第十三話 獣害
里には秋風が吹き始めた 実りの季節だが問題がある
佐閑の里には秋風が吹き始めた。早めに発芽させた秀柾の大豆の莢は、日に日に大きく膨らんでいった。収穫は莢が黄色くなり、乾いて音を立てる一か月先だが、真貴はまだ青い大豆の苗を数本だけ収穫した。
実の入った莢を枝から外し、湯に放り込む。ほのかな香りが立ち上がる。塩を振ると、千年後の龍口家でも皆で食べた枝豆となる。
三人は初秋の味を楽しんだ。ユイには初めてとなる枝豆だった。恐る恐る莢をつまみ、口に含んだ途端、ほっと息を漏らした。塩味に続く素朴だが力強い甘みが、佐閑の里の地味のように感じられた。
東雲には実を取ったあとの豆柄と茎が与えられた。馬は鼻を寄せ、心地よさそうに食んだ。
里には短い秋が訪れつつあった。
山村の秋は多忙な時期である。四か月余りも続く冬を乗り切るための備蓄を行わなくてはならない。
まず暖を取るための燃料である。真貴はユイとともに薪を集めた。湖の畔の佐閑の里の近くには、湖に流れ込む川が幾筋かある。これらの湖への河口近くには、大雨が降った時に上流から流されてきた木の枝が多く落ちている。これを拾い集めては小屋の周囲に積み上げていく。
食料のうち主食は初夏に収穫した麦と、これから収穫する大豆となる。ただ、これだけだと栄養が偏るので、真貴は柿の葉、蓬や滑莧、さらには山芹なども採取しては陰干しをしてビタミン源の確保に努めた。
寒さ対策、食料の確保は人間だけの問題ではない。あらたな家族でもある東雲のために、秀柾は馬小屋の周囲に囲いを作り、秣集めを精力的に行った。
村の人々にとって、秋は米の収穫の時期である。この年は、大雨や旱もなく、収穫間近に野分が来ることもなかったので、平年作よりは良い収穫となりそうだったが、最後に山村特有の難題が待っている。猪と鹿による食害である。この時期、猪は主に夜間に、鹿は夕暮れ時に現れて田を荒らす。村民は見張りを立てて彼らを追い払うために大声で怒鳴ったり、木を叩いて音を出したりするが、なかなか防ぎきれるものではない。
村民たちは、この数年、彼らを狩ってもらいたいと秀柾に依頼してきていた。秀柾もたびたび弓矢をもって狩りに臨んできたが、彼らの出没が暗い時間帯なうえに、警戒心が強く素早く逃げてしまうために満足な成果は上げられずにいた。
弓矢での駆除だけでは限界があると考え、秀柾は真貴と相談し、いくつかの対策を試すことにした。
一つめは鳴子である。綱を田畑の周囲に巡らせ、一間おきに乾いた木や竹を紐で吊るす。猪や鹿が綱に触れると、木がぶつかり合って音を立てる仕掛けだ。音に驚いて獣が退く効果のほか、暗闇の中でも「どこから侵入したか」が分かる利点があった。
二つめは罠の設置である。山の獣は必ず決まった通り道を使う。秀柾は足跡や糞の位置からその道を見極め、くくり罠を仕掛けた。一本の棒に結わえた紐を獣が引くと棒が外れ、木のしなりを利用したバネが働いて綱の輪が締まり、獲物を捕らえる仕組みである。
三つめは、秀柾の弓矢だけに頼らず、何人かの村人にも投げ槍を持たせる策である。村には槍がなかったため、硬い木の枝を削って先端を尖らせ、先端近くに重りとなる石を括り付けて投げ槍をこしらえた。慣れれば短い距離なら猪の鼻先を狙うこともできる。
すぐに効果が表れたのは鳴子だった。田畑の不寝番をしていた村人が鳴子の音で侵入に気付き、追い払うことができたことが何度か続いた。
罠の方はなかなか成功しなかった。仕掛ける場所や仕掛け方の試行錯誤を重ね、ようやく鹿一頭を捕らえることができた。
三つめの策は満月の夜を待って行うこととした。村人たちは、その夜に備えて投げ槍の練習に励んだ。秀柾はむろん弓矢で参加する。真貴は秀柾の矢を借りてアトラトルで参加することにした。指揮を執るのは秀柾である。
少し冷え込みだした夜の田で、四人の村人と秀柾、真貴は静かに侵入者を待った。月が中天からやや西に傾いたころに八間ほど離れたあたりの鳴子が音を立てた。様子をうかがっていると大小五頭ほどの猪が鳴子に少し警戒したものの、次々に収穫間近の田に入ってきた。普段なら、ここで大声をあげて木を打ち鳴らして追い払うのだが、この夜は秀柾の計画に従い、皆静かに行動した。
秀柾、真貴を中央にして一列横隊に並んだ狩り人たちの中で、まず秀柾が矢を番え、月明かりの下、一番大きな猪に狙いをつけた。真貴もアトラトルに矢を番え、次の一頭に狙いをつけた。
秀柾が音を立てないようにそっと立ち上がった。真貴も左手にアトラトルを構えた。
秀柾が矢を放った。弦が鳴る音に猪たちの動きが止まった。すかさず真貴もアトラトルから矢を放った。秀柾の矢も、真貴の矢も狙いの猪に命中した。傷を負った二頭が暴れ出し、猪たちは一気に森に駆けだした。
村人たちと秀柾、真貴は大声をあげて猪の群れを追った。
傷を負い動きの悪くなった二頭を、村人たちが至近距離から投げ槍で仕留めた。村人たちは、追い払うだけでなく、猪を仕留めたことに興奮し、何度も大きな声で叫んだ。
仕留めた猪は夜のうちに村外れに運ばれ吊るされた。翌朝、真貴は巫女装束で猪を前に立ち、湖の対岸の龍神への感謝の祝詞をあげた。儀式が終わると猪は解体された。骨と肉は切り分けられた。骨は叩き鍋に入れられ汁となった。肉は小さく切られ汁で煮られ、椀に注がれて村人に配られた。村の全員が参加し、米の収穫が守られた喜びを分かち合った。
一度に二頭の大きな猪を仕留めたため、肉はとても食べきれない量になった。真貴は村の女たちに、冬の備えとしていぶし肉(燻し肉)を作ることを提案した。佐閑では、生肉や干し肉は作ったことがあっても、本格的な燻製を作った経験のある者はいなかった。真貴は礼司に習った方法を思い出しながら、女たちの協力を得て作業を始めた。
大鹿の山塩を溶いた塩水に肉を浸し、一晩おいて水気を抜く。次に日陰で干してから塩抜きをし、その後、組んだ枝の下でゆっくりと煙にくゆらせる。手間のかかる仕事だったが、冬を越す保存食ができるとあって、女たちは皆熱心に手を貸した。やがて村には、香ばしく肉をいぶす匂いが広がりはじめた。
猪を狩ることで冬のタンパク源を得ることができた




