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第十七話 山人(やまびと)

山中で真貴と秀柾はいきなり弓矢を持った男たちに囲まれた

 木立の中から五人の男たちが小走りに現れた。二人はやや小ぶりな弓を構え、二人は太刀を持ち、年かさの一人は槍を杖のように突いていた。

 太刀を持った一人が叫んだ。

「その人から離れろ!」

 真貴は周囲を警戒しながらゆっくり立ち上がり、女性からさがった。秀柾は、叫んだ男に矢を向けている。


 槍を持った男が太い声を出した。

「リョー、タカ、矢を下ろせ。よく見よ。この人たちはツルを助けてくれたんだ」

 真貴と秀柾を見て続けた。

「あなた方も矢を下ろしてください」

 秀柾は真貴が小さくうなずくのを確認して矢を下ろした。


 槍を持った男は頭を下げた。

「申し訳ない。悲鳴が聞こえたので、慌ててしまった。狼に襲われたところを助けてもらったようだな」

 真貴は時間がもったいなかった。

「そうです。手当を急ぎましょう。一刻も早く傷口を洗って、狼の唾の毒を洗い流し、傷口を閉じて血を止めないと」

 止血帯で縛っているが、ツルと呼ばれた女性の傷口からは血が継続的に漏れているようだった。止血帯はときどき緩めないと体の端々に血が届かず壊死が起きる。傷口を早急に閉じることが必要だった。


「あんた、傷口を閉じることができるのか?」

 最初に大声を出した男が真貴に尋ねた。

「ここでは無理です。まずは、きれいな水と、水を沸かせるところが必要です」


 男は槍持ちの年かさの男に言った。

「ツルの手当てをやってもらおう。ツルを助けてくれたこの人たちを消すことはできない。俺たちのことは黙っていてもらえるよう頼もう。」


 槍持ちの男は一瞬ためらったが、うなずいた。

「ツルを背負え。急いで里に向かうぞ」

 男は真貴と秀柾を見ながら言った。

「ともに来て、手当をしてほしい。礼をせねばならん。それから、話をしたい」

 真貴は秀柾を見て、うなずき合った。

「分かった。行こう」


 ツルを背負った男たちとともに、真貴と秀柾は谷筋の一つに入った。四半刻ほど進んだところで小さな沢があった。真貴はツルの止血帯を緩め傷口を流水で洗った。さらに四半刻ほど進むと集落が見えてきた。


 一行は集落に入った。建物の作り、屋根の葺き方などが佐閑の里とは違っている。


 やがて、一軒の小屋についた。ツルを筵に寝かせた。真貴は傷口のあたりが微妙に熱を持っていることに気が付いた。


 真貴はツルの傷口を洗いながら集まってきた女たちに声をかけた。

「きれいな水で湯を沸かしてください。塩を用意してください。それと……縫い針と糸、できれば絹糸を用意してください」

 真貴は背負っていた荷物から薬草の紫紺を取り出した。怪我をした際の消毒用に持参してきたものだった。

「これを急いで煎じてください」

 

 真貴は、沸いた湯を椀にとって塩を入れて塩湯を作った。傷口とその周囲を塩湯で洗い、さらに紫紺の煎じ薬を器にとって冷まし、傷を洗った。その間に、先を曲げた縫い針に糸を通し、沸騰水で消毒した。


 傷口からは依然として血が流れ出ている。

「傷口を縫って閉じます。我慢してください」

真貴は、ツルに声をかけて、縫合を始めた。ツルは自分の着物の袖を咥えて痛みに耐えた。足を四針、腕を三針縫った。


 秀柾も里の者たちは真貴の処置をただ呆然と見ていた。


 縫合を終えた後、真貴は、ツルの世話をする女たちに、傷口を清潔に保つための洗い方や紫紺の煎じ薬による消毒の仕方、さらに縫合した糸を抜き取る時期とやり方などを説明した。


 秋の短い日が傾き、谷にある村には夕暮れが訪れつつあった。


 治療を終えた真貴と秀柾は、別のやや大きな建物に案内された。二人がツルを助けたときに脱ぎ捨てた笠と蓑が戸口近くに掛けられていた。


 粗末なものではあるが椅子とテーブルが用意されていた。はじめて椅子を見た秀柾は戸惑ったが、真貴に倣って腰を下ろした。

 里の女たちが食事を持ってきた。椀には肉を使った熱い汁物が入っており、皿に饅頭状のものが載せられていた。いずれも、真貴がこの時代で遭遇するとは思ってもみなかった食べ物だった。箸のほかに金属製の匙も用意されていた。二人は不思議に思いながらも食事を摂った。


 女たちが食事を引くと、真貴、秀柾と対面する位置に、男たちがひじ掛けのついた椅子を運び込んできた。暗くなり始めた小屋に、皿に入れられた灯明が持ち込まれた。灯明の獣脂の匂いが、ほのかに小屋に満ちた。ほどなく、四人の男たちが一人の高齢の男性を支えて入ってきた。男性は助けられながらひじ掛け椅子に座った。男たちは椅子の両脇に居並んだ。続いて三人の女性が入って来て男たちの横に並んだ。いずれの者の服装、髪型も佐閑の里のものとは趣が異なっていた。


 椅子に座った老人が話しはじめた。

「あなた方は、ツルを狼から助けてくれた。さらに傷を見事に手当てしてくれた。強く感謝する」

 居並ぶ男女が礼をした。

「礼をしたいが、その前に約束いただきたいことがある。我らのこと、この里のことを決して漏らさないと誓ってほしい」

 老人を含め、居並ぶ男女の表情が険しかった。

 真貴は、老人を見つめながら答えた。

「お誓いしたいが、その前に事情をお聞かせいただけますか?」

 老人は少し考えて答えた。

「我らは化外けがいの民なのだよ。この国では」

「どういう意味でしょうか?」

「我らは人を殺めたり害をなしたり、盗みをしたりはしない。それでも、京から見れば、居てはいけない民なのだ」


老人はゆっくり続けた。

「我らの祖は、ほぼ百七十年前、大唐帝国の北辺にあった渤海と称した地からこの国に流れ着いた。渤海国は隣国「遼」の侵略によって王家は断たれた。臣民は国を再興しようとしていたが国の真ん中にあった長白山が大噴火した。灰は七日間降り続いたという。故地は火山灰に埋もれた。生きるべき土地を失った我らの祖は南の高麗を目指して船を出したが、難破してこの国に流れ着いたのだ」


 真貴は仁に教わった歴史――平安中期、中国大陸では唐が九〇七年に滅び長く混乱が続いていた――を思い出した。


「日本国と渤海国とは二百年にわたる国交があった。しかし国を失った我らは流浪の民であり、公に入国は許されない。日本に漂着した後、我らは人目を避けて山奥に逃げ込んだ。こうして我らは山人やまびととなった」


 浅間山が噴火したときの一家の悲劇を真貴はありありと思い出した。一面、灰色の大地を捨て、生き延びるための辛い旅、たどり着いた先での過酷な生活。そして、ようやく手にしたささやかな幸せを抱きしめる日々。山人たちと自分たちの軌跡が重なった。


「ご事情をお話いただき、得心しました。この里のことはけっして他言いたしません。我らも十三年前の浅間権現様の噴火で上野に住めなくなり、辛い旅の後、信濃にたどり着いた者です」


 老人は大きくうなずいた。

「ご理解に感謝する。我が名は大賀玄徳。渤海王家「大」の流れを汲むものである。この山里には渤海国の子孫が多いが、日本国内で身分を失い山中に逃れてきたものもいる。あなた方と同じく、十三年前の噴火の際に流民となり、この里に加わった者もいる」


 老人が名乗ったので、応えるべく秀柾も名乗ることにした。

「我らは信濃の佐閑の里のものです。私は望月六郎秀柾、そして我が姉、真貴です」


 そのとき建物の外で小さな叫び声が上がり、中年の女性が駆けこんできた。見ると、少し足を引きずっている。

「そなたの父は望月五郎秀隆殿か?!」

「いかにも、我が父は望月五郎秀隆にございます」

「なんと……マキ、生きていたのね!私です。そなたの叔母、フキです」


 目の前の中年女性の顔が真貴の中で若返った。父の弟、若き叔父の美しい妻の顔に重なった。

「お、叔母姉さま!」

「六郎殿は小太郎か?秀隆殿、ウネ殿、そして我が夫、秀則殿は……?」

「……皆、亡くなりました。叔父上は、あの野盗との戦いの翌日に、父母とは佐閑の里までは一緒でしたが、翌年に父が、さらに翌年に母が亡くなりました」


 フキはその場に座り込んだ。

「ああ、なんと……そうでしたか……」

「叔母姉さまこそ、ご無事で……」

「恥ずかしながら、とにかく生き延びました。あの時、私を捕らえようとした野盗の頭目を秀則殿が食い止めて、私に『逃げろ!』と叫びました。私はあなたたちの後を追おうとしましたが道を失い、崖から落ちました。頭を打ち、足を折り、動けなくなって死にかけているときに、この方々に助けられました。記憶もしばらく失って、ようよう起きたことを思い出したのは一年を過ぎた頃でした」


 フキは顔を両手で覆った。


「気が付けば私は山人になっていました。もう戻ることはできません。どうしようもなかったことと思います。しかし、それでも、命がけで私を守ろうとしてくれた秀則殿のことを思い、胸が痛んで眠れない夜を何度も過ごしました」


 真貴はフキの傍らに膝をつき、フキを抱きしめた。


「我ら人の力では、どうにもならないことはいくらでもあります。亡くなった叔父上も、我が父母も、けっして叔母姉さまを責めたりはいたしません。いえ、こうして再会できたのは叔父上のお導きがあってのことだと思います」


 玄徳が呟いた。

「因縁よのう。ともに山の噴火によって多くを失った我らが出合い、叔母と姪とがこのような形で再会することが、あろうとは……」


 真貴はフキとともに立ち上がり玄徳に言った。

「ありがとうございます。あなた方のおかげで叔母は命を長らえることができました。どうか、叔母をよろしくお願いします。お礼をしなければならないのは私の方です」


 玄徳はかぶりを振った。

「もう十年以上前のことではないか。それにフキ殿は我らの仲間として十分に働いてくれておる」


山人たちは倒れた王国、渤海国の末裔だった

しかも、十三年前、野盗に襲われたときに離れ離れになった叔母が生きていた

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