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第二話 赤斑瘡(あかもがさ)(一)

★★本作は、第一部「龍神の生贄」 https://ncode.syosetu.com/n2793ln に続く第二部です★★


真貴は村人の制止を遮った

「心配いりません。私には龍神様の加護があります」

 真貴が病人のもとに向かおうとすると、寺までの案内役を務めた男が真貴を制して言った。

「赤斑瘡は人から人に伝染ります。今、小屋に入られては危のうございます」

「心配いりません。私には龍神様の加護があります」

 真貴は看護学生になってすぐに、麻疹ワクチンの接種を受けていた。


 真貴は松明を持った男に案内され、村のやや外れの小屋を訪ねた。案内の男は、小屋の五メートルほど手前で立ち止まり、小屋を指さしてから松明を真貴に渡した。明らかに小屋に近づくのも入るのも嫌がっている。


 真貴は松明の火が小屋に燃え移らないよう注意しながら、小屋に入った。中には異臭が満ちていた。松明の明かりに目が慣れてくると、土間に敷かれた藁の上に、四人が横たわり、低くうめき声をあげている。土間の少し高くなっているところに、陶器の鉢が置かれ、水が入っているようだった。 だが、表面には灰や塵が浮かび、長く使い回された跡があった。


 真貴は手前の病人から順次、様子を見ていった。一人目の若い女性は松明をうつろな目で見ていた。二人目はかなり年かさの女性で目を閉じ荒い息をしている。三人目は中年の男性で寒気を感じるのか手足を縮めている。最後の一人は、やや大柄な若い男性だった。


真貴は明かりを近づけ顔を確認した。逞しく成長していたが、その顔は父によく似た弟、小太郎に間違いなかった。小太郎は目を閉じ、胸を抱きながら震えていた。激しい発熱に襲われているようだった。


 真貴は病理学の講義を思い出していた。

赤斑瘡――麻疹はウィルス感染症で、ウィルスそのものを撃退する治療薬は二十一世紀でも存在しない。つまり、患者の免疫力に頼るしかない。免疫力は、患者の基礎体力や栄養状態に左右される。麻疹の死亡率は、二十一世紀の先進国では千人に一人程度だが、適切な医療を受けられない地域では三ないし六パーセント、状況が悪化すれば三十パーセントにも達する。――いまの村の状況は、まさにそれである。


 今すぐできる看護と治療は何か、それも、村人が納得できるような形でなければならない……真貴はすばやく判断をまとめた。真貴は小屋を出て、案内役の男に村長むらおさを連れてくるよう指示した。少し待つと村長が駆けてきた。

「清めの塩と、一度沸かしたお湯が必要です。まず、塩温を病人に飲ませ、体の中を清めます。それから、桶にお湯を入れ、布を湿らせながら体を拭き清めます。――急いで。塩とお湯を、すぐに」


 村人があわただしく準備をする中、真貴は具体的看護の段取りと、今からの治療法を考えていた。自分一人ですべてをまかなうのは難しいと思った。作業をする間、少しだけ手助けをしたり、自分が仮眠を取ったり、少し外す間、患者を見ているだけでいいので助けが欲しかった。しかしながら、免疫の獲得状況が分からない村人を助手にすることはできない。


 ふと気づくと、和尚のところで待ってるように言いつけた少女が、真貴の傍らに来ていた。真貴は膝をかがめて少女に言った。

「和尚様のところで待っていて」

 少女は下を向いて小さくかぶりを振った。

 用意を手伝っていた村の女性の一人が真貴に言った。

「巫女様、その子は村の中には居場所がないんです。ほとんど口もききません。名前もよくわからなくて、私たちはムメと呼んでます」


 真貴は少女が、どこからか母親とともに村にたどり着いたが、母親が赤斑瘡で亡くなったという話を思い出していた。真貴に、ある考えが浮かんだ。

「ムメ……あなた、赤斑瘡にかかったの?」

 ムメはしばらく真貴を見つめて泣きそうになりながら小さくうなずいた。

「ムメ、すこし大変だけど、私のお手伝いをしてくれるかな?」

 ムメは大きくうなずき、真貴にしがみついた。


 真貴がムメと話していると、村人が雑穀の粥を真貴に持ってきた。真貴はムメと分け合いながら粥を食べた。やがて、塩とお湯、さらに少しばかりの布が運ばれてきた。真貴はムメに手伝わせて、それらを病人の小屋に運び入れた。


「では、病魔を祓いにかかります。お湯はまだまだ必要です。一刻(二時間)ごとに用意してください。小屋には近寄らないでください。必要な時は私が声を掛けます」

 真貴はムメを連れて小屋に入った。


 真貴はお湯を冷ましながら塩を溶かし込み塩湯を作った。濃度は自分の舌で確認し生理食塩水の濃さにした。ムメの手を借りながら、一人ずつ体を起こし、椀に一杯ほどを飲ませた。

 四人目が小太郎だった。熱で意識が朦朧としている小太郎に、少しずつ塩湯を飲ませた。


 二十日ほど前、小太郎は村で亡くなった旅の女性を背負い、村はずれに埋めた。その、五日後から体調の異変に気が付いた。熱が出て、咳、鼻水が続いたが、しだいに治っていった。季節はずれの風邪だったかと思っていた。ただ、朝の光がやたらと眩しいのはおかしいと思っていたら、夜になって急に発熱がはじまった。口の中にぶつぶつが出てきた。『赤斑瘡にかかった…』。小太郎は自ら病人の小屋に入った。熱がどんどん上がって、寒気で全身が震え意識が朦朧としてきた。


 夢とうつつの境が溶け、闇の中で誰かが自分を呼んでいる気がした。懐かしい響きだった。幼いころ、母を亡くした後、何かあれば泣いていた自分をかばってくれた姉の声のような気がした。


 十年前、姉は白い着物を着て、小太郎に言った。

「今から龍神様のもとにお使いに参ります」

 姉は寺を出た。輿に乗って運ばれていく姉に、村人たちが跪いて合掌をしていた。


 誰かが体を起こすのを手伝ってくれた。唇に何か温かいものが当たった。ぬるめの塩湯だった。体の奥まで沁みていく。胃の腑の中に温かさが貯まり、寒気が少し収まった。


 もう一度、声がした。

 「小太郎、もう少し飲める?」

 薄く目を開けると、松明の照らされた女性の顔が間近にあった。十年前に龍の洞に消えたはずの姉によく似ていた。


 真貴は小屋の片隅に、自分とムメの場所を作り、藁を敷いて休めるようにした。患者全員に数時間おきに塩湯を飲ませ、皮膚の汚れを拭い去る作業を続けた。合間、合間はできるだけ休んで体力の温存を図った。明け方近くなると、患者たちの様子が落ち着いてきたのがわかった。真貴とムメは交代で短い時間ではあるが睡眠をとった。


真貴とムメの病魔との戦いはつづく

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