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第十六話 狼狩り

佐閑の里の夜に狼の遠吠えが聞こえる

真貴と秀柾は狼狩りを決意する

 稲の刈入れが終わると、佐閑の里の朝晩は寒さを覚えるようになる。


 好天が数日続いたところで、秀柾と真貴は大豆の刈入れを行った。麦の刈入れ後に施肥を行った効果と早めに発芽をさせて移植栽培した効果とにより、大豆の背丈が高くなり、収穫量は村の標準作の二割かた増えたようだった。


 黄色く色づいた豆を取り出した後の莢と、刈り取った大豆の茎は、東雲の大事な飼い葉になる。畑に残した大豆の株は、そのまま鋤き込んで秋蒔き麦の肥料となる。

 山村では耕地を最大限に活用して食料を確保する必要があった。

 

 真貴は米作りの準備も始めた。村から借りた三十歩の荒田に生えていた雑草を鋤こみ、初夏に摘んで集めたスズメノエンドウの種をユイと一緒に丁寧に蒔いた。村人たちは、田起こしまで半年以上ある時期に真貴が始めた活動を不思議そうに見ていた。


 落ち着いた日々は長くは続かなかった。


 大豆の取入れから幾日もない夜、ユイは夜中に不安を感じる声に目を覚ました。彼方から聞こえるその声は人間の声ではなかった。ユイが起き上がったことに気付き、真貴も秀柾も起き上がった。三人が聞き耳を立てていると、声は東の上野こうずけ側の山中から聞こえてくるようだった。


 ユイが秀柾に尋ねた。

「秀柾様、山から不気味な声が聞こえませんか?」

「聞こえます。あれは狼の遠吠えです。縄張りを誇示しているか、仲間を呼んでいるのでしょう」


 今度は真貴が秀柾に尋ねた。

「よくない兆しですか?」

「はい。村長から、数日前に山に入った者が『狼らしい影を見た』という話をしていたと聞きました。狼が依然として里山の奥に居ついていることは確かです」

「三年前は狼狩りを行ったのですね?」

「ええ、やりました。この状況では、今回もやらざるを得ないでしょう。犠牲者が出てからでは遅いです」

「私たち二人だけでできますか?」

「弓も太刀も使えぬ村の人は、来てもらっても危ないだけです。私たちだけでやるのが一番いい方法です」


 秀柾と真貴は狼狩りの計画を立てた。三年前に秀柾が弓の師である城資柾に従って行った狩りは、狼の痕跡をたどり、追い詰めて射殺す追跡法であった。時間と手間はかかるが、狼を罠で捕らえるのが困難である以上、実効が上がる唯一の方法と言えた。


 秀柾と真貴は一日がかりで準備を行った。蓑と笠、食料と水筒、替えの草鞋、火起こし道具を持つ。山刀を持ち、弓矢を携え、太刀を佩く。懐には礫縄も収めた。今回ばかりは、ユイの同行を許すわけにはいかず、寺で預かってもらうこととした。


 翌朝、秀柾は東雲の世話を村人に頼み、真貴はユイを妙泉寺に託した。不安そうな表情のユイに真貴は語りかけた。

「遅くなっても、明後日の夕暮れまでには戻ります。和尚様のお手伝いをしていてください」

 ユイは不安そうな表情を崩さず、うなずいた。

 良真和尚にも頼んだ。

「ユイをお願いします。できるだけ寺から出さないように、人に会わせないようにしてください。この子は、まだ、他人が不安で、心が落ち着いていませんから」

「分かっておる。お前たちは気をつけてな。けっして無理をせず帰って来てくれ」


 二人は山に入った。


 最初に、以前、罠にかかった鹿が食い荒らされていた場所に向かったが、そこには新しい狼の痕跡は見つからなかった。そこで、他の獣の通り道をたどることとした。 狼のような肉食獣は獲物となる動物の獣道をたどり狩りをするので、狼の痕跡を探すには適した方法である。


 半日かかりで捜索を続け、二人は雑木に囲まれた小さな水場を見つけた。小動物が水を飲むためにやってくる場所である。周囲を丁寧に調べていると、秀柾が声をあげた。

「姉上、見つけました。五、六匹の群れのようです。二、三日前の足跡と思います」

「どうします?ここで待ちますか?」

「いや……足跡をたどりましょう。別の狩場にいるかもしれませんし、運が良ければ巣穴を見つけることができるかもしれません」

「わかりました」


 山での活動は危険と隣り合わせである。特に馴染みのない領域に入り、自分の位置を見失ったら里に戻れなくなる恐れがある。秀柾は二百歩毎に山刀で立ち木に鉈目を刻み、尾根筋に出るたびに周囲の山々と里の方向を確認した。


 二人は日が落ちるまで、とぎれとぎれの狼の群れの足跡を丁寧に追った。

 日没後、大きな岩陰で風が当たらない場所を選び、野営地にした。小さく焚火を起こした。真貴は食料として、風間家の静子が持たせてくれた干飯と、猪狩りの後作った燻製肉を持ってきていた。水筒の水で口の中の干飯をふやかして呑み込み、焚火で肉をあぶって食べた。


 秀柾が小さな声で話しはじめた。

「姉上とこうして二人でいられることがほんとうに嬉しいです。姉上が龍神様の許に行かれた後、村の人たちは、食べ物や着るものをちゃんと手配し世話をしてくれましたが、私には近しくしようとはしませんでした」


 真貴は黙って弟の話に耳を傾けた。

「和尚様は、姉上が優しく、賢く、私と村を救うために龍神様の許に行かれたこと、生前の父上が立派な武者で、村の脅威だった野盗を倒したことを語ってくれました。私もお二人に近づけるよう弓を学びましたが、自分の力量がどれほどか測ることもできず不安なままでした。しかし、姉上が戻られて、すべてが変わりました。元服を果たすことができました。心細かった剣も、馬に乗ることも、修練を始めることができました。なにより、私はようやく、心の内をすべて明らかにすることができました」


 真貴は焚火に照らされ、瞳を輝かせて語る弟の顔が愛おしかった。

「長いことそなたを一人にしたこと、ほんとうに済まぬことと思っています。龍神様の許で修業しているときも、幼いそなたの姿を思い出しては、気にかかっておりました」


 秀柾は以前から気になっていたことを思い切って尋ねてみた。

「姉上。姉上は剣も馬も弓も、薬草も、田畑のことも、何もかも常人が及ばぬ力を身につけられているように思えます。龍神様の許での修業は、さぞ、厳しく、お辛かったと思います」


 真貴は龍口家で過ごした十年を思い出した。

「いいえ、まったく辛いことはありませんでした。まるで夢の中で過ごしたような楽しい日々でした。修業は辛いから身に着くものではありません。できるようになること、分かることが楽しい、嬉しい、好きだからこそ身に着くのですよ。少しずつ、楽しみながら、賢く、強くなりなさい」


 二人は不測の事態に備え、交代で寝て朝を待った。山中の夜明けは冷える。二人は起き上がると手を擦り暖めて、燻製肉を口にし、追跡を再開した。


 追跡は上野側の山奥に深く入っていくことになった。足跡はしだいに鮮明なものとなってきた。 昼を過ぎたあたりで、糞を見つけた。足跡もはっきりしていて、いつ狼と遭遇してもおかしくない状態になった。秀柾は矢を一本箙からとり、いつでも弓に番えられる態勢を取った。真貴は礫縄を取り出し、掌部に石を収めた。大きな音を立てないよう気づかいながら二人は群れの足跡を追った。


 広葉樹林の鬱蒼とした森を慎重に進んでいくうちに、二人の耳に人の悲鳴が聞こえた。狼の群れが向かった先の方向である。二人は一瞬顔を見合わせ、蓑と笠を捨て、武器を構えたまま駆けだした。


 藪をかき分けるように三十間あまり走ると、籠を背負った女性が六匹の狼に囲まれていた。女性は四尺あまりの木の枝を手に持ち、振り回して狼たちを追い払おうとしていたが、勢いがあまり枝が手から離れた。狼たちが女性に飛びかかった。


 真貴が気合とともに礫縄から最初の一撃を放った。石は狼の一匹の脚に当たった。三匹の狼が、自分らの背後に現れた真貴と秀柾に向き直った。秀柾は群れの首領らしい一匹に狙いをつけ一の矢を放ったが、襲われている女性を射線から外すことを優先したため手前に外れた。真貴は太刀を抜いて狼の群れに迫った。秀柾は二の矢を番え走り寄って、再度、首領を射た。矢は腰のあたりに命中した。狼の群れは散り始めたが、二匹の狼が、一匹は女性の足に、もう一匹は顔をかばおうとした腕に嚙みついていた。真貴は女性に走り寄り、まず足側の一匹の頸をめがけ太刀を振るった。切られた狼は弾けるように女性から離れた。秀柾が駆け寄って、間近から最後まで女性の腕を噛んでいた一匹の体の中心を射た。ようやく狼は女性から離れ、その場で動かなくなった。


 真貴は女性の傍らに膝をついた。キノコ狩りに来ていて襲われたのだろう。そばに転がった籠からはキノコが転がりだしていた。傷口から血が流れ出している。まずは止血が必要だった。真貴は籠の背負い縄を切って止血帯にした。

 女性は佐閑の里のものではなかった。服装も村のものとは違っていた。女性はしばらく呆然としていたが、助けられたことが分かると、真貴の手を掴み小さく声を出した。

「ありがとうござます……ありがとうございます……」


 狼を追って行った秀柾が戻ってきて、真貴の隣に膝をついた。

「逃げられました。ただ、群れの首領には矢が刺さったままですから、そのうち死ぬでしょう。ここで二匹を仕留めましたから、しばらくは人を恐れて、山奥からは出てこないでしょう」

 真貴はうなずいて答えた。

「狼狩りはここまでですね。あとは、この方をお助けしなければ……できるだけ早く傷口をきれいな水で洗わなくてはなりません」

「ここは尾根筋に近いですから水を得るには少し下る必要があるでしょう」


 秀柾が立ち上がり、行く方向を探ろうとしたその時、鋭い呼子の音が鳴り響いた。



山中で出会った人々

彼らは何者?敵か、味方か……

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