第二十五話 御頭祭(二)
御頭祭の前日、風間家の広間に多くの人が集まった
日が傾き始めた頃には、風間家には多くの人が集まってきた。
夕餉の時間となった。与えられた部屋で休んでいた三人は大広間に案内された。大広間の奥には御台があり、御台の左手には武者が御台から近い順に序列に従い控えつつあった。他方、御台の右手の最も御台寄りには静子が坐し、こちらは武者の妻や娘が、やはり序列に従い控えつつあった。
真貴も秀柾も、御台からは遠いものの、広間の中に席が与えられ、ユイには真貴の背後に座る席が与えられた。
最後に清継が、嫡男の清光と弟の国興を従えて現れ、清光と国興とが御台の最も近くに坐し、全員が頭を垂れて迎える中、清継が御台に坐した。皆が直ると、清継がよく通る声で挨拶を述べる。
「皆の者、明日は我らが諏訪一門にとっての最も大切な大御立坐の神事である。よくぞ集ってくれた」
皆が再び、頭を垂れた。
「宴に移る前に、二人、紹介したいものがいる。まず、佐閑の里の巫女、真貴殿である」
真貴は、席から小さくにじり出て、剣道の所作を思い出しつつ折手礼を行った。
「ご存じの方も多いかと思うが、真貴殿のお力で、昨秋、重篤にあった清光の妻、経子は一命を取り留めたばかりか、快癒し、今は子を身籠っている。真貴殿は、当家にとっては恩人である」
武者の席のあちこちから「あれが龍神の巫女」「凄まじい術を使うらしい」といった囁きが聞こえてきた。女性の席は静かだったが、全員の視線が集まるのが真貴にはわかった。
「巫女殿には、明日の大神を迎える儀にお力をお貸しいただく」
真貴はもう一度礼をして、座に戻った。
清継が続けた。
「今一人は、真貴殿の弟である望月六郎秀柾殿である」
秀柾も姉に倣いにじり出て礼を行った。
「縁あって、わしが烏帽子親になった。秀柾殿は、当家にも逗留されたことがある弓名人、城資柾殿の直弟子である」
今度は、武者席から「資柾様の弟子」「あの名人の弟子が信濃にいたのか」といった声が聞こえた。
さらに清継が続けた。
「覚えている者も多かろう。資柾殿は、かつての弓比べにおいて、諏訪の御前で見事な射を披露されたお方である。そこで、明日の弓比べには秀柾殿を推すこととした」
武者席からは「資柾様の弟子ならばしかるべし」「若いがあの名人の弟子なら見たいものよ」というようなざわめきが聞こえた。女性の席は変わらず静かだったが、清継に選ばれた若武者へと、ひそやかな視線が集まっていた。
真貴は、御台に近く国興の隣に控える若武者が、きつい顔つきで秀柾を見ていたことに気が付いた。さらに、その向かいの上席に座る一人の少女が、身を乗り出すようにして秀柾を一瞥したのも見逃さなかったが、秀柾は席に下がるところで、いずれにも気が付いていないようだった。
宴席が始まった。台付膳にいくつもの料理が載せられ運ばれてきた。膳の中央に大きめの汁物がはいった椀があった。真貴は、この一品は昨秋、経子の栄養改善の一環として提案した雉の汁に雉の肉をつみれにし、生姜や山椒で味を調えたものだと気付いた。
清継が料理を説明した。
「一品目の椀物は、昨年の秋から当家の膳となった雉の汁である。これは、巫女殿に教わった膳で、いまや、当家を代表する食である」
清継は真貴の方を見て愉快そうに笑った。
弥生酉の日、御頭祭はまだ夜が明けきらないうちから始まる。
儀式としての祭りは本宮から神使四人が騎乗して前宮に向けて発つことで始まるが、神使四人は暗いうちに起き出し、それぞれの宿所で装束を整えている。神殿内でも夜明け前から準備が進む。
真貴は巫女装束を身につけ、夜明け前に静子に案内され、諏訪大社の神使のための支度を整える部屋に入った。
静子が迎えに出た者に告げた。
「風間家のものです。先日お伝えした通り、当家よりは、佐閑の里の巫女、真貴殿が参内します」
集まっていた人々の間から「佐閑の里の……」「あれが龍神の巫女……」といった声がさざ波のように広がった。
真貴は両手を体の前で重ね深く頭を下げた。
「佐閑の里の巫女、真貴でございます。はじめての事なので至らぬところは多々あるかと思いますが、本日はよろしくお願い申し上げます」
巫女の仕事は神殿内を清め整えることと神使の準備を手助けすることである。真貴は周囲の巫女に倣いながら作業を進めた。
儀式は典礼に沿って進む。神殿の神原廊にて神事饗膳が行われ、禽獣の盛り物、魚類の調理など、あらゆる供膳が尽くされる。神使が持つ榊には髪筋を一両添えて、各々に献上する。神長がそれらをまとめて一束とし、御杖として神前に捧げる。
また御宝として、大鈴のようなものを錦の袋に納め、神使の首に懸ける。次に新たな神使二人が内縣として着座する。上介が立ち、大祝(諏訪神社の最高位)の前で蹲踞する。大祝は玉鬘に藤の白波を結び、神役の首に懸ける。神長官は御杖を神役に渡す。巫女たちはこれらの儀式を補佐する。
これらの準備が整うと神使は床几(腰掛)に着き、大祝が大宣(祝詞)を唱え上げる。神使たちは口真似してこれに応じる。
ここからが、神使が発つ前の全員そろっての儀式になる。御手払が行われ、手を打つと、神殿前に集まった僧俗すべてがこれに従い、声は神苑に響き渡る。
ついに神使の鞍馬が引き出され、出発の準備がいよいよ整えられる。盃が回ると四人の神使は庭上に並び、上宮を発った。
御頭祭が古式にのっとりはじまった
真貴は巫女の仕事を担った




