第1話 誕生日の夜に
夕方、明るい笑い声と共に友人たちが美咲の部屋を盛り上げていた。17歳の誕生日を祝うために集まった彼女たちは、カラフルな風船やプレゼントで部屋を飾り、特別な日を楽しんでいた。屈託のない笑顔で友人たちと会話を楽しんでいる、どこにでもいる17歳の少女の生活がそこにはあった。
遅くならないうちに、誕生日を祝ってくれた友人たちが帰り、静けさが戻ってきた。美咲は自宅で一人、父親を待っている。
夕食の準備をしながら、心の中で心配がぐるぐると回っていた。父は仕事で遅くなるとさっき連絡がきた。「もう、私の誕生日は早く帰ってくるって言ってたのに・・・」と文句をつぶやきながら料理を作っている。
美咲は小さい頃に母親が亡くなり、父親と二人暮らし、父親は刑事で事件が起こると約束をすっぽかされることなんて日常茶飯事であった。
その時、携帯電話が鳴った。父からのLINEだった。「駅からタクシー乗った。もうすぐ家につくよ。ごめん」美咲はそのメッセージを見て少し安心したが、同時に胸の奥になぜか不安が募る。タクシーを利用して急いでいる父の姿が目に浮かぶ。心配しつつも、彼女はキッチンで料理を続けた。
タクシーが自宅マンションの前に到着し、男が降りてきた。美咲の父親である。タクシーも発進し男は足早にマンションへ入っていく。しかし、その瞬間、悲劇が訪れた。背後からパーカーのフードで顔を隠した通り魔に襲われた、数回にわたり背中を刺された。通り魔は逃走。
血まみれで倒れた父親は、突然の出来事に抵抗もできず、意識を失いそうになりながらも、這いつくばってマンションのエレベーターへ向かう。刺された場所が焼けるように痛む中、彼は美咲への誕生日プレゼントをカバンから取り出した。プレゼントを眺めながら・・・。
「ごめん、美咲…」と心の中でつぶやき、父親は涙を流す。もう美咲に会えないことを本能的に悟り、うまく声にならない叫びが彼の胸を締め付ける。彼の無念の思いが、暗い夜空に消えていく。
マンションの前を通りかかった通行人が、男の叫び声ともうめき声ともわからない声を耳にした。急いでマンションを覗き込み、血まみれで倒れている男の姿を見つける。通行人はすぐに警察と消防に連絡を入れ、救助を求めた。
静寂を破るサイレンが響き、夜の街をかけ抜ける。
美咲はそのことを知らず、父の帰りを心待ちにしていた。
ところが、突然、サイレンの音が自宅の前で止まる。
美咲は胸騒ぎを感じ、急に不安が募る。
「タクシーでもうすぐ着くんだよね?」と心の中でつぶやき、LINEを見たが特に父親からのメッセージはない。
エプロンを取り、エレベーターで1階に降りた。
エレベーターの扉が開くと、そこには衝撃的な光景が広がっていた。
すぐに顔は確認できなかったが、服装や雰囲気で倒れているのが父親だとすぐわかった。
血まみれで動かない彼を見た瞬間、美咲の心は凍りついた。「パパ、パパ!」と呼びながら彼に駆け寄るが、父からの返事はない。
手には、美咲への誕生日プレゼントが握られている。その小さな箱を見て、彼女はさらに胸が締め付けられた。ふいに目に入ったメッセージカードには、こう書かれていた。「17歳の誕生日おめでとう! いつも忙しくてごめんな。今年もパパと仲良くしてください」。
その瞬間、全てが崩れ落ちるような感覚に襲われる。美咲は呆然と涙を流しながら、父の前で崩れ落ちた。駆け付けた警察官と救急隊員が何かを言っているが、その声は耳に入ってこない。頭の中は真っ白になり、ただ、力ない声で「パパ」をつぶやき続けることしかできなかった。
彼女の運命は、今日をもって、大きく歪んでしまった。