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第十八話 鍛冶場

真貴は鍛冶の里の者と交易することになった

 玄徳の脇に控えていた男の一人が口を開いた。

「佐閑の里の方と言われたが、もしや龍神の巫女殿であられるか?」


 真貴も秀柾も、この隠れ里でその名を聞いて驚いた。真貴が尋ねた。

「何故、その名をご存じなのでしょうか?」


 男が答えた。

「この里で我らは小さな畑を耕すとともに鍛冶を行っている。しかしここだけでは生きてゆけぬ。我らは時折ここをそっと出て、町に赴き、この里では手に入らぬ麦や米、塩や布さらに薬草と金物を交換している。私は十日ほど前に町から戻ったが、今、 “龍神の巫女”の名は諏訪や長野に広まっている」


 玄徳が続けた。

「今日のことについては、ほんとうに感謝しておる。真貴殿の手当てが無ければツルは血を失って死んでいたかもしれない。我らは日本への漂着の際に医薬に関わる者をすべて失った。我らには医薬の道が絶えており、里では若くして亡くなるものが多い」

 

 男が続けた。

「フキ殿のこともある。我々はあなた方が秘密を守ってくださると信用する。そのうえで、巫女殿には我らの里で病んでいるものを診てほしい。病を癒す術をお教え願いたい。返礼として渡せるものは金物しかないが、お願いしたい」


 真貴と秀柾は顔を見合わせた。秀柾が小さくうなずき男に言った。

「我らの里には鍛冶はおらぬ。金物はとてもありがたい。まずは矢尻をいただけるだろうか?」

「矢尻であれば、すぐにでもお渡しできる。では、我らの病人を診ていただきたい」

 男が傍らの女に小声で指示すると女は建物を出て、しばらくすると戻ってきた。


 真貴と秀柾は女に案内されて、別の建物に入った。七人の男たちが筵に座っていた。小さな咳が絶え間なく聞こえる。三人は特に具合が悪いらしく、背を丸めて上目遣いにあたりを見ている。呼吸音にざらついた異音が混じっているのが分かる。

 真貴は手に取った明かりを近づけてみた。ひどく痩せていることが分かった。さらに、灯りを顔に近づけると、程度の差はあるが目に白濁が認められる。


 真貴は同行してきた男に尋ねた。

「この方々は鍛冶場で働いていた人たちですね?」

 男はうなずいて答えた。

「そうだ。鍛冶場で十年くらい仕事をした者の多くが病んでしまう」

「鍛冶場を見せてもらえますか?」

 男は明らかに動揺した。

「鍛冶は我らの秘儀の場で、この里のものでも限られた者しか立ち入れない」

「私は秘儀が知りたいのではありません。病の元が鍛冶場にあるようなので確かめたいのです」

「待っていてくれ。玄徳様に相談してくる」


 いくらもしないうちに男は別の男とともに戻ってきた。

「玄徳様の許しが出た。ただしお見せするのは巫女殿だけだ」

「わかりました。この時間でも、まだ、仕事はしていますか?」

「鍛冶の仕事を休むのは、年に一度、正月の時だけだ。一度火を落とすと、戻すまで三日はかかるので、一年中、朝も昼も夜も、交替で続けている」


 真貴と秀柾を含む一行は、里の外れにある建物に近づいた。建物を囲む板の隙間からは橙味がかった赤い光が漏れ、鉄を叩く連続音がしている。さらに近づくと血液を舐めたときのような鉄の匂いがしてきた。

 

「秀征殿はここでお待ちください」

案内の男と真貴が建物に入って行った。


 真貴は鍛冶場に入った瞬間に、空気がひどく濁っていることに気が付いた。鍛冶場の中央には火床があって、二人の男が平たい台に乗せた赤熱した鉄塊を火鋏で掴み、交互に槌で叩いている。熱気が離れた場所にいる真貴のあたりまで伝わってくる。

 男たちは上半身裸で、髪を後頭部の高い位置でひとくくりにしている。汗がしたたり落ち、槌を振るうたびに鉄塊から飛び散る火花が、男たちの顔にも体にも降りかかっている。

 ときおり火床からは爆ぜる音がし、鉄塊が押し込まれるたびに煙が立ち上る。床や物置の上には塵埃が降り積もり、柱や天井は煤と煙で黒く燻されている。


 真貴はすぐに鍛冶場を出た。看護学校で昔の炭鉱や製鉄所における職場環境と職業病の講義を受けたが、それよりはるかに劣悪な状況に胸が痛んだ。

 真貴は待たせていた秀柾や男たちと、玄徳らと面談した建物に戻った。


 建物には、もはや玄徳の姿はなかった。玄徳の座っていた肘置き付の椅子は片付けられて、簡素な椅子に四人の男たちが座っていた。


「病人と鍛冶場を見せていただきました」

「病人を治すことはできようか?」

 真貴は言葉を探ったが、事実を告げるしかないと判断した。

「申し訳ありませんが、あの方々を治す術はありません」

「龍神の巫女の力をしてもか?」

「私の力は人が元来持っている治癒の力を助ける力です。長い年月で深く傷ついた体を治す術はありません。できることは、苦しみを少し和らげることだけです」


「病の元が鍛冶場にあると聞いたが、なにか分かったのか?」

「鍛冶場に立ち込める煤や塵埃が、鍛冶職人たちの肺腑の奥深くに溜まり、石のように固まって、息をすることを妨げているのです。目を傷めている方々もおられました。鍛冶の時の塵埃や火花、さらには眩しい光に因るものです」

 質問した男は指を組み、視線を落とした。

「そうか……では、鍛冶を続ける限りどうしようもないということになる」

 確かに鍛冶をやり続ければ職人たちは体を損ない続けることになるが、この里は鍛冶をやめれば立ち行かなくなる。


 真貴は難しい提案をすることにした。

「鍛冶を続けるにあたり、工夫をすれば、病を防ぎきれなくとも、その程さを軽くすることはできるかもしれません」

「そんな工夫があるのか?」

「風の通り道を作ってください。職人の背後から風が流れてきて、火床や金床から出てくる煙や塵を風に乗せたまま鍛冶場の外へ出せるようにするのが、まず、大切です」


「他にもあるのか?」

「職人たちは嫌がるかもしれませんが、鼻と口を覆う布をつけさせることです。布は半日以上は続けて使わず、良く洗って乾かして次に使います。おそらく、半日使い続けた布を見ると、職人たちがどれほど塵埃を吸い込んでいたか分かると思います」


「それなら、すぐにできる。目はなんとかならないか?」


 真貴は考え込んだ。ガラスがないこの時代に保護眼鏡を用意することはできない。一つ思いついたのは、遮光眼鏡だった。


「目を守るのは難しいです。ただ、このようなもの……」


 真貴は小石を拾い、床の土に、まず人の顔を描いた。次に、その顔の上に目隠しの板を描き、両目の位置に、横に細長い切れ目の入ったものを描いた。


「燃えにくい獣の骨や硬い木で作ります。目に入る光を減らし、目に飛び込んで来る火花や塵をもある程度減らせるかもしれません」


 男たちは絵を見下ろし考え込んだ。やがて一人が言った。

「まず、作って使ってみよう。目を傷めることを減らせれば職人にとっても里にとっても好ましいことだ」


 真貴はさらに続けた。

「職人の方たちの働き方にも工夫が要ります。できれば一刻ごとに休みを取って、鍛冶場の外に出て鼻と口を覆う布を叩き、体についた塵を払い落とし、きれいにします。体調のすぐれぬ者は鍛冶場に入れないようにすることも大事です」


 遮るように、男の一人が言った。

「それでは仕事がはかどらぬ。鍛冶は身も心も時もつぎ込まなくてはできぬ」


 真貴は男に向き直って応えた。

「たしかに鍛冶の仕事はそのようなものかも知れません。ただ、いくらかの工夫とやり方を少し変えるだけで、職人の方々が健やかに長いこと仕事ができるようになれば、仕事のはかどり方は、むしろ良くなるとは思えませぬか?」


 少しの間、沈黙の時間が流れた。遮光眼鏡を作ってみようと言った男が沈黙を破った。


「職人が十年ほどで働けなくなるから、我々は次々に新たな職人を育まねばならず、いつも人手が足りない。そのうえ働けぬ病人も抱え込むことになる。もし職人が二十年、いや十五年でも働くことができ、体を損なうことが少なければ、その方がいいのではないだろうか?」


 また少し沈黙が続いた。そして年かさらしい男が口を開いた。

「まずは、職人たちに鼻と口を覆う布を渡そう。そのうえで、風の流れを整え、目を守る道具を作ろう。休みの取り方はすぐには難しいが、体調の悪いものが減ればできる見通しが立てられるかもしれない」


 鍛冶場をめぐる話し合いが終わった。


 真貴と秀柾は別の建物に案内された。驚くべきことに寝台ベッドが用意されていた。寝床には藁が敷かれ、布が掛けられていた。その上に猪や鹿の獣皮が置かれていた。


 あまりにも多くのことがあった一日だった。二人はすぐに深い眠りについた。


過酷な鍛冶の現場の改善を提案した真貴

秀柾とともに長い一日を終えた

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