終わってしまった世界で③
--2012年
まだ時折、肌寒さが残る5月後半のことだった。
水泳部の練習を終えたタツヤは、校門で幼なじみの少女"ユリ"と待ち合わせ、一緒に家路についていた。
好きな漫画の話。高校受験のこと。将来の夢。
そんな他愛のない話題が、まるで宝石のようにキラキラと降り注いでいた。
タツヤはその時、確かに…
ユリに恋をしていた。
小学校の頃から一緒だった彼女の、あの優しさに、あの笑顔に、真っ直ぐな声に、心ごと惹かれていた。
「タツヤ、もうすぐ修学旅行だね! 同じ班だし、向こうも一緒に回ろうよ!」
「そ、そうだね…!」
タツヤは少し照れくさそうに答えながら、眼鏡を直す。…心臓が、ドクンと鳴る。
(この修学旅行で、僕はユリに気持ちを伝えるんだ。そして始めるんだ、僕の青春を!)
──そんな想いを胸に、いつも通りの道を歩いていた。
学校と家の中間地点には、大きな国道がある。
普段から交通量は多いが、その日は様子が違っていた。
いつも以上にクラクションが鳴り、怒号が飛び交い、運転手たちが車から降りて喚き合っている。
騒がしい、を超えて、何かが異常だった。
「なんだろうこれ……渋滞?」
ユリが不安げな顔で車列を見つめる。
そのときだった。
ドンッッ!!
大地が悲鳴のような音を立てた。
次の瞬間、前方のトラックの荷台を――何かが貫いた。
金属音。悲鳴。破裂音。
それは、ムカデだった。
いや、ムカデに似た、5メートル近い銀色の化け物。
その異形の生物は荷台の上を這い回り、車の屋根を切り裂き、まるで人間など塵屑のように蹂躙していく。
運転手が「うわあああ!!」と叫びながらトラックから飛び出した瞬間――
今度は空から現れた、巨大な虫型のバケモノが襲いかかった。
「助けてくれーっ!!」
叫び声が虚空に響いた次の瞬間、
その男は、虫の鉤爪のような脚で──バラバラに引き裂かれていた。
ザーッ
まるで血の雨。
肉片混じりの液体が、近くの車のフロントガラスを覆い尽くした。
「ヒッ……!」
車内にいた運転手が悲鳴を上げ、頭を抱えてしゃがみ込む。
何が起きたのかも分からぬまま、人々はただ本能で恐怖から逃げようとする。
隣でユリが震えていた。
その手を、タツヤはとっさに握った。
「走るよユリ!! こっちだ!!」
タツヤの青春は、始まることなく──
終わりを告げた。