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第19話 封印された扉

玲奈は古いノートPCのモニターに映し出されたフォルダ名を、食い入るように見つめていた。


“R_Missions/RedMoonProtocol/PhaseTwo”


その名前の冷たさと重みが、部屋の空気を瞬時に変えた。翔太の姿はそこにない。だが、まるで彼の存在がまだこの空間に染みついているようだった。


「……PhaseTwo、始まるのね」


美咲の声がかすかに震えていた。彼女の指がマウスを握り、フォルダを開く。中には暗号化されたファイルが複数並んでいたが、そのうちひとつだけがパスワードなしで開ける状態だった。


玲奈は、翔太が残したUSBメモリに最後に記録されていたログを思い出した。「RedMoonProtocolにPhaseが複数存在する」「PhaseOneは端末を通じて選ばれた対象に感染する」「PhaseTwoは物理的な接触によって広がる可能性がある」


「拡散性のウイルス?」美咲が呟いた。「でも、これはネットワークを通じた操作じゃない。身体的な接触って……」


「人間を介するってことよ」と玲奈が言った。「つまり、PhaseTwoの標的は――人間そのもの」


二人の間に、再び沈黙が落ちた。


だが、その瞬間、ノートPCのスピーカーから小さなノイズ音が走った。自動的に再生が始まった動画ファイル。そこに映っていたのは、暗い部屋で何かを記録する翔太の姿だった。


《……もしこれを見ているなら、俺はおそらく、もう》


その言葉に、美咲が息を飲む。


《時間がない。風間はPhaseTwoの準備を進めていた。それは“選ばれた人間”に対する精神的な改変。RedMoonは、ただのマインドハックじゃない。潜在意識を書き換えて、別の人格を“埋め込む”……》


玲奈は顔をこわばらせる。美咲は唇を噛んだ。


《最悪のケースでは、対象者は“自分が誰か”すら分からなくなる。まるで、偽物の自分に置き換えられるように》


動画の最後、翔太は映像の向こう側に何かを託すように、わずかに微笑んだ。


《玲奈。美咲。お前たちなら、止められると信じてる》


映像が終わると同時に、玲奈は椅子から立ち上がった。


「行くべき場所がある。風間の“第二の拠点”……父が遺したメモにあった場所」


「……場所は?」


「港区、南青山。旧『紅月研究棟』」


その名に、美咲の顔色が変わる。「そこ、もう取り壊されたはずじゃ……」


「記録上は、ね。でも、地下フロアが残ってる可能性がある。記録では“消された”けど、父の手帳には“最後の扉”と記されてた」


美咲は数秒、葛藤するように目を伏せた。だが次に顔を上げたとき、すでに覚悟は決まっていた。


「わかった。行こう」


その夜、玲奈と美咲は現地に向かった。


南青山。旧紅月研究棟跡地は、フェンスで囲われ、再開発の工事が進行していた。だが裏手にまわると、今にも崩れそうな金属製の非常扉が半ば開いていた。


「誰か……すでに入ってる?」


恐る恐る中へ踏み込む。内部は想像以上に広く、薄暗く、異様に静かだった。落書きされた壁、剥がれた床材、そして……所々に残る医療器具の名残。


「ここ、何に使われてたの……?」


「元々は脳神経系の研究施設。その後、紅月が買い取ってから、急に記録が消えてるの」


地下1階、2階と進むにつれて空気が重くなり、彼女たちは次第に無言になった。


やがて、地下3階で扉に“RMP2-EX”と記された部屋にたどり着く。


「ここよ」


玲奈がドアノブに手をかける。開く――だがその瞬間、背後からかすかな足音。


「誰かいる……!」


美咲が振り返ると、暗がりの奥に人影が――。


だが姿はすぐに消えた。


「尾行……されてた?」


警戒しつつ中に入ると、そこには制御パネルや監視装置の残骸が散らばっていた。だが中央の操作台には、今なお微弱な電力が供給されていた。


玲奈がその電源を入れると、画面に浮かんだのは――


“PhaseTwo:起動シーケンス完了。コード認証まで60時間。”


「まだ止められる……」


玲奈の声は、震えていた。


だがそのとき、後ろの廊下でガラスの割れる音。


ふたりは顔を見合わせる。


「時間がない。やるなら、今」


背後には影。前方には、父の過去と紅月の闇。そして、翔太の残した希望。


PhaseTwo。60時間。


そのカウントダウンが、今、静かに始まった――。

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