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LOG IN  作者: ヘッキー
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ACCESS 01-6

 ゆっくり、重く閉じていた瞼を押し上げる。焦点が定まらず、視線が宙を泳ぐこと数秒。恵子は太智の姿を見つけた。

 彼は何か気だるそうな、退屈そうな表情で目の前に浮かぶディスプレイを眺めている。

 太智が腰かけている椅子、肘を立てているテーブル、そして恵子が寝ているベッド以外、この部屋には何も無かった。

 恵子がしばらく太智を見ていると、ディスプレイをつまらなそうに見ている彼のその眼がゆっくりと閉じ、立て肘の上に乗せていた頭がバランスを崩した。太智の頭は重力に引かれ、およそ二〇センチの高さから落下。ゴツン、と派手な音が響いた。


「ちょっ……!」


 頭をぶつけたまま起き上がらない太智を見た恵子は、痛む体をベッドから引きずり下ろして太智に近づいた。


「どうしたの!? まさか、私が気絶しているうちにバグウィルスに…………!?」


 どうにか太智の座る椅子に辿り着き、机の足を支えに立ち上がる。机に突っ伏している太智を揺するが、反応を示さない。パニックに陥った恵子は、あわあわと慌てふためいてバランスを崩した。足が思い通りに動かず、もろに尻もちをついた。が、冷静さを欠いている恵子はそれを全く気にせず、もう一度立ち上がる。

 ふと、テーブルの上に浮いている、太智がつまらなそうに見ていたディスプレイに目を留めた。


『ドッキリ大成功!』


 カラフルに彩られたその文字が、ディスプレイの中で明滅している。

 しばらく放心した様子でポケっ、とそれを眺めていた恵子は、突然キッ! と太智を睨みつけた。だが、太智は笑いを堪えているでもなく、傷によって倒れているわけでもなく、すうすうと寝息をたてて眠っていた。

 それを見た恵子は呆れ、怒る気力も失せた。つまらなそうな目は、瞼が下がってきたことによって「つまらない」と思っている風に見えたのだ。

 では、このディスプレイの文字はというと……十中八九、太智が恵子を驚かせようと準備したものだろう。ご丁寧にも、太智の右手には小さな動画ムービーファイルが握られていた。それが何を意味するのか、恵子は知っている。きっと太智は、彼女の意識が回復して、声を掛けてきた時に腹の下で右手の動画ファイル――赤いデータ片で構成されているそれを握りつぶし、あたかも重傷であるように見せかけた上でここにあるディスプレイを見せて驚かせようとしたのだろう。

 だが、恵子が太智の予想以上の時間昏睡状態であった為、待ちくたびれて今に至るのだ。

 ……ところでここはどこなのだろう、と恵子は《部屋》を見渡した。

 床、壁、天井の六面全てが黒と白のチェック柄に彩られた正方形の部屋。恵子と太智だけ。あるのは簡素な、どこにでも売っていそうな小さめなダイニングテーブルと、太智が座っている椅子、そして恵子がさっきまで寝ていたベッドだけ……なんという殺風景さだろう。そして、四つあるうちのどれにも、ドアらしきものはない。

 窓もない。完全な密室……らしい。

 とにかく、仮想ディスプレイがあることから、ここが現実世界リアルでないことは確かだ。

 恵子はよろよろと歩き、ベッドに飛び込む。そして今の状況を考える。


 ――私は確か、赤いヤモリみたいなバグウィルスを追ってて、一本角のバグウィルスに会って気絶して、……で、どうなったんだろ? なんか体中痛いし。あ、刀持ってちょっと気が大きくなったのは覚えてる。

 あのバグウィルスはどうしたんだろう。太智が斃したのかな? 相当疲れてるっぽいし……。寝てる……。

 そういえば、今何時だろ? どれくらい気絶してたのかな? お母さんは心配しているのかな――


 そのままうとうとと眠りそうになり、慌てて跳ね起き……れなかった。とにかく、覚醒。

 なにはともあれ、ここからどうやって出るかだ。太智も一緒ということは、彼が恵子もろともこの空間に来たということは間違いない。ということは、今この状況でここから出る術を知っているのは太智だけということになる。そして、その太智は絶賛睡眠中である。

 ゆったりとした寝息から、彼を起こすことは躊躇われる。かといって、このまま二人でいるというのは、今起きている恵子的に気まずい。

 恵子は、この男女二人っきりという状況を再び考え、落ち着きがなくなる。何故かそわそわし、何故か意識してしまう。太智は眠っているのだが、恵子はずっと彼に向けていた視線を外し、そっぽを向いた。だが、目だけはちらちらと彼のことを見ようとする。


「うわ~~~~~~!」


 胸の奥にあるもやもやした、物で例えるなら綿アメみたいなスチールウールのようなもじゃもじゃした物っぽいものを連想させる、よく分からない感情を、空気のような声で発散させる。それだけで治まらず、足をバタバタと動かそうとした。

 だが、よく分からない感情が増幅していたせいで体中が痛いということを忘れていて、つい、


「イタッ!」


 と叫んでしまった。

 それを聞いた太智が起きた。

 ゆっくりと頭を持ち上げ、そのゆっくりとした動きのまま恵子の方へ顔を向けた。その顔はとても眠そうで、とても無防備だ。


「ああ、起きたか」


 太智は思いっきり伸びをすると、ディスプレイを見、そっぽを向いている恵子を見、何か気付いたかのようにディスプレイを指し、言う。


「……見た?」

「……………………」


 コク、と頷く。

 太智は「そっか」と短く言い、大袈裟に肩を落とした。そして素早くディスプレイを消す。


「じゃあ……」


 と言って立ち上がろうとした太智の腹部から、赤いデータ片が突然噴き出し、


「ぐはっ!」


 と呻くような声を出して床に倒れた。

 恵子はそれをしばらく見つめると、


「バカ、右手のムービーにも気付いてるから」


 と言った。


「なんだ、そんなとこまで見てたのか」

「突然寝ちゃった方が驚いたわよ」

「ああ、そうだっけか? というか、いつから起きてたんだよ?」

「太智がちょうど寝た時」

「入り違いならぬ寝違い……それだと別の意味だな。言うなれば起き違いか」

「はいはい、何違いでも構わないからとりあえず起きたら?」


 そう言われて、太智が椅子に座る頃には、恵子は呆れてさっきのもやもやは忘れてしまっていた。

 いつの間にかまっすぐ太智を見ている自分に気付かず、恵子はさっき考えたことをぶつける。


「まず、どうやってバグウィルス二体から逃げてこれたの?」

「妹栗が二体とも斃したからだよ」


 恵子の問いに、さらりと答える太智。

 恵子からすれば、さっぱり理解不明な返答である。しかし、太智のその答えには嘘偽りは一パーセントたりとも含まれてはいない。太智は確かにその目で、恵子がバグウィルスを斬り斃したのを見たのだ。

 だが、てっきり太智が斃すなり撒いたなりと考えていた恵子は、意外な返答に思考が一度フリーズした。


「どういうこと?」

「そのまんまだよ。妹栗が太刀タイプの武器でばっさばっさと魔獣鬼バグウィルスを切り刻んで……覚えてない?」

「うん」

「やっぱりか。いや、声掛けても全く返事しないからさ、もしかしたら起きた後もこの事覚えてないかもな~、って思ってたんだよ」

「もしかしないでも覚えてないんですけど」

「聞きたい?」

「聞きたい」


 ~約二十分間説明中~


「へえ、そんなことが」

「へえ……って他人事のような反応だな」

「まあ、これで体中痛い理由がわかったわ。その、なに? 瞬間移動みたいな速さで動きまわったせいで筋肉痛みたいになっていると?」

「最後に『?』マークがあるじゃんか。本当にわかってんの? あながち間違ってないけど。…………正しく言うと脳が疲れて神経が痛んでると錯覚してるんだけど」


 最後の一言はボソッと言ったのだろうが、生憎恵子には聞こえていて、彼女は頬を赤く染めてまたそっぽを向いてしまう。


「そっ! そんなことはわかってるわよ! 『?』マークはちょとだけ、本当にちょっとだけ自信がなかっただけなんだから!」


 突然の発言、行動に、太智は目を一瞬丸くする。


「なに? 妹栗ってそんなキャラだったの?」

「そんなキャラって何よ! そんなキャラって! 私は私よ! ……まあいいわ。で、ここはどこ?」


 突然爆発したように、突然落ち着いて――溜息混じりで――聞く。


「うん、牢獄」

「はっ!?」


 さらっと凄いことを言った太智。驚いて飛びあがろうとした恵子は、再び激痛に襲われてそれを実行できなかった。

 だが、飛びあがれなくとも恵子の心境は大変なことになっていた。


 ――ろろろ、牢獄って、バカじゃないの!? なんでそんなに落ち着いてられるのよ! 慣れてるの!? バカじゃないの!? やっぱり私がバグウィルスを斃したなんて完全なる嘘、ハッタリ、虚偽、ブラフなんだ! 連れて来られて、ここはバグウィルスの巣なんだ! ああああああ、そもそも牢獄って何!? 仮想世界にも牢獄が存在するの!? 作れるものなの!?――


 それで机と椅子とベッドしかないのだと、恵子は変なところで納得してしまった。そういう目で見れば、白と黒のみの部屋は牢獄に見えなくもない。

 この危機的状況で一体自分は何をやっていたのだ、なぜ太智を気にしていたのだ、と自己嫌悪になる。

 身を捩らせて、傍から見ても苦悩している様子が分かる恵子を見て、太智は思わず噴き出した。


「ああああんた! 何笑ってんのよ! 私たち閉じ込められてんのよ!? ちょっとは緊張感を持ちなさいよ!」


 ぎゃあぎゃあ喚く恵子を見て、太智は遂に腹を抱えて笑いだした。笑って大きく揺れる手で何とかホロキーボードを出現させ、ひひひひ、と笑いながらディスプレイを恵子の目の前に出現させる。

 それは、見たことのある画面。赤と黄色を主体に彩られた、ある文字。目の前で明滅するそれは、とても目によろしくない。字をひとつひとつゆっくりと眺める。


『ドッキリ大成功!』


 呆けた顔でそれを見つめる恵子。その恵子を爆笑して眺めている太智。


「ふっ」


 それが何の音か、恵子は一瞬分からず、太智は相変わらず笑っていて聞こえていない。


「ふっ、ふふふ、ふははは、はっはっはっはっはっはっはっはっはははは!」


 それが自分から零れていると気付いた瞬間、笑っている恵子の感情が、頭の中で呆れていた恵子と同調する。つまり、キレた

 流石に高笑いのような笑い声が聞こえてきたことがあって、太智は恵子の方を見、そして凍りついた。

 怖いのだ。恐ろしく怖い。魔獣鬼よりも怖いかもしれない。《不可動現象》が起きてしまうかもしれない。恵子はとてもいい笑顔で笑っているのだが、その笑顔と笑い声が合っていないのが怖い。天使の笑顔を持った魔王という例えがぴったり合うかもしれない。という風な笑い方だ。


「悪い子にはお仕置きが必要ねー」


 冷ややかな声が降ってくる。無意識の時の恵子とは違う殺意が伝わってくる。向こうが破壊的なら、こっちは毒のような感じである。


「いや、あの、妹栗……いや、妹栗様。申し訳ございませんでした。つい出来心で、その、ずっと暇だったといいますか……」

「言い訳はあとでゆ――――っくりと聞いてあげるわぁ。それよりも、ここがどこなのかを教えなさい」


 完全が立場は逆転している。人生的にも仮想世界の戦闘でも先輩である太智が下手したての、その後輩である恵子が女王様のような口調で話す。


「ここはですね、普通のウェブページを改造した《ホーム》でありまして、仮想世界こっちでの第二の我が家、俺……いや、ワタクシは今のところ《独りソロ》なのでこんな質素なのであって、けして妹栗様を驚かせようと改造したではなく、ワタクシのセンスの問題なのです。ここに来るには、ホロキーボードを使ってURLを入力するしかないのです。あと、メール機能を応用して瞬間的にここに来ることが可能です」


 必死。殺気を早く鎮めたい一心で下手に出る。いつの間にか、太智は床で正座をしている。

 ベッドの上で、痛いはず――怒りで痛みなど感じていないのかもしれない――の腕と足を組み、凍りよりも冷たい視線で太智を突き刺している恵子に、このルームのURLを送る。恵子はそれを一瞥すると、何でもなかったのかのように「ふん」とだけ言って閉じた。

 そして沈黙。

 さっき恵子が感じていたものとは違うものが、太智の中に生まれた。恵子とはまた違う緊張で、ある意味落ち着かない。勿論、お互いそんなことは微塵も知らない。


「……そく」

「はい!?」


 聞こえた言葉に反応した太智が飛びあがる。

 顔を上げたその先には女王様の影はなく、女王様になる前、の更に前の時の何故か頬を染めた恵子がやはり顔を背けて座っていた。


「ち、近いうちに私がここでギルドマスターをやってあげる約束をしてあげてもいいわ。まあ、そ、その時は貴方は私の下僕になるのよ。否定権はないわ、これは報いよ」


 突然の申し出、というか命令? 太智は呆けた顔でそれを聞いていた。

 正直な気持ちは嬉しいのだが、恵子の態度の豹変ぶりについて行けるかという不安がある。女王様になったりツンツンしたり……もしかすると他にも別の恵子を見ることができるかもしれない、そう思うと何か楽しみが増えそうだ。


「うん、わかったよ」


 強張った顔の筋肉をなんとか動かして笑顔を作る。

 その顔を見た恵子は、ふん、と鼻を鳴らしてルームからログアウトした。

 緊張から解放されると同時に、突然広くなった感じがして少しの寂しさを覚えた。よく思い出してみると、人と、特に女子とあれほど長く一緒にいたのは久々だ。一人の寂しさには慣れていたつもりだったのだが、人間、そう簡単に変われるものではない。

 勿論、現実に戻れば学校に友人はいるが、いる・・だけである。あの日・・・を境に、自ら距離を置いている。あれさえ無ければ……

 ぶんぶんと頭を強く振ってネガティブな思考を振り払う。そのためにも、僕は死ぬわけにはいかない。

 体育祭でアクティブ状態だったために更新が遅れました。……体育祭でなくても、まあ、遅いんですけど。

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