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第二十一話 紙漉き

佐閑に厳しい冬が訪れた

真貴は新たな試みを始める

 冬至の後、小寒、大寒と続く時期、佐閑は厳冬期になる。連日、明け方の温度は氷点下まで下がり、汲み置きの水には氷が張る。


 真貴の紙作りは楮さらしの段階にあった。煮終えた白皮を、水につけて、あく抜きをして、日に干して漂白する。さらに篠竹でゴミをていねいに取り除いていく。そのうえで、棒で入念に叩き繊維をほぐしていく。

 真貴は礼司に連れられ、紙漉きを体験していたが、そこに至るまでの工程は、本から得た知識にすぎない。どうすれば上手くいくか、試行錯誤を続けた。


 ことさら寒さが厳しかった朝、里で老人二名と幼児が二人亡くなった。いずれも体調がすぐれないことを真貴が気にしていた人々だった。直接的な死因は低体温症と感冒が疑われた。この当時の平均寿命は貴族階級でも五十歳程度であり、庶民はいっそう短かった。乳幼児は七歳までに、その半分が亡くなっていた。四人の死はどうしようもないことだったが、真貴は悲しさと悔しさで涙が流れた。


 すぐにできる対策がないことはわかっていたが、真貴は何かせずにはいられなかった。少なくとも子どもに関しては食生活のさらなる改善が必要だと思った。冬の間、寺に集まる子どもたちに与えることができる食材を考えているうちに、真貴がたどり着いたのは納豆である。


 納豆の原料になる大豆はたんぱく質、食物繊維、ビタミンB群、鉄、マグネシウムなどが豊富だが、その消化吸収率は茹でただけでは六十パーセント台にとどまる。これを発酵させて納豆にすれば八十パーセント台にまで上昇するうえに、冬場に摂ることが難しいビタミンKを摂れるようになる。


 真貴はきれいな稲藁を一抱えもらってきた。これを沸騰水で煮て雑菌を消毒する。納豆菌は熱に強いため、生き残って大豆を発酵させる。茹でた大豆を煮沸した藁で作った苞に入れて四十度程度の温度で二日程度保てば納豆になるはずである。

 真貴は囲炉裏の片隅を少し掘って石を並べ苞を置く場所を作った。


 秀柾とユイは真貴が始めた新たな試みを不思議そうに見ていた。


 二日経って、真貴は苞を取り出した。馴染みのある匂いが少しする。そっと苞を開いてみると、薄い茶色だった茹で大豆の色がやや濃い茶色に変わり、箸で一粒を取ると糸を引いている。真貴はどきどきしながら一粒を口にした。懐かしい風味が口に広がった。


 ユイは納豆の匂いにびっくりしたが、真貴が口にしているのを見て口にしてみた。美味しいとは思えず、思わず真貴を見ると、真貴がやさしく微笑んでいた。


 真貴は納豆を寺での給食の際に、椀に小分けにして出してみた。子どもたちは、その匂いに驚き、なかなか食べようとはしなかった。真貴は特に勧めることもしなかった。そのうち、食べ盛りの子どもが、空腹を紛らわせようと思い切って手を出すようになった。慣れると美味しく感じ出すのが発酵食品の特徴である。二度、三度食べるうちに、納豆をせがんで食べる子どもも現れ、静かに納豆が受け入れられだした。


 紙作りの方は、いよいよ紙漉きの工程の前までたどり着いていたが、問題はネリと呼ばれる紙の繊維を液中に均一に分散させるための粘剤の入手だった。千年後の世界では黄蜀葵トロロアオイの根からとった粘液が用いられるが、信州の山のなかでは黄蜀葵は見つからなかった。


 真貴は糊空木ノリウツギを代用にすることにした。何度か試行した後、糊空木の内皮を叩いて柔らかくしたものを水に浸け、楮の叩解した繊維と混ぜ合わせ、均一な紙料液を作った。


 ついに漉きの工程に入るが、佐閑の里には紙を漉くための、竹製のはない。真貴は浅く目の細かい竹の笊に紙料液を流し、漉き上げようとした。何度もやり直してようやく丸い紙を三枚だけ漉き上げた。

 この後、紙を布で包んで圧力をかけ、余分な水分を取り除き、さらに板に貼って天日で乾燥させ、三枚の紙を完成させた。


 ユイは真貴の仕事を手伝うことが楽しかった。真貴が行う作業の一つ一つを同時に体験した。ユイも紙を漉いた。真貴が三枚の紙を漉き上げたのち、少し残った紙料液をすべて使って、小さな紙を漉き上げた


 真貴とユイが作った紙は、笊の凹凸は残り、厚さも不均一で、色も濁りがあったが、二人には、それで十分だった。


 秀柾は地道に武者として成長するための修業の日々を送っていた。


 朝は剣の稽古である。真貴とともに型稽古を繰り返した。ぎこちなかった動きも次第に滑らかになり、木剣が風を切る音が鋭いものに変わってきた。

 真貴とユイが朝餉の支度をしている間に、秀柾は東雲に飼い葉を運ぶ。東雲は飼い葉を持っていくと、地面を前足で掻いて喜ぶようになってきた。

 朝餉の後、天気が良ければ畑の見回りに出かける。作物の成長の具合とともに、鳥や獣に荒らされていないかを確認する。麦の成長はまずまずであった。真貴が米を作る準備を始めた田にはスズメノエンドウの緑の芽が出始めていた。さらに、その周囲や畔に蒔いた菜の花はすでに三寸程度にまで伸びていた。


 昼からは弓矢を持ち、東雲にまたがって、村の外れまで回る。獣害がないかを確かめることが主な目的だが、村に異変がないか、侵入者がいないかにも目を配る。秀柾はそのまま湖にもしばしば出向く。開けた場所で、騎射の練習をすることが目的だが、時には、湖に来る水鳥を狩った。


 天気が良くないときは、ひたすら矢を作った。鍛冶の里から得た矢尻は、鍛冶の打ちっ放しの状態なので、砥石を使って尖らせ、金属光沢のある状態に仕上げなくてはならない。それを真竹の矢軸に取り付け、雉の矢羽根をつける。秀柾は根気のいる仕事を丁寧に行った。


真貴は紙を漉き上げた

秀柾は武者として成長を続けている

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