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第一話 村への帰還

★★本作は、第一部「龍神の生贄」 https://ncode.syosetu.com/n2793ln に続く第二部です★★

巻物に記された真貴の物語が始まる

「私は村に戻ることができました。龍の洞に入ったあと……」

 結衣が巻物をほどくと、小さな文字でびっしり埋められた書面が現れた。仁が拡大鏡で読みはじめた。結衣は傍らで固唾を呑んで見つめていた。すぐに仁が結衣を振り返り笑顔を見せ、拡大鏡を渡した。

「結衣、あなたにも読めるよ」

 結衣は拡大鏡を受け取り、書面の冒頭に焦点を合わせた。書かれていた文章は現代仮名使いだった。

「結衣ちゃん、龍口家の皆さま。私の帰還を全力で支えていただき、ありがとうございました。私は村に戻ることができました。龍の洞に入ったあと……」


==============================


挿絵(By みてみん)


 真貴は洞に入り、入口がふさがれた後、膝の上の太刀を握り、胸元の笛を押さえて、時を待った。


 千年の未来に来た時とは異なり、いくらもしないうちに異変がはじまった。地震の揺れが来て眩い光が洞に満ちた後、何事もなかったかのように静かになった。石積みの一部が崩れていたので、少し突き崩して洞の外に出た。季節は初夏、時間は夕暮れ時らしかった。向かいの上野(こうずけ)方面の山並みから、大きな月が昇り始めていた。


 洞のすぐ前には見覚えのある小さな祠があった。真貴は月あかりを頼りに山道を下り始めた。十分程度下ったところで、真貴は松明をかざしながら龍の洞を目指して昇ってくる一団に気が付いた。相手の正体が分からないので、木陰に身を潜め、様子をうかがうと、一行は村人らしき者が三人と轡をかまされ縄で縛られ輿に乗せられた少女だと分かった。少女がぐったりしていることに気付いた真貴はたまらず一団の前を塞いで声をかけた。


「あなたたちは何者です?ここは龍の洞への道です」

 一行は、人が現れるとはまったく考えてなかったようで、驚いて立ちすくんだ。やがて年長者らしき男から上ずった声で返事があった。

「わ、われらは湖の向かいの佐閑の里のものだ。龍神様へ贄を捧げに参る……お、お前こそ何者か?」

 真貴には月明かりに少女の怯え切った表情が分かった。


「私はマキです。かつて贄として龍神様の許に参りました。今、龍神様の命により里に戻るところです」

 一行は真貴の一言を聞いて硬直した。ややあって、一人が呟いた。

「マキ……様……十年前に龍の洞に入られた……」

 真貴は龍口家の言い伝えどおり、十年で村に戻れたことを知った。


「そう、マキです。良真和尚様は一緒ではないのですか?そもそも贄を捧げるのは新月の前のはず。なぜ満月の今宵、贄を差し出すのです?」

「お、おそれいりますが、マキ様という証はなにか……」

 真貴は木陰を出て月明かりの下に立ち、懐から篠笛を出した。

「ここに、洞に入った時、身につけていた篠笛があります。和尚様が見れば分かります」

 真貴の纏う千早が月光を受け、刺繍の龍の姿が浮かび上がった。 村人は腰が砕け、輿を下ろし跪いた。


 真貴は、輿の少女に歩み寄り、轡を外し、縄をほどいた。七歳ほどの少女は真貴にしがみついてきた。白装束は着ていなかった。村の子どもの衣服でもなかった。

「この子は村の子どもではないですね。なぜ、このようなことを……?」

 最も年上らしい村人が答えた。


「マキ様……巫女様、今、村は赤斑瘡(あかもがさ)の病で苦しんでいます。いずこからか流れ着いたその子の母親が、村に赤斑瘡を持ち込んだのです。和尚様が連日祈祷をされておられますが、次々に死者が出ています。昨晩、村の寄り合いで、その子を贄に捧げ、龍神様の力に縋ろうと決まりました」


 赤斑瘡……麻疹はしか。真貴の脳裏に看護学校での病理学の授業と仁に習った平安時代の伝染病の知識が浮かんだ。

「龍神様は人の子の贄を望まれてはいません。その御心に従い、私はこの赤斑瘡を鎮めに参ります。里に参りましょう」


 真貴は刀袋を背負い、贄にされそうになった少女の手を引き、村人に先導させて山道を下った。

 やがて湖の畔に出た。小舟を停めた場所は、十年前、真貴が渡ってきたときと、何ひとつ変わらぬ姿だった。 小舟に乗り込むと、少女は震える手で真貴に抱きついてきた。真貴はその肩を抱き、十年ぶりに湖を渡った。


 村側の湖岸に着くと、数人の村人が船着き場にいた。どうやら、想定よりもずっと早い時間に、対岸から戻ってくる小舟の松明に気付き、様子をうかがいに集まったらしい。小舟を降りた男がそのうちの一人になにか説明すると、その者は駆け足で村に知らせに戻ったようだった。


「寺に案内します」


 船を降りた村人たちの中でも年かさらしい男が松明をかざして、先頭に立って歩き出した。湖と寺との間の道を真貴は覚えていた。ただ、十年越しにたどる道からは、懐かしさよりも、異界に踏み込んでいくような不気味さを感じていた。


 寺が近づくと村人たちが集まってきていた。村人たちからは饐えたような臭いがしている。真貴の記憶の奥底にあった臭いだった。松明に照らされた顔は皴が多く、その表情は不安に満ちていた。周りに集まった男たちを見ているうちに、真貴は彼ら小さいことに気が付いた。身長はせいぜい百六十センチほどしかなく、百七十センチ近い真貴は見上げられる格好になっていた。


 真貴は村人たちを引き連れ、妙泉寺に向かった。真貴が母を亡くして二年を過ごした寺は、記憶の中にあったものより、ずっと小さくみすぼらしかった。寺の入口に近づくと、妙法蓮華経を唱えるかすれ声が聞こえてきた。本堂とは名ばかりの小屋に入ると、小さな護摩壇に向かい、良真和尚が数珠を手繰り懸命に祈祷を行っていた。


「和尚様、マキ様をお連れしました」

 案内役の男が大声で呼びかけると、和尚は振り返った。和尚の顔はやつれ、眉は真っ白になり、顔のしわが一層深くなっていた。和尚は何も言わずに真貴をしばらく見つめた。

 真貴は本堂に上がり、正座した。右脇に刀袋を置き、左わきに贄にされかけた少女を座らせ、手をつき頭を下げた。

「和尚様、マキです。龍神様の命により里に戻りました」


 真貴が顔を上げると、和尚の口元がわなわなと震えていた。

「……マキ……か?」

「はい、マキです。十年前に手にしていた篠笛と纏っていた白装束です」

 真貴は懐から取り出して見せた。

「……ほんとうに帰って来た……わしは、この十日、病魔平伏を八大龍王に祈願した」


 和尚の声も震えていた。

「今朝方、護摩の炎の中に龍王が現れお告げがあった。『汝と旧知の眷属を遣わす』と。そしてなゐがふれ(地震が起こり)、山が光った」

 和尚は真貴にいざり寄り、両手を掴んだ。

「ありがたや、マキ。もはや龍神の巫女か」


「和尚様、今、病人はどうなっているのでしょう?」

「小屋で寝かせている。すでに五人が亡くなり、四人が熱と発疹で苦しんでいる。そなたの弟、小太郎もその一人だ」

 真貴は唾を呑み込んだ。


「すぐに、四人を診ます。案内を」

 真貴が立ち上がると、傍らの少女も立ち上がった。

「ここで待っていてくださいな」

 真貴が諭したが少女は首を振って、真貴の千早を掴んでいる。


 和尚が言った。

「村の皆は、その子と母親が赤斑瘡を持ち込んだと怒っている。わしは止めたのだが、その子を龍神様に供えて助けを請うと村の寄り合いで決まってな……」


 村人たちが少女を怒りを込めて凝視しているのが真貴にはわかった。少女の肩を抱き、真貴は皆に語り掛けた。

「この子に罪も穢れもありません。龍神様は人の子の贄を望まれてはいません。その御心を伝え、赤斑瘡を鎮めるために私は戻って参りました」


 村人たちは真貴の宣言に静まり返った。

 真貴は跪き、少女の肩に両手をかけた。目を見つめ、静かに言った。

「あなたは、私が守る。必ず守るから、和尚様とここで待っていて」

 少女は口を一文字に結び、しばしののち、うなずいた。


村は疫病に禍中にあった。

弟、小太郎も倒れている……

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