終わってしまった世界で①
「ターゲットを確認。あの忌々しい四足…“ストーカー”で間違いねぇ。ま、仮に違ってたとしても、どうせ"ランバート"はぶち殺すんだけどな」
眼鏡を掛けた青年のヘッドセットに軽薄な声が響いた。緊張感をぶち壊すその調子に、スナイパーの青年"タツヤ"は静かに息を吐く。
西暦2112年
世界は、終わっていた。
100年前…2012年に突如として地球に襲来した謎の生命体"ランバート"。彼らは言葉も通じず、ただ本能のままに人類を蹂躙した。各国政府は事態を重く見て、生き延びた人間たちを地下シェルターでコールドスリープし、地球全土を“滅菌”と称して核で焼き払った。
脅威が去るその日まで、彼らは冷たいカプセルの中で祈りながら眠った。
だが…それでも、ランバートは死に絶えなかった。
100年が経過した今も、荒れ果てた大地では"彼ら"が跋扈している。
そして今、タツヤの目の前のスコープから見える景色は…
「タツヤ〜!俺のカッコいい姿、見えてっか〜?」
赤い髪を後ろで束ねた青年が、スコープ越しにブンブンと手を振っていた。
ロングコートを羽織り、腰に異様な形状の刀を携えた彼…"ナツキ"は、実に目立つ男だった。
「……あぁ、見えてるよ。君のアホ面がドアップでな。それより敵は?」
呆れたように返す。
「へいへい、これよ」
ナツキが指差した先、瓦礫の影からは鈍く銀色に光る甲殻が覗いていた。
四足歩行、前肢は鎌、眼のない頭部。まるで鋳物で作られた"昆虫兵器"のようだ。
生物的な気配はまったくない。だがそれは間違いなく“こちら”を捕らえていた。
「コイツだけはいつ見ても気分が悪くなる…。ナツキ、僕の合図で前に出――」
「おう、了解ッ!」
合図を待たずして、ナツキはすでに刀に手を掛けて猛然と駆け出していた。
「バカッ!! …好きにしてくれッッ!」
舌打ち混じりにボルトを引き、スコープを覗き込む。その瞬間、ストーカーが咆哮を上げた。甲高い金属音のような声が空気を震わせる。
それが耳に届くより速く、タツヤの指が引き金を絞る。
――ズドン!
乾いた銃声が荒野を貫き、スコープ越しに見ていたストーカーの頭部が揺れる。
仰け反った隙を逃さず、ナツキは跳ぶ。
「そーらよっ!」
血のように赤く輝く刃が、ストーカーの外皮を容易く断ち割る。
青黒い体液が噴き上がり、異臭混じりの風がタツヤの頬を撫でた。
地面がズンと沈むような音とともに、異形の生物は沈黙した。
「いっちょあがり! ナイスアシスト、タツヤ!」
満面の笑みで親指を立てるナツキ。
その足元に向けて、タツヤは無言で一発、銃弾を撃ち込んだ。
「うおっ!? な、なんだよ!」
「合図を待てって言っただろ、バカ野郎!」
「……ほら、作戦とか細けぇこと考えるより体が勝手に動いちゃってさ!」
「…君が好き勝手出来るのは、"僕ら"がお膳立てしてるからってこと、忘れるなよ」
二人のやり取りを遮るかのように、通信が入る。