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第七一段 おぼつかなきもの
心もとなく、気がかりで、おぼつかないもの。
なんといってもおぼつかないのは、比叡山延暦寺の修行僧の女親。修行僧は、受戒したのち、十二年間下山できない。こちらから会いに行こうにも、女人禁制なので女親は登山できない。元気なのか、病気をしていないか、生きているのかどうかさえおぼつかない。
闇夜に知らないところに出かけ、人に出会ったとき。顔があらわになってはならないので、ともし火もつけないで、そのまま隣あって座っているときは、おぼつかない。
つい最近やってきた召しい使いで、どんな人なのか分からないのに、特別に大切なやんごとない物を持たせて使いに出しいたら、なかなか戻ってこないとき。
まだ言葉を話せない乳飲み子が、そっくり返って、抱かれもしないで泣いているとき。
真っ暗な中で、赤い色の見えない状態でいちごを食べているとき。
物見に行ったのはいいが、相手の顔を知らないで見物しているとき。
(どうにも、安心できない状態でいるとき、結構ある。さっぱりわからない化学や数学の講義を受けているときとか。)




