第十四話 礫縄
猪を狩った真貴と秀柾だったが、次は狼の脅威にさらされる
秀柾を見る村人たちの目が少しずつ変わり始めていた。生贄の身内として皆で面倒をみていた少年は逞しい若者に育ちつつあった。ことに望月六郎秀柾という名を得て、確かな弓の腕と指揮ぶりで戦果をあげた猪狩りの働きで、秀柾は村を守る武者としてみなされるようになりつつあった。
ただ、すべてが上手くいくわけではない。秀柾と真貴は、定期的に仕掛けた罠を調べに行くが、そのうちの一つが大変なことになっていた。罠には鹿が捕らえられていたが、その鹿は無残に食い荒らされていた。現場を見た秀柾は顔色を変えた。
「これは、まずい」
「秀柾、この鹿を襲った獣が分かるんですね?」
「はい。狼です。少なくとも、五、六匹の群れだと思います」
ニホンオオカミは明治時代に絶滅した。真貴が知っている狼の知識はかつて礼司に渡された資料に載っていたものだけで、漠然と危険だと知っているにとどまっている。
「やはり、危ないのですね?」
「ええ、すぐに村人たちに気を付けるように言わなくてはなりません。ただ気をつけろと言っても、秋の山での仕事をしないわけにはいかないでしょうが……」
「これまで、どんなことがあったのですか?」
「三年前、山に入っていた年寄りが襲われました。私は師匠の資柾殿に付き従って、狼を狩るため山に入りました。ところが私たちが山に入ったところで、村はずれで子どもと母親が襲われ、亡くなりました。やつらは、賢くて残忍です」
「それから、どうしたのです?」
「村の人には日が落ちたら家から出ないようにさせました。資柾殿と私は、日が傾き出したら村を回り、その後は山に入って狼を狩りました。なんとか二匹狩ったところで、彼らは姿を消しました」
「このたびも同じようにするしかないですね。犠牲者が出る前に」
「ええ、そうです」
秀柾と真貴は村に戻り、寺に村の主だった者たちを集めた。ユイは真貴の隣に寄り添うように座った。秀柾が、里山に狼の群れが現れたことを告げると、三年前の記憶も生々しく、座はざわめいた。
猪狩りに参加した村人の一人が立ち上がった。
「三年前とは違う。俺は槍で狼を仕留めてやる!」
秀柾が慌てて手を上げた。
「無茶です。狼は素早い。投げ槍を当てるのは難しいうえ、投げたら丸腰になります。奴らは群れで動くんです」
「では、ただ怯えていろというのか?狼は昼間でも襲ってくるときがあるんだぞ!」
言葉が詰まった沈黙のあと、真貴が口を開いた。
「秀柾、狼は……遠くから、いきなり飛びかかってくるのですか?」
秀柾は首を横に振った。
「いえ。狼が襲うのは、“ばったり出くわしたとき”か“相手が逃げようとしたとき”です。こちらが身構えていると分かれば、近寄ってきません」
「では、槍を持って威嚇して、後ずさりしなければ……」
「ええ。武器を構えたまま、決して逃げ腰にならなければ、襲われる危険はずっと減ります」
真貴はゆっくりとうなずいた。
「つまり、槍を持っているから危ないのではなく、『投げて丸腰になるから危ない』のですね」
「はい。とにかく――逃げないことです」
真貴は秀柾の経験や、村人の記憶をもとに、狼から身を守るための方策を三つにまとめた。
「ひとつめ。一人では絶対に森に入らないこと。子ども同士も、母と子の組み合わせもだめです。必ず、場数を踏んだ大人が率いること。どんな事情があっても、日が落ちる前には戻ることを約束してください」
村人たちは一斉にうなずいた。三年前の惨事が胸に残っているのだ。
「ふたつめ。村内でも、田畑に行くときでも、必ず何人かで動き、声を掛け合うこと。畑での作業中も声を掛け合ってください。お互いの気配を保てば、狼と出くわすことを避けられます」
年寄りの一人が「それならできる」と小さく答えた。
「みっつめ。槍を携えることはいいことだと思います。ただし――投げてはいけません。あくまで“脅して退かせるための槍”です。投げて丸腰になれば、その瞬間に命を落とすことになります」
村人たちは真剣な面持ちで聞き入っていた。
翌日、真貴は葛の繊維を編む作業を始めた。葛はその根を薬の材料として用いるが、葛のツルを採取し加工することで、非常に丈夫で実用性のある繊維を取り出すことができる。真貴は繊維を作りためていた。
ユイがつきっきりで見つめる中、真貴は作業を続け、投石機を編み上げた。
真貴は農作業に行っていた秀柾に声をかけ、三人で湖岸の川口近くに行った。足元には山から運ばれてきた石が無数に転がっている。
真貴が秀柾に尋ねた。
「秀柾、どれか石を拾って、湖の方にできるだけ遠くまで投げてみてください」
秀柾は姉の意図が分からないままに、手のひらで包める大きさの石を拾い、思い切り遠くまで投げた。石は二十間(三十六メートル)あまり飛んで水面にしぶきをあげた。
「これでいいでしょうか?」
「ええ、秀柾ならどこまで飛ばせるかを知っておきたかったのです。次は私が投げてみましょう。道具を使って」
秀柾は姉が懐から出した奇妙な紐のような道具をどう使うのか見当もつかなかった。
真貴も秀柾が拾ったものと同じくらいの大きさの石を拾い、投石器中央部のやや広くなっている部分に石を収め、振り回せる準備を整えた。
「二人とも下がって、頭を低くしてください」
秀柾とユイの安全を確認してから、真貴は石を吊るした投石器を頭上で回し始めた。秀柾とユイは何がはじまるのか分からず真貴を見ていると、真貴の手元から紐が解け、石が勢いよく飛び出した。石は秀柾が投げたときの倍近く飛んで湖面にしぶきをあげた。
秀柾は驚いて、湖面と真貴の手元の紐を交互に見た。
「姉上、それはいったい何なのですか?」
「これは龍神様の許で学んだ道具です。礫縄と呼びましょう。唐土よりさらに彼方の国では、狼を退けるために使われていると聞き、作ってみました。秀柾はこれは役に立つと思いますか?」
「役に立ちます。狼を見つけたとき、かなり遠くでも礫を投げつけられます。当たらなくても追い払えます」
「では、いくつか作って、使い方を村の人たちに教えましょう」
珍しくユイが発言した。
「巫女様、私に作り方と使い方を教えてください」
ユイの瞳には、確かな決意が宿っていた。
「分かりました。ただし、私がよいと言うまでは、必ず私と一緒に修練します。これは身を守る道具ですが、誤れば人を傷つけますから」
ユイは大きくうなずいた。
真貴は投石器を作り礫縄と名付けた




