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第十五話 佐閑の秋

佐閑に秋が来た 村人たちは年貢を無事に納めることができた

 佐閑の里の米の収穫が終わった。


 猪や鹿の被害を最小限の被害で免れることができ、幸いなことに四石(六百キログラム)ほどの米を収穫することができた。山村の六反(約六千平米)の田んぼの収穫としては良作であった。村人は総出で収穫した米を俵に詰めた。二十俵になった。佐閑の里に課せられている年貢は収穫の多少にかかわらず三石(四五〇キログラム)なので、この年は村人もいくらか米を口にすることができそうだった。


 収穫後、年貢米を納め終えてようやく農民は責を果たしたことになる。すなわち佐閑の里の者は三石分、十五俵の米をもろにある平賀の郡代屋敷まで運ぶ必要がある。例年ならば村長が十五人の男たちを率いて三里の道を年貢を担いで運んでいたのだが村長が腰を痛めたこともあり、年かさの者を含む十人の村人に加え、秀柾が馬を引くことでその任を担うことになった。


 秋晴れの日を選んで一行は早朝に出発した。重い荷を負って三里の道を進むのは半日かかりの仕事になる。一行は、芒がそよぎ、秋の光を銀に返す千曲川沿いの道をゆるゆると進み、昼頃ようやく、平賀の郡代屋敷の門前にたどり着いた。


 郡代屋敷の門には門番が立っていた。

 年かさの村人がしり込みするので、やむを得ず秀柾が用向きを告げることにした。

「佐閑の里の者である。年貢を納めに参った。それがしは望月六郎秀柾、村長の名代を務めます」


 門番がいったん屋敷の奥に引っ込み、係りの者を連れてきた。

 秀柾は東雲に積んでいた俵を下ろし、村人とともに屋敷の蔵前まで十五俵を運んだ。係りの者は俵の一つから一掴みほどの籾を取り出し、指先できつく摘まんで実の入りを確認した。次に、細い棒で、俵を次々に刺して、異物の有無を確認したうえで、三石の米を受け取った。


 秀柾が初の大役を終えて緊張を解き屋敷を後にしようとしたとき、屋敷の中から中年の武者が小走りに現れた。

「秀柾殿、郡代様がお呼びです。こちらにお出でください」

 秀柾は怪訝に思いながらも郡代の要請には応じざるをえず、屋敷内に向かことにした。村人たちが集まり不安そうにしていたので、門前で東雲とともに待つように頼んだ。


 案内された部屋に入り秀柾が控えると、ほどなく郡代が現れ、一段高くなっている御座に腰を下ろした。秀柾は手をついて礼をした。

「望月六郎秀柾にございます」

「平賀忠景である。面を上げられよ」


 忠景は引き締まった体躯の五十路ほどの武者で髭を蓄えていた。

「そなたが秀柾か。諏訪の風間清継殿が烏帽子親となって元服されたと聞いた。噂に高い龍神の巫女はそなたの姉と聞いたが確かであるか?」


 秀柾は自分らの動向が郡代の関心を引いていることに少し驚いた。

「いかにも。若輩者ですがどうかお見知りおきを。龍神の巫女、真貴は確かに我が姉に相違ありません。この夏、十年の修業を終え、龍神のもとより戻りました」


「伝え聞くところによれば、そなたの家は寛平の御代に上野に赴いた望月の一族とのこと。であれば我が平賀と同じく滋野の一党の内である」

「ご一党とお認め頂ありがたき幸せ。今後とも、よろしくお願い申し上げます」

「よき若武者と会えた。覚えておこう」

 忠景はすっくと立ち上がり部屋を出て行った。


 忠景との面談を終えて屋敷の門前に出ると、村人たちが不安そうに秀柾を迎えた。ただの顔見世の挨拶だったと告げると一同はほっとして、帰路についた。


 年貢を無事納め終えた安心感と重たい荷からの解放感で村人たちの表情は明るく、口も軽くなった。秀柾を待っている間、村人たちは屋敷の下働きの者たちと話をしたようで、新たに得た話題を大声で話していた。そのうち、ひとりが一風変わった話を始めた。


 その者が聞いたのは怪異の話だった。海尻でどこかの姫が護衛とともに賊に襲われ千曲川の渓谷に身を投げたのだが、その数日後の夜、海尻の小寺をずぶ濡れの少女が訪れ、京への道を尋ねて立ち去ったというのである。


 この時代、人々は怪異を信じていた。さらに、日々の暮らしの中での楽しみは、伝え聞いた話をさらに人に聞かせたり、聞いたりすることであり、その中で話は民衆の潜在意識によって大きく変貌していく。


 秀柾は、おそらく元の話は、姉が作り上げた類子が死んだことにするための話であろうと思った。それが人々の間で、不思議な形で広がり始めたとは思ったが何も言わずにいた。


 一行は日が落ちる前に村に帰り着いた。

 村中が、年貢を無事納め終え、しかも手元に一石もの米を残すことができた喜びに包まれていた。翌日、この年の籾を十分に手に入れたので、村の女衆が、不作時の種籾にすべく前年に収穫し保存していた籾をすべて出して米粥を作った。無事に一年を生き延びた味であった。

 

 年貢の郡代屋敷への搬送を契機に、村人たちの秀柾に対する呼び方が変わった。元服後も秀柾を依然として小太郎と呼んでいたものがいたが、すべての村人が秀柾様と呼ぶようになった。


 秋の深まりとともに、村人は里山に入る機会が増えてくる。秋の里山は、冬に暖を取るための薪、肥料とする落ち葉、保存食となる木の実、さらにキノコなど、村が生き延びていくために必要な多くのものを提供してくれるからである。


 狼の脅威は依然として去っていなかったので、村人たちは複数人で山に入った。鳴子を鳴らし、歌を歌い、声を掛け合った。男たちの中には猪狩りで効果があった槍を持つ者もいた。真貴が教えた礫縄も徐々に使おうとするものが増えてきた。


 真貴の予想外だったのが村の年かさの子どもたちが礫縄に夢中になったことだった。子どもたちは自分らで強力な武器が作れることに魅せられていた。しかしながら礫縄は危険だった。石を振り回しているときに近づいたり、石を飛ばすタイミングを誤ったりすると近くにいる者に大怪我をさせる可能性がある。実際に、小さな事故がいくつか起きた。


 真貴は子どもらが礫縄を使うのを禁止しようとしたが、秀柾が反対した。実体験から、秀柾は、子どもが、特に男の子が武器にあこがれることを止められないことを知っていた。禁止すれば隠れて行うようになるのでより危険になると説明した。

 

 秀柾と真貴は話し合い、二つの規則を決めた。一つは子どもらについては、礫縄の手から石までの長さを一大尺(約三十センチ)とした。もう一つは、振り回しはじめる時には、必ず「伏せ!」と大声を出し、それを聞いた者は、その場に突っ伏して手で頭を覆うことを約束させた。


里への狼の脅威は続いている

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