第9話 交錯する影
警視庁の仮設ブリーフィングルームに重たい沈黙が落ちていた。紅月開発という存在が、ただの闇企業ではない――その輪郭が、少しずつ見えてきたからだ。
「……内部アカウントだった?」翔太の言葉に、美咲が静かにうなずく。
「紅月に関するデータにアクセスできるのは、ごく限られた人物。経済班か、会計課。それか――上層部」
玲奈が腕を組んだまま、目を細めた。「氷室さんが言ってた。庁内にも“変な動き”を感じていたって」
翔太が首をかしげる。「その氷室って人、今どこにいるんだ?」
玲奈がわずかに表情を曇らせた。「それが……足取りがわからない。」
「え?」美咲が声を上げる。
「家ももぬけの殻。携帯も圏外。行方不明になってる」
翔太の表情が険しくなる。「まさか……消された?」
「断定はできない。でも、私たちが紅月の名前にたどり着いたタイミングと一致してるのよ」
翔太が真剣な眼差しで玲奈を見た。「その人……本当に信用できるのか?」
玲奈はうなずいた。「私の父が公安にいた頃からの部下。信頼できるし、何より父が最後に調べてたのも紅月関連だった」
「その調査、引き継いでるのか?」と翔太。
「うん。氷室さんが父の遺品から見つけた資料を、私と共有してくれてた。その中に“紅月”の名前が何度も出てきた。警察内部の誰かが情報を流している形跡も」
美咲が息を呑む。「それって……内部協力者?」
玲奈はうなずく。「そう。氷室さんは“ある警視”の名前を挙げてたけど、証拠が揃わなかった」
翔太が真剣な表情を浮かべる。「今なら、情報を突き合わせられるかもしれない。氷室さんのデータ、どこかに残ってる?」
玲奈が頷く。「彼の自宅のPCに暗号化されたバックアップがあったはず。彼がいなくなったときのために、私がアクセスできるようにしてくれてた」
「じゃあ、今夜にも動こう。俺が車を出す」翔太が立ち上がる。
そのとき、警視庁内の警報が鳴り響いた。
「不審アクセス検知。庁内データベースに不正な接続試行!」
翔太が慌てて端末に駆け寄り、ログを確認する。「……また紅月関連。今度は経済事件記録へのバックドアアクセスだ」
美咲が叫ぶ。「何か消されてるの?」
翔太が頷いた。「ファイル構造そのものが改ざんされてる。明らかに誰かが“証拠隠滅”に動いてる」
玲奈が睨むように言った。「しかも内部から。アクセスキーは正規の上級職権レベル」
翔太が眉をひそめた。「これ、急いだ方がいいな。氷室さんのPCにあるバックアップが、今一番の鍵になる」
玲奈が決意を込めてうなずいた。「行こう。すぐにでも」
三人は、ついに“消された真実”の核心に踏み込もうとしていた。