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第5話 食卓の真実

数日後の夕方、捜査一課の若いメンバーである男性の同僚 翔太と女性の同僚 玲奈が、仕事が一段落したタイミングで美咲を誘ってきた。


「美咲、今日はさ、夕飯一緒にどう?」男性同僚の翔太が軽い調子で声をかける。


「いや、私は…」と、美咲は断ろうとしたが、女性同僚の玲奈がすぐに口を挟んだ。「そんなに警戒しなくてもいいじゃん。毎日仕事ばっかりじゃ疲れちゃうでしょ?今日はちょっとぐらいリラックスしようよ!」


美咲はため息をついたが、あまりにも熱心に誘ってくる二人に根負けし、「じゃあ、少しだけ」と渋々ながらも同意した。

美咲は単刀直入に言ってこの2人が苦手だ。

翔太は、少しお調子者な性格で、軽い雰囲気。

玲奈は、強気で活発、何でもズバズバ言うタイプ。

若手メンバーの中でも美咲のことを嫌っていないメンバーであることはなんとなくわかる。

しかし、人と一定の距離を取りたい美咲にとっては困難な2人だった。


彼らが向かったのは、捜査一課のメンバーたちがよく利用する定食屋。昔から営業しており、美咲の両親もよくここで食事をしていたという。暖簾をくぐると、店内は昭和の趣が残る落ち着いた雰囲気で、常連の客たちが黙々と料理を楽しんでいた。


「ここ、昔から捜査一課のみんながよく来るんだよね。なんか歴史感じるわ~」と女性同僚の玲奈が言い、男性同僚の翔太も「だよな~。こういうとこって安心するよな」と頷く。


美咲は黙って席に座り、メニューを眺める。しかし、店の奥から店主がこちらに気づき、目を細めて微笑みながら近づいてきた。


「やあ、美咲ちゃん、久しぶりだね。今日は仲間と一緒かい?」店主の顔には、昔から美咲のことを知っている親しみがあふれていた。


「ええ、少しだけ寄らせてもらってます」と美咲が返事すると、店主は嬉しそうに「いつもの定食でいいかな?」と尋ねてくる。


「はい、それでお願いします」と美咲は短く答えた。


同僚たちは、そのやり取りを興味深そうに見ていた。

「なんか、あの店主さん、美咲のことめっちゃ知ってるみたいだね」と翔太が小声でつぶやく。


玲奈も「確かにね。なんか昔から来てたの?」と美咲に問いかけたが、美咲はただ「まあ…少しね」とだけ言って、会話を流した。


しばらくして、料理が運ばれてきた。美咲が黙々と定食を食べ始めると、同僚たちもそれに倣って箸をつける。お酒も玲奈がいつの間にか注文していた。お酒の力もあり、和やかな雰囲気で食事会が進む。警察学校でのことなどの昔話に花が咲き、美咲も久しぶりに笑顔で食事をした。美咲がトイレに立った時に、店主がふと美咲の同僚たちに話しかけた。


「美咲ちゃんがここに来るのは、昔からだよ。今日は久しぶりに顔が見れて安心したよ。笑顔なんて本当に久しぶりだしね。両親もよく一緒に来てた。…でも、両親が亡くなってからは、彼女一人でここに来ることが多かったけどね。」


その言葉に、同僚たちは少し驚いた表情を見せた。「そうなんだ…でも美咲ってすごいよね。見た目もカッコいいし、仕事もできるし、なんであんなに一人で強くいられるんだろう」と玲奈がぽつりと言った。


店主は少し考えるようにしてから、静かに語り始めた。

「美咲ちゃんはね、普通の境遇じゃないんだよ。目の前で親を殺されてるんだ、そんな娘が普通であってたまるか。一人でずっと努力してきたんだ。公務員試験だって簡単じゃないし、毎日体を鍛えて、格闘技も続けてる。何かを成し遂げるために、並外れた努力をしてるんだ。」


少し間をおいてから店主はまた話し始めた。

「本当はそんなこと両親は望んでいなかったし、警察官になることだって両親は反対してた。よくここでそんな話をしていたよ。危険な仕事にはつかせないって、普通の暮らしをして普通に幸せになってほしい。刑事をやっていると普通の有難味がわかってくる。そんなことをいつも言っていたよ」


その話を聞いて、同僚たちは無言になった。店主の言葉が、彼らの心に響いていた。玲奈は小さく頷きながら「…そうなんだ。美咲、そんなに頑張ってるんだ」とつぶやき、翔太も「なんか…俺たち、軽く考えすぎてたかもな」と言葉を絞り出した。


美咲はそのやり取りに気づいていたが、特に反応せずにトイレから戻り、食事を続けていた。しかし、同僚たちの視線が少しだけ変わったことを、彼女は感じ取っていた。


店を出る頃には皆が少しだけ飲みすぎていた。翔太は「俺は電車だから」と言って駅の方に歩き二人と別れた。


玲奈は「今日は~、美咲の家に泊まるって決めたからね」と、まだ酔いが回っている様子で言い出した。


美咲は玲奈に帰るよう促したが、酔っぱらっている玲奈は頑として聞き入れない。「泊まるって言ってるじゃん!」「もしかして、家に男でもいるんじゃないの~?彼氏とか?」と笑いながら問いかける。美咲はその言葉に困った表情を浮かべるが、何も言えないでいる。


「え~!その顔、初めて見たよ~。美咲でもそんな表情できるんだね~」と、玲奈は酔っぱらいながら絡んできた。美咲は心の中でため息をつきながらも、仕方なく彼女を自宅へ連れて帰ることにした。


玄関の扉を開けた瞬間、玲奈は目を丸くした。

「え…ここ、本当に美咲の部屋?」と驚きを隠せない。


部屋の中は、女子の部屋らしさがまったくなかった。ベッドとデスク、そして体を鍛える器具とサンドバッグがあるだけ。テレビもなく、装飾品も何一つ見当たらない。壁には、筋力トレーニングのスケジュールや格闘技の技のメモが貼られている。


「…なんか、男の部屋よりも…いや、人の住む部屋とも違うよね」と玲奈はポツリとつぶやく。


美咲は淡々とした声で答える。「物が少ない方が集中できるから。テレビもいらないし、必要なものだけでいいの。」


玲奈はさらに部屋を見渡し、サンドバッグに目を留める。「え、毎日これでトレーニングしてるの?」


美咲は一瞬言葉を詰まらせたが、「そのサンドバックはお父さんの」とだけ答えた。


玲奈はその言葉にどう反応していいかわからず、少しだけ笑みを浮かべた。彼女は自分と美咲の生活や価値観の違いに圧倒されつつも、だんだんと美咲の背負う重さに気づき始めていた。


玲奈はしばらく沈黙した後、「…美咲、本当に強いんだね。でも、なんか…なんだろう。少し、かわいそうにも見えるよ。」と、酔った勢いで素直な気持ちを漏らした。


美咲は驚いたような表情を浮かべ、すぐに目をそらす。美咲は他人に同情されることを望んでいなかった。復讐に生きる自分を他人に理解されるはずがないと、心のどこかで決めていたのだ。


「私はかわいそうじゃない。ただ、自分の選んだ道を進んでいるだけ。」と冷たく言い放つ。


玲奈はそれを聞き、少しだけ戸惑ったが、玲奈の中で何かが変わり始めていた。美咲に対する関心がますます強くなる一方で、美咲の孤独な人生に対する同情の念が心の中にわき上がってきた。


その夜、美咲の家に泊まることになった同僚は、美咲がどんな人生を歩んできたのかを、少しだけ感じ取ることになった。


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