けられ、大きな鍋で煮られる。真貴は小鍋で煮た肝臓をすりつぶしペースト状にした。大鍋で煮た肉から出た汁にペーストを加え、塩味を整えたものを木の椀に注ぎ、ムメに手伝わせて運んだ。


 食欲をそそる匂いに、病人たちは起き上がった。ムメと真貴が一人ずつに汁の入った椀を与えると、皆、押しいただくように受け取り、ゆっくり飲み干した。

 

 小太郎は驚いていた。朝、狩りに行くと言って出かけた姉が、昼過ぎには獲物を下げて戻ってきた。あの強弓を使えるようになるまで、自分は一か月かかった。ところが姉はすぐさま使いこなした。病人たちにやさしく接している姉の姿と、男でもなかなか引けない強弓を手にする姉の姿が、どうにも結びつかなかった。


 その日の夕方、新たに中年の女性一人が患者に加わったが、早めの生理食塩水の供与と、栄養分が豊富な汁により、重症化を免れることができた。


 真貴は患者たちの看病をしつつ、二日おきに狩りに出かけ、鳥を獲ってきた。鳥の肝臓は病人たちに与えられたが、汁と肉は村人たちにも分け与えられた。真貴は、村人の栄養状態を改善し免疫力をつけさせるために、雑穀の粥に、蓬と鳥類の汁を併せて摂るように指導した。


 赤斑瘡の病魔は七日間で村を去った。


真貴はやりきった  赤斑瘡の病魔は七日間で村を去った

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