ACCESS 02-2
「えっ? レベル3以上を見つけたら手を出さないでくれ?」
驚きの声を上げたのは背中に太刀を背負ったレッドブラウンの髪の少女――恵子だった。
数字の羅列が後ろに飛んでいく。――実際に跳んでいるのは太智とそれに並んで跳ねる恵子である。二人は無限に続く青いパイプラインのような迷路を低く飛ぶように跳ねていた。
「どうしてそんなことを?」
隣でポニーテールを、名前の通り馬の尻尾のように上下左右に振りながら跳ぶ恵子が聞いてきた。
一瞬宙を仰いで、少し考える。しかしすぐに「大した問題ではない」と判断し、今日、恵子が来る前のことを話した。しかし、自分がギルドマスターに向いているかどうかということは話さなかった。それこそ、ギルドをよく知らない恵子に相談するべきではないと思ったからだ。
と、急に恵子が足を止めた。太智も足を止めて、恵子に振り返った。恵子の顔が、いつもより青く、強張っている。
「なに……それ……」
声も、いつもより幾分か低い。怒りを抑えているのがよく分かる。恵子の右手が、ゆっくりゆっくりと持ちあがっていく。
「大したことじゃないよ! 僕はただ相談に乗ってもらうだけで、その為に一度その人に共闘してもらうだけだから……」
必死に弁解を試みる太智。しかしその言葉は最後まで言わせてもらえなかった。
ゆっくりとしていた恵子の腕がすっ、と背中の太刀を握って、捲くし立てたのだ。
「うるさい! 大体、後ろめたい人はそう言うのよ! 相談って、なに? 私じゃあ話にならないってわけ? 私より、その藍って女の方が信用できるの?」
今にも飛び掛かってきそうな物腰、対照的に、太智は落ち着いた口調に落ち着いた思考で恵子に言葉を返した。
「うん……まあ……一応はそういうことになってしまうかな。恵子はまだログイン歴もギルドに入ってからの日も浅いからね」
「だからって……そんな理由だからって、他の人の所に行くわけ?」
「人聞きが悪いなぁ。恵子だって大事な相談をする時は、いろいろ詳しかったりする人に相談するだろ?」
「知らない! 勝手にすれば!」
二ヶ月一緒に過ごして、こうなった恵子は落ち着くまでどうしようもなくなってしまうと知っている太智は、ログアウトする恵子を止めなかった。どうせしばらくしたらギルドホームに帰ってくるのだ。
恵子が立っていた場所をしばらく眺めていた太智だったが、恵子の誤解を解くために奥に進み始めた。右手を振り、ホロウィンドウを展開した。パスワードとコマンドを入力し、周囲――太智を中心とした半径四〇〇メートル範囲の回路を索敵する。青いマスが複雑に並べられた画面の端の方に、赤く表示されたマスが映った。ハッキングソフトの地図を頼りにそこへ向かう。
ついた場所には、真新しい爪跡があった。下には、まだ消滅していないデータの破片がある。
新しくハッキングソフトをダウンロードしたので、バグウィルスが回線につけた異常な傷跡までも探知できるようになったのだ。傷跡を見つけられれば、その周辺にバグウィルスが侵入したページがある可能性があり、エンカウント率が高くなる。
転がったデータ片の大きさと傷跡の修復具合から、まだこのあたりにいるかもしれない。
周辺の壁を凝視すると、左右合計四枚の扉が現れた。普段は壁に飛び込めば近くのページに自動的にアクセスされるのだが、このように注意して回路を見ると、URLの刻まれた扉とその上にページのタイトルがプレートのように現れるのだ。
太智が目を付けたのは、『リアル造形技術』というタイトルだ。特に意味はないが、興味を引いたのがこのタイトルであっただけである。
扉に軽く触れると、アクセスが開始された。体の感覚が一瞬無くなる。
「うわっ!」
普段より少し長いロード時間を過ぎると、いきなり本物のような鮫が出迎えてきた。無論模型、しかもインターネット内のである。鮫型のバグウィルスなどは存在しないので、一瞬とはいえ驚いてしまった自分が、太智は恥ずかしかった。鮫の後ろには、たくさんのリアルにできた模型が並んでいた。行列を作る蟻から両翼を備えたドラゴンまで、今にも動き出しそうなほど躍動感に溢れている。遠くの方には、造りかけのまま放置されている作品も幾つかあり……
「ん?」
と、その近くには奇妙な模型があった。
毒々しい表面に黒い斑点、トカゲのように細長い頭を冠した半獣半人――バグウィルスのレベル1に多い種類のタイプそっくりである。
この辺りは、怪物や合成生物などの架空生物の模型が置いてあるらしい。バグウィルスのようなものや獣人系は見れたものだが、サソリの尻尾の先に人間の頭があるものや蜘蛛の胴体に人間の手足が二対四本、頭には目の代わりに人間の頭が蜘蛛の目の数だけくっつけられたものなどはとてもじゃないが見れたものではなかった。そのどれもが動き出しそうなリアルさなので、下手なホラー映画よりも怖いかもしれない。
普段関わらないような空間だったため、つい長居してしまった。現実の世界には、もう、博物館など近くに無くなってしまったので、新鮮な気持ちになった。太智は早速お気に入りに登録した。そういえば、と思いだした風に未完成模型を見ると、ふと、妙な点があることに気付いた。そこに並べられた模型たちは、頭や腕などが欠けているが、どれも塗装されているのだ。
一般的に、模型というのは形が完成してから塗装するものであり、製作途中の模型に塗装する人は普通いない。理由は単純、塗りにくいからだ。
しかしこれらは、頭が無いのに首まで塗装され、腕が無いのに肩まで奇麗に塗られている。明らかにおかしい。もっと奥にあった未完成模型は灰色のパテ状態だったり白い紙粘土や石粘土で形作られている地がむき出しのものばかりであった。ジャンルも関係ない。ただ未完成品としてまとめられていた。
ならば、ここにあるパーツの欠けた模型は何なのか。よく観察して見ると、欠けた部分の近くに引っ掻いたような傷が幾つもあった。つまり、これらはバグウィルスによって壊された模型たちなのだ。
断定はできない、あくまで仮説だ。だが、太智はバグウィルスの仕業であると、信じて疑わなかった。
模型でも何でも、ページ内でただ壊れただけ、例えば戦闘の時に偶然壊れたりしても、二四時間後には元通りに修復される。壊された模型の数は一〇体。そのどれもが頭や腕といったお手軽サイズのものばかりであった。つまり、壊された模型の無くなったパーツはバグウィルスによってこのページから持ち出された、またはバグウィルスの糧にされたというのが最も簡単な考えである。ログインダイバーによる武器の製作、というのも一度考えたが、それにしては模型から失われたデータ量が少なすぎる。よって後者の考えを太智は捨てた。
残った『バグウィルスによるデータの運出及び吸収』の仮説が正しいとすれば、バグウィルスは再びこのページに姿を現すだろう。太智は徹夜の覚悟で入り口近くの家の模型の中で息を潜めた。《失われた記憶》のギルドホームより広かった。