終わってしまった世界で⑥
シェルターにはすでに多くの避難民がひしめき合っていた。
不安に震えて泣き出す者、家族の名前を叫ぶ者、何かのせいにして怒鳴り散らす者……。
中には、神に祈りを捧げる老人や、「政府の陰謀だ!」と怒声を上げる若者たちもいた。
この地下の施設ですら、崩れてしまいそうなほど空気は張り詰めている。
そのとき——
シェルター内の放送設備から、重いトーンの男性の声が流れた。
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「皆様、非常に残念なお知らせがあります。
あの未知の生命体は、すでに世界各地で出現しており、各国も同様の事態に陥っています。
現在、人類は彼らに対する決定的な対抗手段を持ち合わせておりません……」
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一瞬で、ざわついていたシェルターが静まり返った。
周囲のモニターには、炎上する都市、踏みつぶされる戦車、そして壊滅する首都の映像が次々と映し出されていく。
画面の隅に映った“ニューヨーク消失”のテロップに、誰かが小さく呻いた。
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「このままでは、我々の文明は消滅してしまいます。
国連と各国の緊急合同会議の結果、ひとつの方針が決定されました。
それは……皆様に”コールドスリープ”という形で未来へ命を託すというものです。
あの生命体を、残された全ての核兵器で焼き払い、汚染と脅威が去るその日まで…眠っていただくしか…方法がありません……」
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放送の声は、どこか泣き出しそうだった。
一拍遅れて、群衆がざわつき始める。
「冗談だろ…!」
「コールドスリープ?何年眠るつもりだよ!?」
「それって本当に……起きられるのか!?」
泣き叫ぶ子供、絶望に崩れ落ちる大人、すでに冷凍装置に押しかけようとする者まで現れ始め、場は騒然となった。
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「まー、仕方ねぇよな」
ナツキが人ごみの中で腕を組んで呟く。
「冷凍庫で一眠りして、起きたらバケモノが全部いなくなってる。まぁ俺がカーチャンに叱られた時、布団に潜って時間が過ぎるの待ってたアレの、ちょっと長いバージョンだろ」
「……けど、本当に起きられるの?私たち…死んだりしないの……?」
不安そうに顔を伏せるユリ。
黙っていたタツヤの肩を、ナツキがポンと叩き耳打ちする。
「彼女との、ちょっと長ぇ添い寝だと思えばいいだろ?」
タツヤは顔を赤くし、思わず声を裏返らせる。
「ばっ、馬鹿な事言うなよ……!あれ、ひとりずつ入るカプセルだし…!」
「なんだ、2人で入りてぇのか?お熱いこって」
「ち、違うってば!!……はぁ…君と話してると疲れるよ…」
「まぁ、気楽にいこうぜ。まずは寝て、起きたらまた考えりゃいいさ」
そう言うとナツキは近くの白衣の男性に声をかけ、自分と2人を指差して何かを頼む。
そしてニヤリと笑いながら、白衣の男の腕を引いて2人の方へ戻ってきた。
「とりあえず俺たちが第1号ってことらしいぜ。他のみんなはまだ迷ってるみてぇだし、先に冷凍庫で高みの見物と洒落こもうや」
ナツキの口ぶりは相変わらず軽い。
そして、その背中は何の躊躇いもなく、まっすぐにコールドスリープカプセルへと向かっていく。
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「じゃ、氷の中で夢見ながらまた会おうぜ。
起きたらまず、3人でラーメン食いに行こうな」
ナツキはあくび混じりの声でそう言うと、カプセルの中に入った。
タツヤとユリは顔を見合わせ、やがて小さくうなずいた。
「……ああ、そうだね。約束だよ」
——それが、3人が“この時代”で交わした最後の会話だった。