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第2話「敵… 北条 智とBERS」

第2話「敵… 北条(ほうじょう) (さとる)BERS(バーズ)


「おはようございます、課長。」

「見たか?」


 デスクの専用椅子(いす)に腰かけ、(つくえ)に置かれたノートパソコンの画面に目をやっていたこの部屋の(あるじ)らしき人物が、入って来た部下の男の丁重な挨拶(あいさつ)に応じる事無く、開口一番に言い(はな)った。


「はい、もちろん見ました。何しろ、現在どのSNSでもあの話題で(あふ)れかえっていますから。いわゆる、バズっている状況です。ネットに(つな)げば嫌でも目に入ります。」


 部下の男は日頃(ひごろ)から自分の上司の物言いや、こういった唐突(とうとつ)の問いかけには()れているものと見え、別段焦(あせ)る事も無く、即座(そくざ)に答えてみせた。なかなか優秀な部下の様である。


「ふむ… すぐに押さえろ。」

 座ったまま向かっていた自分のノートパソコンの画面から目を離そうともしないで、上司である男が短く言い放つ。この男は、部下に対して長いセンテンスの会話を交わす時間か手間(てま)()しんででもいるのだろうか?


「は…? しかし、それは難しいかと… 地上波の各テレビ局及び新聞各社に加え、大手の情報系雑誌社にはすでに手を回してニュースや記事にするのを強制的に押さえてありますが、個人で発信するSNSまで全てとなると…」

 男に命令された部下が、今度こそ顔に困惑の表情を浮かべながら恐る恐ると言った口調で答えた。彼の額にはうっすらと汗が浮かび始めている。

 しかし、男は部下の困惑(こんわく)した態度など意に返さないどころか、相変わらず見向きもしないまま、自分の命令に二つ返事で答えない部下を(なじ)る様に強い口調で言った。

「私は同じ事を二度は言わんぞ。あの事件に関する全てのキーワードについての記事の投稿及び検索は全てブロックしろ。それならば、すぐにでも可能だろうが。」

 この男は自分の命令に部下が唯々諾々(いいだくだく)と応じずに口答えするのを極端(きょくたん)に嫌う性格らしい。天才(てんさい)(はだ)の人間にこの手のタイプが多いが、この男もその例に()れず自分以外の人間は優秀な自分の命令にただ従っていればよい、部下など単なる自分の(こま)に過ぎないという傲慢(ごうまん)な考え方なのだろう。 


「はっ、すぐさま取りかかります!」

 これ以上、上司の機嫌(きげん)(そこ)ねるとろくな結果にならないと見切りをつけた部下の男は深く頭を下げると、そそくさと部屋を出て行った。

「急げよ。」

 またもや、男は部下の方を見向きもせずに一言だけ短く命令を発しただけだった。


 ところで、二人の会話にあった『あの事件』とは、この日の前日における夕刻に副都心(ふくとしん)のビジネス街において発生し、その場に居合わせた多くの人間に目撃されると同時にスマートフォンで撮影された動画がSNS上に投稿された途端(とたん)から炎上の続いている、正体不明の怪物(?)によって引き起こされたとネットで評判になっている連続殺人事件の事である。

ところが、ネット上では炎上する大騒ぎとなっているが、奇妙な事にテレビの地上波や各新聞社などの『オールドメディア』と呼ばれる既存のメディア媒体では、これだけの大事件であるにも(かかわ)らず、一晩明けた今日となっても一向に取り上げる気配が無かったのだ。これにはマスコミに対する強い圧力が感じられたが、「そんな芸当の出来るのは、国家権力に他ならない」と、一部のSNSで小さな騒ぎになっている程度だった。先ほどの二人の会話から推測すると、ネット上からも事件に関する情報は一切(いっさい)抹消(まっしょう)される事だろう。そうすれば、何事も忘れてしまいやすい日本人の事ゆえ、炎上していたネットの炎も早々に鎮火(ちんか)に向かう事が予想された。この部屋の主である男は、自分の(ねら)いが遠からず実現する事を見越していた。


 命令を受けた部下が(あわ)てて部屋を出て行った後、この、部下に対して有無を言わせぬ尊大(そんだい)な態度を取って見せた上司であり、この部屋の(あるじ)でもある男…『北条(ほうじょう) (さとる)』は自分が座ったデスクの専用椅子を回転させると、室内の来客用ソファーに向けた。


「取りあえずは、これでよろしいですね、会長?」


 部下に対する北条以上に尊大(そんだい)な態度で来客用ソファーにふんぞり返って腰を()け、北条から会長と呼ばれたのは60代後半らしき年配で白髪の多い頭は(ひたい)がかなり後退し、同世代の平均よりも大幅に太り気味の男だった。会長は身体に合わせてあつらえたとひと目でわかる、オーダーメイドらしい極上の背広に身を包み、装身具の全てに庶民が想像もつかないほどの金が掛かっていそうだが決して趣味が良いとは言えそうにない嫌味な男だった。彼の全身から傲慢(ごうまん)不遜(ふそん)な雰囲気が(にじ)み出ていた。

会長は口に(くわ)えたばかりの新しい葉巻(はまき)に火を付けながら部屋の主である北条に鷹揚(おうよう)そうな態度で顔だけを(わず)かに向けて答えた。彼の口から言葉と共に濃厚な紫煙(しえん)が吐き出される。

「うむ。まあ…取りあえず今の所は、そのくらいしか打つ手はあるまい。

しかし、何にしても今回の問題はただでさえ目撃者が多すぎる。一人二人の目撃者なら、その者達の存在そのものを秘密(ひみつ)()抹消(まっしょう)してしまえば事は簡単だが、副都心(ふくとしん)のビル街で昼日中(ひなか)から起こった今回のケースでは、そうもいかんだろう。かと言って、これ以上、この事件の情報を世間(せけん)(かく)(さん)させる訳にはいかんのだ。

 それにしても北条… 今度の事件に登場した、あの背中に生やした翼で空を飛び、銀色の仮面で顔を隠した少女…あれは一体何者なのだ?」


 椅子から立ち上がった北条は会長の質問に答えるより先に、部屋に備えられた換気装置を強くした。彼は会長が(えら)そうに(くゆ)らす葉巻(はまき)(にお)いが嫌いなのだろう。言葉にこそ出さなかったが、無言の態度で自分よりも目上の立場である会長に強く抗議を示しているらしい。


「はあ…その件につきましては、目下(もっか)鋭意(えいい)調査中であります…としか、現時点ではお答え出来ない状況です。誠に申し訳ありません、会長。」


 会長の方は北条の行なった換気装置を強めるという、自分の喫煙へのあからさまな無言の抗議など全く気にする事も無く、(ごう)(がん)不遜(ふそん)な態度のまま口に(くわ)えた葉巻の煙を美味(うま)そうに肺の奥深くまで吸い込むと、この部屋における(しん)(あるじ)である北条に対して嫌がらせをするかの様にわざとらしく大きく吐き出してから言った。


「ふん、この内閣(ないかく)情報(じょうほう)調査室(ちょうさしつ)の『特務(とくむ)零課(ぜろか)』と、その実質の長である課長の肩書(かたがき)のお前に、うちの社がどれだけの金をつぎ込んでいると思っているんだ。まったくもって、役に立たん奴らだな。」

 会長はそう言い放つと同時に、持ち上げた(みぎ)(こぶし)を勢いよく振り下ろして目の前の机をドンと(たた)いた。すると、会長の好みに合わせて北条の秘書がブランデーを多めに(そそ)いで()れた紅茶のカップが(さら)の上でガシャンと音を立てて()ね、中に残っていた紅茶が机の上に飛び散った。


「申し訳ありません…」


 北条は胸ポケットからキッチリとアイロンが当てられ丁寧に折りたたまれた清潔なハンカチを取り出し、うっすらと(ひたい)に浮き出ていた汗をそっと(ぬぐ)いながら、わざとらしいほど殊勝(しゅしょう)な態度で謝罪の言葉を口にした。

 北条としては、今自分の目の前にいる、この傲慢(ごうまん)な態度を隠そうともしない太った男は大嫌いだったのだが、自分の立場と会長との関係上、(さか)らう事は出来ないのだ。誰よりもプライドの高い北条が屈辱(くつじょく)()え、下手(したて)に出るしか仕方(しかた)が無いのだった。だが、ずば抜けて頭が良く、人並(ひとなみ)(はず)れて精神力の強いこの北条(ほうじょう) (さとる)という男は、自分の心中を表情や態度にはおくびにも出さなかった。何にせよ、彼にとって空気を読もうとしない無神経な老人を相手にする事などお手の物だと言えた。


「報道関係にはもちろんだが、一般人の目にするSNSに関しても早急に手を打て。それに、今回の事件の元凶(げんきょう)として始末され、即時警察が回収した、あの不良品のBERS(バーズ)実験体の遺骸(いがい)は、すぐさま我が社の研究施設に届けさせろ。今回の不祥事の原因を究明させねばならん。」

 会長が北条に命じている話の内容は驚くべきものだった。彼の話した内容が真実なら、警察や内閣情報調査室という国家権力に属する公的機関が一民間企業の会長の言いなりに動いている事になる。この会長と呼ばれる男に一体(いったい)(なに)(ゆえ)にそれほどの力があるというのだろうか?


「分かりました。早急に手配いたします。」

 自分に対しての慇懃(いんぎん)すぎるほどの北条のへりくだった態度など眼中にも無いかのような態度だった会長が、大事な事を思い出したように言った。

「それに、あの翼の少女には興味を覚えた。あちらについても、報告書を早急にわしの方に回せ。可能なら実物を捕らえて()が社に連れて来い。」


御意(ぎょい)…」

 北条が本心を一切(いっさい)顔に表す事無く、会長に対して深く頭を下げて鼻に付くほどの恭順(きょうじゅん)な態度を示して見せた。取りあえず表面上だけでも、こういう態度を示しておけば、この傲慢(ごうまん)な会長なる男は満足するのである。頭が良く狡猾(こうかつ)な北条に、(ごう)(がん)不遜(ふそん)ではあっても根が単純な会長が(かな)(はず)が無かった。


「今日の所は、わしはこれで引き上げる。仕事については早急に結果を出せ。もちろん、わしを満足させるに足る結果をな。」


「はっ、分かりました。」


 会長と呼ばれた男は、左手首にはめたスマートウォッチに軽く右手で触れた。

 すると、すぐにノックも無しに部屋の扉が開き、会長の秘書兼護衛の役回りを務めていると思われる、見るからに屈強(くっきょう)な身体をした大男が入って来た。大男は自分が入って来た扉を開け放ったまま脇に直立不動の姿勢で立つと、飼い主の会長に対し腰を二つ折りにして(うやうや)しく頭を下げた。

 会長は入って来た護衛の男に対し帰る(むね)()げてソファーから立ち上がると、この部屋の主である北条に対して何の挨拶(あいさつ)もせずに部屋を後にした。そんな無礼な態度の客であっても、扉の傍までわざわざ出向いた北条は、頭を深く下げて丁重(ていちょう)に見送りの挨拶(あいさつ)をした。


 部屋を出た会長達が廊下を曲がり切ったのを確認し終えるまで見送っていた北条は、()め息を吐きながらドアを閉めると、()っていた肩をほぐす様に首と両腕を数回振って自分の椅子に深く腰を下ろした。さすがの彼も、今の不快な会見で疲れたのだろう。何よりも彼は、無神経で傲慢(ごうまん)の塊の様な会長が大嫌いだったのだ。(われ)ながらよく我慢(がまん)したものだと北条は思った。


「あのクソじじいが… 傲慢な態度を取るしか能のない間抜けのくせに、この私に向かって『早急(そうきゅう)』という言葉を三回も使いやがって。私を誰だと思っている。貴様に言われるまでもなく、全て先を見越してやっているとも。

 だが、あの場面に突然現れた翼の少女… あれには正直言って私も驚いた。何なんだ、あれは…? 何人もの野次(やじ)(うま)がyoutubeに上げた動画や、騒動を撮影していた報道ヘリのTVクルーから没収したニュース映像を見た限りでは、セーラー服姿をした少女の様だったが、果たして彼女は人間なのか…?

 信じがたい事だが、あの背中で羽ばたいていた銀色の翼が作り物でないとしたら、あの少女が人間である筈が無い。フェイク動画でない事検証済みだが、(よつ)(びし)製薬側から報告を受けているBERS(バーズ)のプロトタイプの中に、あんな実験体はいなかったはずだ… 少なくとも私は把握(はあく)していない。この日本で(よつ)(びし)製薬以外にBERS(バーズ)を扱える企業など存在しない。となると、あの翼の少女の正体は、日本では未確認の海外製BERS(バーズ)か。」

 ここで初めて、それまで難しい表情だった北条の顔に嬉しそうな笑みが浮かんだ

「だが、あの翼の少女を(とら)えて(くわ)しく調べる事が出来れば、これ以上無いほどの私の手柄(てがら)となる事は間違いない。そうすれば、私は今よりもっと上のポストに(のぼ)る事が出来る。

 今回の突発的な事態は、私にとって大きなチャンスかもしれないな…」


 野心(やしん)に燃えた目をギラギラと光らせながら、部屋の換気装置を最強にすると、北条は(よつ)(びし)製薬会長の残した葉巻の(にお)いを消すために消臭剤(しょうしゅうざい)を何度も噴霧(ふんむ)した。

 この男、かなりの野心家である事は疑いようが無かったが、かなりの神経質でもあるらしく、煙草(たばこ)葉巻(はまき)の煙が大嫌いの様だった。


 先ほどの会長と北条(ほうじょう) (さとる)の会話の中で登場した『BERS(バーズ)』とは、『Bio-enhanced remodeled soldier』の頭文字(かしらもじ)を取った造語(ぞうご)であり、日本語で表現すると『生体強化型改造兵士』を意味する。

つまり、軍事利用を目的として人為的に身体機能に強化・改造を加え、戦闘能力を(いちじる)しく向上させた兵士をBERS(バーズ)と呼称するのである。戦闘を目的に(つく)り出された強化人間と言えば理解しやすいだろう。


 近年、他国との戦争や国内外での紛争の鎮圧等において、この人為的に改造強化された兵士であるBERS(バーズ)を兵力として戦地に投入する事により、相手国を制圧するために自国が(こうむ)る人的及び経済的な損害及び、戦費として掛かる膨大なコストを大幅に低減させられる事が各地で証明されている。


 BERS(バーズ)はベースとして人体そのものを使用した改造強化となるために法的にはもちろん、人道的な側面においても決して許される事では無い。したがって、一般的にはその存在は一切(いっさい)公表されておらず、完全に機密扱いされた極秘(ごくひ)の兵器と呼ぶべき代物(しろもの)である。


 国家間における戦争の勝ち負けはその場限りで済む事ではない。

 たとえ戦争に勝ったとしても、双方の国家とも軍備への出費や自国の被害復興のために国力は(おとろ)え、軍人だけでなく多くの国民が命を失い、人口の減少も招く。戦争に負ければ相手国に支払う莫大(ばくだい)な賠償金から、その国は壊滅的なダメージを(こうむ)る事となる。

国家が戦争において生じる損害やコストを最小限に抑えて相手国に勝利する事が可能ならば、戦争終了後の自国の立場を有利に出来る。相手国への賠償金の請求や制圧した領土の没収等で自国の経済が(うるお)い、(さら)なる軍備への予算拡張をも可能とし、世界における自国の立場を向上させる事へと繋がっていく。

こう言った政治的事情により、近年の世界的な軍事バランスにおいては、決して使用出来ない核による抑止力を当てにする事よりも、自国が安価で強い軍隊を所有するために質の高いBERS(バーズ)兵士を開発する事が必要不可欠なのだった。

すでに完成された熟練兵士をベースとして彼らの人体機能を人為的に強化させた改造兵士を作り出す方が、新たな兵器を開発するよりも簡単かつ低コストで可能となるのだ。

こんな魅力的な兵士で組織された軍隊を編成出来るとするならば、国家や軍の上層部が飛びつかない(はず)が無かった。

 これらの事情から、いかに人道的に禁忌(きんき)の方法であるとは言っても、各国が血道(ちみち)を上げてBERS(バーズ)の開発に(いそ)しむのも無理からぬ事だと言えるだろう。

 昨今(さっこん)では大国間においてだけでは無く、中小国家の間でも極秘(ごくひ)()にBERSの研究開発にしのぎを(けず)っているのが各国の諜報機関によって確認されている。世界各国において、自国の軍事費からかなりの額の予算をBERSの研究開発費として(そそ)ぎ込んでいるのも隠された常識である。


 では、表立って憲法第9条を順守する日本においてはどうなのだろうか? BERSの様な反人道的な兵器の使用や開発が、人道的にはもちろんの事、先の大戦での敗戦国として対外的に許される(はず)が無いのではないか? いや、国会で承認される筈が無かった。

 ところが、現実にはそうでは無かった。世界各国に遅れてはならずと、表立って認可される筈の無いBERSの開発が、日本政府の研究機関と一部の民間企業において、国民の知らない内に極秘裏に行われていたのである。

日本では、先ほどの嫌味(いやみ)な葉巻の男が会長である(よつ)(びし)重工業傘下の四菱製薬が、日本政府の要請と資金援助を受けて極秘に国内でのBERS(バーズ)の研究開発を一手に(まか)されていた。


 親会社であり軍需企業でもある四菱重工は別として、軍事産業として認可されてもいない製薬会社がBERSの研究開発を任される理由は、人体を改造強化するという目的で、人間の限界を超えた能力を引き出す事の可能な薬品を開発及び生産するための優秀な開発技術とスタッフが必要となるためである。つまり、人体に対して究極のドーピング(英: doping)を行なうのだ。この禁忌(きんき)といえるドーピング技術により、BERS(バーズ)は人間を(はる)かに凌駕(りょうが)した身体能力と強靭(きょうじん)な肉体を手に入れる事が可能となった。しかし、ドーピングでBERS(バーズ)にされた人間は、二度と元の通常の人間に戻る事は出来ない。また、副作用として本来備わっていた生殖機能が失われてしまう。この事により、BERS(バーズ)は一代限りの存在であり、その個体が消耗(しょうもう)劣化(れっか)した場合には、再生産での配備が不可欠となる。

 つまり、元は人間だったBERS(バーズ)兵士は劣化(れっか)すれば無情にも通常兵器と同様の扱いで廃棄(はいき)処分されてしまうのだ。


 作戦時におけるBERS(バーズ)の形態は目的用途に応じたタイプに調整される。

 第1話にて翼の少女ニケと戦闘を行った爬虫類(はちゅうるい)の『ヤモリ』に似た特性を持つタイプは、都市制圧型に開発されたBERS(バーズ)の一種であり、ビル等の高層建築物への侵入及び制圧を目的としている。ロープ等の道具を一切用いる事無く肉体のみで高層ビルの最上階まで上る事が可能で、思いがけないニケとの戦闘において(やぶ)れ去りはしたものの、その持てる能力が実証された。

 実験体として所属していた組織から逃亡した一体のBERS(バーズ)が引き起こした今回の騒動の結果として、クライアントである国家及び海外の顧客(こきゃく)に対してBERS(バーズ)の能力を示せたという意味では、皮肉な事にこの事件が宣伝に役立ったと言えるだろう。


 このようにBERS(バーズ)は、その個体が固別に備えた能力を発揮する事で、単独でも作戦に通常必要とされる一般兵士数十人分の働きを行なう事が可能だった。こうした事実により、自国側の兵士達にかかる様々な費用を抑える事が可能で、敵の攻撃でBERS(バーズ)を損失したとしても、その際に(こうむ)る人的及び経済的な損失を国家や軍部の様な所属組織は大幅に低減出来る様になる訳だ。

 しかも、たとえ一体のBERS(バーズ)兵士をその場限りで使い捨てにしたとしても、別の兵士を新たなBERS(バーズ)要員に仕立てて戦場に投入すればよいだけなので、軍上層部や国家にとってこれ以上無いと言っていいほど低コストで、戦闘能力の高い兵士が手に入るという訳である。この様に魅力的な兵力を国や軍部が嬉々として利用しない筈が無かった。


 日本においては憲法での制約により、国の内外で実際に兵器としてBERS(バーズ)を使用する事はおろか、輸出入に関しても現状での実現は不可能である。

しかし、もし優秀な能力を持つBERS(バーズ)を日本の技術力で研究開発し、特殊兵器として輸出が可能になれば、海外の軍隊に日本製の質の高いBERS(バーズ)を販売提供する事が出来、見返りとして莫大(ばくだい)な額の外貨収入を見込む事が出来る。ビジネスとしても大いに(もう)けを上げる事の可能な案件だと言えた。

 BERS(バーズ)は日本における軍需(ぐんじゅ)産業として確固(かっこ)たる地位(ちい)()める(よつ)(びし)重工業の超優良目玉商品として、海外展開する事が可能となるだろう。

(よつ)(びし)財閥(ざいばつ)(もう)けさせる事により、結果として関係する省庁及び政権与党における一部の特権階級連中の(ふところ)も大いに(うるお)うという寸法だった。


 先にも述べたが、日本では憲法との(から)みにおいても、BERS(バーズ)は国内外に対して極秘裏(ごくひり)に進められているトップシークレットの機密事項であり、ごく一部の限られた者にしか情報の関与(かんよ)は許されていなかった。


 北条(ほうじょう) (さとる)は日本政府の情報機関である内閣情報調査室内に秘密裏に設けられた『特務(とくむ)零課(ぜろか)』における課長のポストを与えられ、内閣情報分析官として国家のトップに位置する人物でもあった。

 この『特務(とくむ)零課(ぜろか)』は公的には存在しない課である。つまり北条は、この幽霊的な存在である課の長ではあるが、『課長』などという役職名を(はる)かに超えた範囲の権限を与えられていた。

日本国内における機密情報分野においては、北条が実質的に全ての実権を握っているのだ。つまり、平たく言えば国が組織するスパイの親玉である。


 BERS(バーズ)に関する機密情報管理の一切(いっさい)が北条に一任(いちにん)されていると言っても過言(かごん)では無かった。

 このため、日本国内におけるBERS(バーズ)の研究開発を独占する(よつ)(びし)製薬会長である杉崎剛三(すぎさきごうぞう)(先ほどの傲慢(ごうまん)嫌味(いやみ)な会長である)からは、公式及び非公式において『特務(とくむ)零課(ぜろか)』自体も課長である北条も、莫大な額の資金援助を受けていた。こういった事から、さすがの北条も、心中(しんちゅう)では嫌悪(けんお)している()()な杉崎会長に対して頭が上がらないのである。


 北条は自分の机に設置された内線電話を取り上げると、通話に出た部下に対して厳命した。


「私だ、あの翼の少女に関して可能な限りの情報を持って来たまえ。個人が所有する動画や写真も、買収もしくは必要に応じて権力を行使して没収せよ。場合によっては逮捕してでも取り上げるんだ。構わん、サイトに上げているものは全削除及び掲載サイト自体を閉鎖させろ。急げよ。」


 部下に命令し終えた北条は、ニヤリと笑いながら椅子(いす)から立ち上がった。


「これでいい。さあ、狩りの開始だ。

翼の少女よ、この北条(ほうじょう) (さとる)が必ずやお前を追い詰めて、正体を(あば)いてやるぞ。フフフ…ハハハハ…」


 楽しそうに笑いながら、北条は自分の執務室の窓に掛かったブラインドを上げると、ギラギラと野心に燃えた目で眼前に広がるスッキリと晴れ渡った青空を見上げてつぶやいた。

「お前がたとえ、この大空を飛んで逃げたとしても、私が必ずお前を手に入れて見せるぞ。」

 

北条が口にしたのは、正体不明の翼の少女に対する彼の宣戦布告と取れる発言だった。



【次回に続く…】


『次回予告』

主人公、榊原(さかきばら)くみと母である榊原(さかきばら)アテナ…

二人の誕生における秘話が明かされる。

娘である、くみの誕生の際に母アテナが無意識につぶやいた名前とは…?


次回ニケ 第3話「アテナとくみの誕生」

にご期待下さい。

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