ACCESS 01-2
読んでくださる方は神です。
……が、その分頑張ってください。
きっと読みにくいです。
恵子の住んでいる、新千葉県富里市は、最先端を競うようにして発展する新東京都や新大阪府と比べ、ゆっくり、少しずつ馴染んでいくような速度で発展している。その為、先頭を行く2つの都府で登場しているインターネット網に常時アクセスしているAIを搭載した機械人形やオートパイロットシステムの自動車などが未だに流れ込まない。せいぜい、お金に余裕がある道楽者がちょくちょく持ち込んでくる程度である。
しかし、そんな県の市でも、医療に関してはいつも控え気味なその手を、精一杯伸ばす。
この赤十字総合病院も、外見こそ昔の趣を残したままであるが、中身はまるで別世界のように最新技術が詰め込まれていた。医師と技術者の割合が4:6、正直、医師の数はそんなに多くなくても良い時代だ。機械がほぼすべての患者の様子を四六時中目を離さずに確認しているからだ。
それでも医師がこれほど多いのは、単に患者の気持ちを和らげるためだ。
新東京都では完全に機械を信用しきっている為に不安を抱える者は少ないが、新千葉県などはまだ機械を信用しきれていない。いつ回路が狂うかと思うと、患者は常に恐怖と隣り合わせになっている。
「手は尽くしました。意識は近いうちに戻ると思います」
清潔感の溢れる白衣に身を固めた看護婦を隣に、コートのような白衣を着た医師が残していった言葉だ。
(機械が……だろ。何を偉そうに)
恵子は口に出さず、心の中で毒づく。
彼女の目の前には、点滴の管が何本も繋げられ、変わり果てた友人・淀字美琴が白いベッドの上に倒れていた。足から頭までを包帯で覆われている為、顔が見えない。
「ミコ……」
何度目になるだろう、恵子は呟いた。
いつか自分の声が届くのでは、そういう思いの込められた声だ。だが横たわった彼女は、恵子のその声に少しも反応を示さない。
生きているとは思えないほど、動かない。
美琴は交通事故に巻き込まれたという。
加害者の乗っていた車は、新千葉県には数少ないオートパイロットシステムを積んだものだったという。
加えて、信号機が故障したという偶然も重なり、美琴は残酷にも事故に巻き込まれたのだ。
加害者は治療費だけ残してさっさと逃げ帰ったらしい。
恵子と同じく、美琴の見舞いに来た入須李歌の集めてきた情報である。李歌の後に続くように、二人病室に入ってきて、病室の人数は美琴を含め五人になった。
返事のしない友人を囲み、深海のような重い空気で病室は満たされていた。
先の情報以外の会話は、ない。
それぞれが心の中で怒りやら悲しみやらを必死に抑え込んでいる。
「あの……さ、噂で聞いたんだけど――」
沈黙が破られた。静かでなければ聞こえないような、控え目な声である。
声の主は、情報を集めてきた李歌である。
「――ネット上に正体不明のウィルスが発生したんだって。ミコの事故の原因って、信号とオートパイロットの故障でしょ? この故障とウィルス、何か関係あるんじゃない?」
「そんな筈ないわ」
恵子が即座に否定する。
「信号の故障は回線のショートって言ってるし、オートパイロットの制御は車に積んだAIが行っている筈だもの。ウィルスは関係ないんじゃない?」
「いや、信号だって大元を辿ればネットに行きつくし、車のAIだってネットに常時アクセスしてるんだから、ウィルスの可能性は十分にあると思う」
「うっ」と恵子が言葉に詰まる。
気が立っていたとはいえ、違う、と断定したも同然のような発言をしてしまい、その上反論できないような正論を突き付けられた。
恵子はおとなしく黙った。彼女自身、自慢ではないが言い争いが弱い。
李歌は、黙り込んだ恵子を見、寝たままの美琴を見、した。
「ねえ、提案なんだけどさ」
三つの視線が李歌を睨む。
しかし李歌は動じず、次の言葉を繋ぐ。
「ここにいる四人で、ミコの仇を取らない?」
とたんに、二人が目を背ける。
そんなことできるわけないだろう、という意思表示のようだ。
だが、恵子は黒い双眸で提案した当人を見ていた。
さっきまで弱々しく濁っていた瞳に、希望や復讐といった輝きが射し込まれる。
「……そんなことができるの?」
恵子に言葉に僅かながら語勢を感じられる。
抑えているつもりなのだろうが、これから李歌が話すことを聞き逃すまい、というよう気が逸り、恵子は僅かに身を乗り出していた。
その彼女に対し、李歌は静かに頷いた。
恵子の声を聞いた二人の女子は一度拒絶したことが後ろめたいのか、牽制するような視線を恵子と李歌へ交互に送りながら聞き耳を立てる。
「恵子さん、貴女は中学生の時からハッキングをしているでしょう?」
突然の言葉に、恵子は驚きに目を開かせた。
「な……!」
「だからこそ、貴女に頼みたい。貴女しか頼れない」
真剣な、灰色の双眸で見つめられた恵子は、李歌の宥めるような優しい声に落ち着きを取り戻した。
何故に、李歌が恵子のハッキング行為を知っていたのかは解せないが、恵子は、李歌の言うことに嘘がないと感じられた。
李歌の方も、恵子の心、行動に偽りがないと感じ、心の中でほくそ笑んだ。
「じゃあ、美琴の仇を取れる……可能性がある方法を教えてあげる」
李歌は、やや躊躇った様子を見せながら次のことを伝えた。
「まずは『ヘッドセット』を使う方法でのハッキングを行って。そしたら、ホームページやサーバーに侵入して隈なく周りを探して。『ヘッドセット』を使えば仮想現実空間として周りが見えるから、感覚的に探せるはず。で、ウィルスが見つかったら高度なセキュリティの場所まで誘導して、削除してもらう。こういう流れよ……どう? できそう?」
恵子は李歌の作戦を心の中で反芻し、仮定想像する。
姿は知らないが、ウィルスと接触し、どう対処するか。どうやって誘導するか。うまく誘導できたとして、自分がセキュリティに引っかからないようにしながら、どうやってウィルスを勝ち合わせるか、など。
特に、最終段階は慎重に行わなければならない。何せ、自分の命に関わることなのだ。下手をすれば、死ぬ。
一瞬気が引けたが、目を逸らした先、ベッドに倒れた親友の酷い姿が視界に入ると、そんな弱気はどこかへ消し飛んだ。
「やる……できるとも!」
決意と共に声を張り上げ、立ち上がる。反動で倒れた椅子が、静かな病室に派手な音で啼いた。
それを見た李歌は、強い笑みで恵子に答えた。
して、四人は解散した。
恵子たちがそれぞれの帰路へ着き、李歌は最後まで病院の入り口前で、全員の姿が見えなくなるまで残っていた。
やがて、病院前から人の気配が感じられなくなった。
ようやく李歌は、堪えていた笑いを零した。クックック、という忍び笑いは、彼女を祝福するための鐘のように響き、空に解けていった。
……理解し難いような気が。
それでも完結に向かって書き続けます。