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第三十二話 防除

苗を病魔から守り、収穫を守る

真貴と村人の懸命の努力がはじまった

 胆礬と石灰を手に入れるまでは、少なくとも数日はかかる。 真貴は、その前に打てる手を考えていた。


 寺に戻り、大きな桶を借り出した。その中に、竈の中に溜まっている灰を入れる。住まいから持ってきた灰も加える。桶に水を注ぎ、何度もかき混ぜた。灰汁あくじるである。灰が底に沈むのを待って、水に指を浸け、舌で、そっと味をみる。痛烈な苦さがした。


 真貴は、その水を小鉢に分け取り、自分の田へ向かった。

 手前の苗に、ばらばらと、その水をふりかけた。


 翌朝、雨は止み、うっすら日が差していた。真貴はユイとともに、昨日、灰汁をかけた稲の様子を見に行った。稲に異変は起きていなかった。


 真貴は負い籠を背負い、鎌を持ち、西風ならいに乗り山に入った。背の高い笹を選び刈り取って持ち帰る。


 笹を入れた籠をもって寺に行くと、村長をはじめ何人かの村人が集まっていた。彼らは、竈の灰が沈んだ大桶を不思議そうに見ていた。真貴に気付くと村長が尋ねた。

「巫女様、この水が祓い水でしょうか?」

「ええ、そうです。竈の灰を水に溶いたものです」

「こんなもので、病魔を防げるのでしょうか?」

「ちょっと指を浸けて舐めてみてください」

 村長が試してみて声をあげた。

「し、しぶいっ!」

 続けて村人たちが試し、一様に顔をしかめる。

「皆様、お分かりのように、この水の効能は渋さです。病魔は稲の葉の甘さに集ります。この水をかけられた葉を、病魔は避けます」


 真貴とユイは笹を手に、村人たちとともに、大桶の灰汁を小桶に取り分け、田に向かった。

 最初の田は、苗の三分の一近くが、抜かれていた。田の傍らに、抜かれた苗が積まれ、村人の一人が俯いて立ち尽くしていた。

 村長が、その肩を抱いた。

 田の一角に、苗が抜かれてしまった場所がある。真貴は小桶と笹を手に、その場所に入った。笹の葉の先を灰汁につけ、天に掲げた。

「龍神様!この田をお守りください、稲を喰らう魔をお祓いください」

 真貴は、笹の葉についた灰汁を、まだ田に残っている苗にふりかけた。繰り返し、繰り返し周囲の苗に、灰汁をふりかけていった。


 真貴は村長と話し合い、村人を三つの班に分けた。


 第一の班は、病変した苗を見つけ出し、抜いて、焼き払う仕事を担う。特に、病変した苗は時を待たず、村から少し離れた湖の畔に運ばせた。木切れを拾い集めて、火を起こし、濡れたまま焚火に放り込み燃やす。この班の者には、作業が終わった後、湖で、衣服も髪も体もきれいに洗うように厳しく言いつけた。


 第二の班は、灰汁の調合である。家々の竈から灰を集めてくる。さらには焚火をして木や葉を燃やし灰を作る。これらを桶に入れて攪拌し、上澄みを小桶にとりわけて田に運ぶ。主に村の女や子ども、さらに老人が加わった。


 第三の班が灰汁の散布役である。調合班が運んでくる灰汁を笹の葉につけ、稲にふりかけていく。


 作業は四日間、陽のある間、続けられた。一日の終わりには、皆、疲労困憊したが、翌朝は、体を引きずるようにして作業を行い続けた。


 被害の大きな田もあったが、村全体で見れば、抜かれた苗は、全体の二割ほどと見積もられた。


 被害が、ここで止まることを、皆が、必死で祈っていた。


 真貴は、ユイに特別な作業を託していた。山ツツジの花を摘んできて、すり潰し、赤い汁を絞り出す。それに、冬の間に作った紙の一枚を浸して染めて、乾かすように指示していた。


 五日目の昼、鍛冶の里の男が現れた。男は葛籠を背負い、鳩を入れた籠を手にしていた。男は寺の前に、村人たちと一緒にいた真貴に歩み寄った。


「巫女殿、待たせたな。持ってきたぞ」


 男は葛籠を開けて、白い石と藁苞に包んだものを取り出した。男が苞を開くと、真っ青できれいな四角形の石が現れた。

「ありがとうございます。お待ちしていました」


 村人たちが少し遠巻きに二人を囲んだ。皆の目は、真っ青な石に集まる。村長が、そっと真貴に尋ねた。

「巫女様、それは……?」

 真貴は村人たちに青い石を、皆に見えるよう掲げて答えた。

「皆さん、これは『龍神様の血の塊』です」

 不自然なほど青く四角い石に、村人たちの目が見開かれ、ざわめきが広がった。

「これは、とても危ない薬です。稲の病魔を祓う力を持っていますが、扱いを誤ると毒になります。けっして手にしないでください」

 村人たちは、言葉を失くし、うなずいた。


 真貴は鍛冶の里の男に向き直った。

「ほんとうに、ありがとうございました。ただ、村は今、生き残るために力を尽くしているところです。この品々の御礼は必ずします。どうか、しばらくお持ちいただけるようお願いします」


 男はにやりと笑った。

「どうやらそのようだな。巫女殿のことは信用している。むろん後からでいい。ただ、これらの品をどう使ったのかは教えてほしい」

「わかりました」

 男は、それ以上何も言わず、すぐに村を去った。


 真貴は胆礬を使う準備に入った。


 石灰石を砕き、竈の火に放り込む。取り出しては、石同士を擦り合わせ、表面を削り、鉢に取る。人数をかけて一気に進めた。


 次に大きめの桶に胆礬を入れ、ぬるま湯を注ぐ。胆礬はみるみる溶けて、青い水溶液が出来た。ユイに作らせた赤い染色紙の一切れを浸すと真っ赤になった。この溶液に、焼いて鉢に取った石灰の粉を入れてはかき混ぜる。澄み切った青い溶液が、しだいに濁り、白濁した青緑を呈してくる。

 真貴はときおり赤い染色紙をちぎっては浸して色の変化を見た。そして遂に、変化がわずかに紫色に青みがかるところまでたどり着いた。


 真貴は入手した胆礬の全量を使って白青緑の溶液を作った。これを小桶に分けつつ希釈し、村の田のほぼ全域に施せる量にした。幸い、数日、天気は持ちそうだった。


 真貴は村長に村人たちを集めてもらった。

 桶を並べ、その前に真貴は立った。


「皆さん、龍神様の血を使う準備ができました。これは、とても強い薬になります」


 村人たちは、小桶に入れられた白青緑の溶液を恐ろしげに見ている。

「けっして口に入れないように。これを撒く者は、布で口と鼻を覆ってください。間違えて目に入った時は、仕事を止めて、畔に上がり、きれいな水で何度も目を洗ってください」


 真貴の注意を村人たちは耳を傾けて聞いた。

「ただ、この薬は一回分しかありません。一滴も無駄にできません。丁寧に撒いてください。よろしくお願いします」


 村人たちにも、この薬の散布が病魔を祓う最後の手立てとわかった。

 真貴もユイも、村長をはじめ多くの村人たちが、最初の田に向かった。


 前回同様に、真貴が田に入る。ユイが、小桶と笹を真貴に手渡した。

 真貴が、笹を溶液に浸して捧げ持った。

「龍神様!御血の力を我らが稲にお与えください!病魔をお祓いください!」


 村人たちは、再び、丸二日を費やして薬液を稲の葉に擦り付けて回った。


 村全体が祈る数日が続いた。

 四日目に、雨が降り、翌朝はきれいに晴れ上がった。気温も上がってきた。


 白い斑点を持つ苗は、新たには現れていなかった。初夏の陽射しを浴びて、苗は元気を取り戻し、育ち始めた。


 村の空には燕も飛び交い始めた。


村は、二割の苗を失ったが、最悪の事態は免れた

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